次男・歩の話

 「今日の講義、マジ難しかったー」


 「あゆむ、ノート写させてよ」


 とある講義後の休み時間。俺は同じ学部の友人たちと他愛もない話をしながら、食堂に続く道を歩いていた。


 「まったく、しょうがないな」


 こいつらときたら、俺がいなければどうするつもりなんだろうか。リュックからノートを取り出した、その時だった。


 「あーゆーむー!!!!!」


 遠くから俺を呼ぶ声がした。それもバカでかい声だ。誰かがこちらに走ってくるのが分かる。俺は他人のフリをしようとしたが、もう遅かった。


 「歩ったら、無視なんてひどいじゃない!」


 いとこの麻雪まゆきだった。俺と同い年のくせに、未だに中学のセーラー服を着ている変人だ。俺は「あー」とか「うん」とか、適当な返事で誤魔化す。


 「歩の彼女? かわいいじゃん」


 友人の一人が俺に耳打ちする。冗談じゃない。


 「ただのいとこだよ。麻雪、なんでここにいるんだ?」


 「ここの食堂のご飯、おいしいって評判なのよ! だから食べに来たの」


 ……うちの大学の食堂は関係者以外立ち入り禁止なんだが。こいつはいつもどこか抜けている。その旨を麻雪に伝えると、露骨にショックを受けた様子だ。


 「うう……せっかくはるばる食べに来たのに……」


 「麻雪ちゃん、俺らと外に食べに行こうぜ! いいよな、歩」


 「……仕方ないな」


 ……かくして、俺の「普通」の日常は崩れ去ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木道家のあれこれ @komame-kurata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ