第6話 アデライン遺跡
店に入ったふたりは、小さなテーブルに向かい合って座っていた。
(なんか……こうしてると結構可愛いよな)
注文したサンドイッチを、リアナが小さな口ではむはむと頬張るのを見て、ルティスはなんとなくそう感じていた。
もちろん、目の前にいるのはあの氷結の魔女であり、機嫌を損ねると一瞬で氷漬けにされる恐れすらある。
だから、不用意な発言は絶対に避けなければならない。
ルティスは使用人らしく、上司より先に食べ終えてから、紅茶をゆっくりと飲むリアナを眺めていた。
「……私の顔になにか付いていますか?」
「い、いえ……」
「なら良いのですが……」
カチャリ、と小さな音を立て、カップをソーサーに置くと、リアナは「ふぅ」と一息ついた。
「さ、そろそろ行きましょうか。とはいえ、急ぐこともありませんが……」
「はい」
食事代を支払うリアナを待ってから、ルティスは軽食店を出る。
(……ん? 急がないのに、俺なんであんな早朝に起こされたんだ……?)
なんとなく、それだけが腑に落ちなかった。
◆
ルティスはリアナに案内されて、レイヴンブルックにある魔法用具の専門店に来ていた。
屋敷のあるムーンバルトにも魔法用具店はあるが、リアナに言わせると「ここの店のほうが、良いものが置いてある」らしい。
とはいえ、魔法用具はどれも高価なもので、到底ルティスの手持ち金で買えるような値段ではない。
「今日はどんなものを?」
店に並ぶステッキを見ても全く違いの分からないルティスは、じっくりと品定めしていたリアナに聞く。
「お嬢様のステッキがそろそろ古くなってきましたので、それと……あとは、良いものがあれば買おうと思っています」
答えながらリアナは目ぼしいステッキを手にとっては、魔力を込めたりしてチェックする。
そして――不意に、ルティスにステッキを向けた。
「うわっ」
それを遮るように、反射的に手を突き出したルティスにリアナが言う。
「……そんな手では防げませんよ? 私が魔法を放っていたら、もうルティスさんは死んでいます」
「う……」
それは半分は事実だが、半分は間違いだ。
なぜなら、ルティスが防御壁を張っていたところで、リアナの魔法を防ぐことなどできないのだから。
「……冗談ですよ。貴重な部下をこんなところで氷漬けにしたりしません」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
それに加えて「貴重」だと言ってくれたことを、嬉しく思ってしまった。
「……私の仕事が増えますし、後始末も面倒ですからね」
しかし、その後に続けられた言葉には少しガッカリした。
◆
「お買い上げありがとうございます」
結局リアナは3本のステッキを購入した。
代金は合計90万ルド。
正直、ルティスが半年働いても、それだけの金額が貰えるかどうか、というほどの金額だ。
ステッキがそれほど高価だということにも驚いたが、なによりも顔色ひとつ変えずにその金額を支払っていたリアナにも驚く。
ムーンバルト家の規模からすれば、はした金のようなものなのかもしれないが……。
「私の用事は終わりました。今日はお休みですし、ルティスさんが寄りたいところがあれば、希望
店を出て振り返ったリアナは唐突にルティスに聞いた。
とはいえ、急に聞かれても思いつくことなどなかった。
「え? いえ……。特には……」
「…………」
ルティスの返答に、リアナはしばらく無言だった。
彼女は時折こうして黙って考え込むような時があるが、もちろんそのとき何を考えているかは不明だ。
「……この近くに古い遺跡があるのは知っていますか?」
「は、はい……」
リアナが聞いたのは、このレイヴンブルックの街の近くにある、アデライン遺跡のことだろう。
はるか昔の古代文明によって遺された遺跡と聞いていたが、詳しくは知らなかった。
「遺跡そのものはもう探索され尽くしていますが、遺跡の中には魔獣が巣食っています。騎士団による討伐隊によって、定期的に討伐されていますが、確か前回から1年ほど経っていたはず……」
詳しく説明してくれるが、リアナの意図がよく分からなかった。
……いや、なんとなくわかっていたのだが、信じたくなかったのだ。
「ええと、リアナさん……?」
恐る恐る声を掛けると、リアナは今思いついたとばかりに、ひとつ頷く。
「お嬢様をお守りするため、ルティスさんにはもっと強くなってもらわねばなりません。せっかくの実技講習の機会です。遺跡の魔獣を討伐してみてください」
「ああああ、やっぱりぃ……!」
予想通りの司令を与えられて、ルティスは頭をうなだれた。
◆
リアナに連れられて遺跡に着くと、監視をしている兵士がいた。
道中にも看板等があり、どうやら一般の者は入れないようになっているようで、この調子でいけば門前払いしてくれるのではと淡い期待を抱いた。
しかし、リアナが一言二言兵士と会話をすると、あっさりと通行が許可される。
ルティスは「嘘だろ……!」と思ったが、どうやらそれほどまでにリアナは有名らしかった。
「出てきた魔獣はすべて倒しても構いません。私は手を出しませんから、存分にどうぞ」
「手を出さないって……」
「ええ、言葉の通りです。もし死んでしまっても、死体は回収しますから、ご安心を」
それを本気で言っているのかどうかもわからないが、少なくともリアナが手伝ってくれそうな気配はなかった。
ルティスはゆっくりと遺跡の中に足を踏み入れる。
このアデライン遺跡は、巨大な岩山をくり抜いて作られたような遺跡のようだった。
洞窟のよう、と言ってもいい。
しかし、内壁には彫刻で複雑な文字や絵柄が施されていて、文明の残滓を感じることができた。
「……ヘルハウンドですね。このくらい簡単に倒してもらわなければ話にもなりません」
ふいに後ろを歩くリアナが呟く。
ルティスが回廊の奥、暗闇の中を凝視すると、2つの目が光っているのが見えた。
「もし俺が逃げたら……?」
「……当然、魔獣の代わりに、私があなたに引導を渡して差し上げます」
「…………ハイ」
リアナに聞くと、即答でそう返された。
つまり、ルティスには戦うという選択肢しかない、ということだ。
(あー、もうどうにでもなれッ!)
そう心のなかで叫びつつ、懐から自分のステッキを取り出すと、ゆっくり近づいてくるヘルハウンドを見据えて身構えた。
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