第10話 謎の指令

 ルティスがアリシアの屋敷で働くようになってから早1ヶ月が過ぎた。

 その日も魔法実技の実戦練習があったのだが、講義を終えたあと、エリックが話しかけてきた。


「なぁ、最近のお前、前よりうまく魔法扱うようになったんじゃねぇか?」


「そうか? あんま自分では分からないけど」


 今日の相手は以前のキマイラ――ではなく、いたって普通のヘルハウンドだった。

 以前の自分なら、ヘルハウンドでも怖いと思っていたが、確かに今日は余裕を持って戦うことができた。


 ……なにしろ、毎日相手をさせられているリアナのほうが、何倍も……いや、何十倍も怖いから。

 それに比べると、ただまっすぐ突っ込んでくるだけの魔獣など、さほどの脅威に思わなくなった。


「ううん。ルティスくん、前は一発屋だったのに、細かく魔法を使うようになったよね」


「まぁ、確かに最近はリアナさんにそういう練習ばっかりさせられてるから……」


 エリックとの話に割り込んできたのは、同じクラスのクララだ。

 彼女は赤い髪を片側で三つ編みにしているスラッとした長身の女子で、かつてルティスの父親の劇団員でもあり、そういう意味でもよく知っている間柄だった。


「そういう練習? へぇ、ちょっと意外かも」


 確かに傍目からはそう思えるかもしれない。

 リアナはその二つ名のとおり、有り余る魔力を活かして、強力な魔法をバンバン使うイメージがある。

 しかし、練習に付き合うようになってわかったのは、彼女の魔法はものすごく繊細で効率的だということだ。


 以前リアナが話していた。『みんな勘違いしてますが、実は私の魔力自体は、そんなにルティスさんと極端に変わるわけではないんです。……要は使い方です』と。


 彼女はルティスと同じ威力の魔法なら、10分の1以下の魔力で放つことができる。つまり、同じ魔力を出せば、10倍以上の威力になる、ということだそうだ。

 きっと、元々の才能に加え、幼い頃から魔法士である両親に叩き込まれたのだろう。


 今からどれほどの鍛錬を積めば、自分がその域に達することができるのか全く分からないが、リアナからはそれを目指せと毎日のように言われ、練習を積まされていた。


「だよな。ほんと、リアナさんはすげえわ。……めっちゃ怖いけど」


 自分の実力が上がっているのであれば、それは紛れもなく彼女のおかげであり、そのことには感謝する。


(……せめて、もうちょい優しく指導してくれればいいんだけどな)


 後で治癒してくれるとはいえ、毎回のように大怪我をさせられては、いつか死んでしまうのではないかと思う。


 そう苦笑いするルティスに、クララが尋ねた。


「あはは。……それで話変わるけど、この週末、精霊祭でしょ? ……もし良かったら、わたしと行かない?」


「あぁ、もうそんな時期か……」


 ここムーンバルトでは、毎年秋に精霊を称える祭りが夜に開催されていた。

 大昔は精霊と人間が共存していたという伝説があり、そのことを祝ってのことだ。

 現在は街に精霊はおらず、ごく一部の森に隠れ住んでいるだけ……という話だが、もちろんルティスも見たことはない。


「去年は綺麗だったよねー。どう?」


 実は去年もクララに誘われて、精霊祭に一緒に行っていた。

 だから今年も声を掛けたのだろう。


「今年は仕事があるからなぁ。一応、リアナさんに聞いてみるけど……」


「うん。行けそうなら声かけてよ。待ってるから」


「わかったよ」


 そのとき、校舎に鐘の音が鳴り響き、次の講義の時間が来たことを告げる。

 それを聞いたルティスたちもそれぞれの席に戻り、講師が来るのを待った。


 ◆


「……精霊祭? それに行きたいと。そういうことですか?」


「やっぱり、だめ……ですよね?」


 屋敷に帰ったあと、ルティスは上司であるリアナに声をかけて、精霊祭のことを聞いた。


「ひとりで行くつもりです? それとも誰かと?」


「ええと……クラスの友達に誘われて……」


「…………」


 それを聞いて、リアナはしばらく何かを考え込む。そして――。


「……まさかですけど。その友達とは、女の子とかではありませんよね……?」


「…………そ、そのまさかでごさいますです。はい……」


 だんだん怖くなってきたルティスは、震える声でリアナに答えた。


「……ならダメです。あと、この件はお嬢様にも報告させてもらいます。……ルティスさんが女の子とのデートのために、仕事をサボろうとしている、と」


「そ、それは……! やめてくださいなんでもしますから……」


 平謝りするルティスに、少しの間無言を貫いたリアナは、こう告げた。


「……いずれにしても、お休みは許可できません。その日、ルティスさんには大事なお仕事が予定されていますから」


 ◆


 ――そして、その精霊祭の日がやってきた。


 結局、リアナからは『大事なお仕事』が何なのか教えてくれることはなく、学園が休みであるその日も昼過ぎまで、いつも通りの仕事をこなしていた。

 そこに、ふらりとリアナが現れた。


「ルティスさん。今日は18時に屋敷の裏門に来てください。分かっているとは思いますが、もし少しでも遅れたら……」


「は、はい。わかりました……」


「あと、服装は私服で構いません。できるだけ、黒っぽい服で目立たぬように。お金は持たなくて良いです」


「……?」


 いまいち指令の意図が分からなくて、ルティスが首を傾げて黙っていると、すかさずリアナの指摘が来る。


「……返事は?」


「は、はい。承知しましたッ!」


「よろしい」


 そして、リアナはそれだけ告げると、すぐ踵を返して去っていった。

 よくわからないが、とりあえず地味な格好で裏門に来い、ということらしい。


 詳細が伝えられないのは怖い。

 門ということで、どこかに連れて行かれるのだとは思ったが、敢えて裏門を指定されるということは……?


(……何させられるんだろ? 俺……)


 しかし、考えてもわからない。

 それよりも、今の仕事をおざなりにして更にリアナに怒られる方が怖いと思って、頭を振って仕事に戻った。

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