第9話 風の魔法
「……遅い。落ち葉集めごときにどれだけ時間をかける気ですか?」
「申し訳ありません……」
アリシアが立ち去ってすぐ、今度はリアナが見回りに来た。
あまり作業が進んでいないことを目にすると、早速ギロリと睨むような視線が飛んだ。
ここで、もし「お嬢様が来られて……」などと言おうものなら、間違いなく「言い訳するような
そんな見え見えの失敗はしない。ルティスだって、だいぶ学習したのだ。
リアナはしばらく周りを見回していたが、ふいに口を開いた。
「……まさか、お嬢様にベラベラ喋ったりしていませんよね?」
「――へえっ⁉︎ い、いえっ! 何も……」
突然のことに声が裏返ってしまったが、アリシアから聞いた話はあれども、自分からリアナの機嫌を損ねるようなことは喋っていないはずだ。
うん、絶対に。
「……ならいいです。……落ち葉集めなど、馬鹿正直に
「俺……風魔法は苦手で……」
リアナは軽く言うが、綺麗に落ち葉を集められるほど、ルティスは風魔法を綿密に制御できる自信がなかった。
「言い訳無用。練習しなければいつまでも上達しません。ルティスさんは雷属性が得意なのですから、風も適性がない訳ないでしょう?」
「う……」
確かに、リアナが言うように風属性は雷属性と相性が良く、どちらも得意な者が多い。
ただ、ルティスはこれまであまり練習してこなかったのだ。風魔法が地味だと言う理由で。
「ついでですから、見ていてあげます。……やってみせてください」
「は、はい……」
この流れでは、やらないと荒っぽい指導が待っていることは確実だ。
覚悟を決めたルティスは、魔法の詠唱を始める。落ち葉を集めるだけなので、ごく弱く……だ。
「――大気の息吹、疾風の力、我が手に吹き荒れよ」
――ゴウッ!
詠唱と共に、自分たちの周囲につむじ風が巻き起こる。
その風で落ち葉を一箇所に集めようという考えだ。
その考えはうまくいって、周りの落ち葉が風に巻き上げられて、その中心部分に集まってきた。
「やった――!」
予想外にうまく成功した喜びと共に、ルティスは後ろで見ていたリアナを振り返った。
しかし――。
「……ルティスさん、氷漬けにされたいのですか? ――されたいのですよね?」
風に煽られて捲れ上がった長いスカートを両手で押さえつつも、太ももをギリギリまで露わにさせたリアナが、いつも以上に冷たい声で呟いた……。
◆
「も、もーしわけありませんッ!!」
風の魔法が解けて周囲が落ち着いたあと、ルティスは頭を地面に擦り付けて謝罪の言葉を叫んだ。
もちろん、その正面には無言で仁王立ちしているリアナがいる。
「…………」
こうしてルティスを見下ろしているだけで、彼女が無言を貫いているのが更に恐怖心を煽った。
このままガツンと頭を踏み潰されても文句は言えない。
いや、ちらりとはいえ、彼女の下着を拝んだ代償としては、むしろその程度で済むなら軽いものだ。
最悪の場合を想定して、いつでも防御壁を張れるように構成を編む。
もちろん、そんなものはリアナにとっては紙切れ程度に過ぎないが、それでも無いよりはマシのはず。
「……リ、リアナさん……?」
しかし、彼女があまりに何も言わないので、恐る恐る顔を上げて、リアナを見上げた。
それを目にしたリアナは、ようやく「ふぅ……」とひと息ついて、口を開く。
「……まぁ、苦手な風魔法が発動できたこと
そしてくるっと彼に背を向けて、軽く片手を突き出した。
「――風よ……!」
たった一言、それだけの言葉を紡ぐと、背中を押されるような風が周囲に吹き荒れる。
その風は狙った一点に向かって吹いているようで、反対側からもその場所に向かってきていた。
――最後には綺麗に集められた落ち葉だけがそこに残った。
「すげえ……!」
ルティスは素直に感嘆の声を上げた。
得意とする氷魔法以外でも、これほど上手く扱うことができるのかと。
「……炎よ」
そして、リアナが一言呟き、指をパチンと鳴らすと「ボウッ!」とその落ち葉から火が上がり、あっという間に灰になる。
灰が粉となって、さらさらと風に流されるのを、ルティスは呆然と見送った。
「ルティスさんが半日かけるはずだった仕事は、うまく魔法を使えばこんなものです。……ちゃんと見ましたか?」
「は、はい……」
ルティスはリアナの手際にコクコクと頷くことしかできなかった。
「しっかり練習すれば、このくらいのことはできるようになるはずです。……さて、仕事が片付いて時間が空いてしまいましたね。折角ですから、
「……へ?」
今からリアナと稽古……?
これなら地道に箒で落ち葉を集めていた方が、まだマシだったのではと思えた。
「……なにをぼーっと立っているのですか。時間が勿体ない」
動かずにいたルティスの手をガシッと掴んで、リアナはその手を強引に引っ張った。
振り解くのも容易に思えるほど柔らかくて小さな彼女の手に引かれて、慌ててその後ろをついて歩く。
そして、いつも魔法の練習をしている広場に向かった。
◆
「…………」
広場にでも向かっているのだろうか。
アリシアは屋敷の2階の窓から見慣れたふたりが歩いている様子を眺めていた。
「いいなぁ……」
いつでも気軽に話ができる、直属の上司と部下というふたりの関係が羨ましく思える。
立場上、自分はそんなに軽率な行動を取るわけにはいかない。
今はリアナに任せるしかできないことを残念に思いながら、ひとり「ふぅ……」と、ため息をついた。
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