第7話 朝食
「…‥‥で、貴方達は一時間以上も裸で抱き合った挙句、マイは【感情抑制】がオーバーヒートして魔力も使い果たしめでたしめでたしと。貴方達に着せる服が哀れだわ」
「面目ない」
「‥‥‥すみませんすみません本当にすみません」
俺とマイは板の間を正座し、ユウキさんの説教を受けていた。
ユウキさんは俺達の為に朝食を作ったものの、余りに長風呂だったので浴室を確認した所、裸で倒れている男女を発見したとの事。
ちなみに俺は元々来ていた服を、マイは上半身を丈が長い服を羽織っている程度で、下はなにも履いていない様子。結構扇情的だ。
「うぅ、神楽さん。足がいたいです」
マイは、引き締まった体からすらりと伸びる生足に自らの拳をぽんと置いた。脚がしびれているのか、苦痛の表情を浮かべている。風呂上がりのためか、ほのかに柑橘のいい香りも漂っている。
「そんなに服を着たくないなら未来永劫全裸でいなさい、この発情騎士」
「はっ‥‥‥発情騎士⁉」
「そこのあなたもそうよ、初対面の女の子を組みしだいて。失望したわこの全裸魔王が」
「‥‥‥面目ない‥‥‥っ」
何も言えない。何も言い返さない。
反論したが最後、ユウキさんの説教が俺達を切り捨て御免する未来が想像できるからだ。というか、ユウキさん口調が色々すごいな。
「‥‥‥まぁ。あまり言っても可愛そうですしね。朝ご飯にしましょうか」
ふぅ、と息を漏らしたユウキさんはくるっと振り向きキッチンの奥へ消えていく。
そして腰まで延びた髪をさらりとかき上げ、紐で結んだ。どうやら料理でもしてくれるのだろうか。
マイによるとこの建物は、外敵からリラックの治安を守る「冒険者」を管理するギルドのエンドン支部との事だ。ユウキさんの方針により、ギルドと酒場のフロアは行き来可能との事だが、基本的に営業時間を明確にしているので朝夕はほぼ誰もいない。
ここは酒場なので、瀟洒なワイングラスが天井にいくつもぶら下がり、異国を思わせる小さな絵画が壁面をあしらっている。元居た世界でいう、西欧の陽気な雰囲気が漂うおしゃれな空間だ。
「‥‥‥っぅ。本当、ユウキさんは厳しいんだから‥‥‥」
隣で正座していたマイが足を崩したので、俺も追随した。
いてて。
「ぐっ‥‥‥しびれたな」
それを見たマイがひそっと俺に話しかける。
「ユウキさん、普通にしていれば本当に優しい人なんですけど怒らせると世界で一番恐ろしいので気を付けて下さいね」
「世界で一番ってどんなくらいなんだ?」
「例えばですが、数年前にユウキさんの酒場に二人組の泥棒が入ったそうですが」
「ああ」
「文字通り地の果てまで追いつめ、あらゆる抵抗を無力化し、全治数年の重傷を負わせ、反逆の意志を未来永劫失う程度の残虐な私的制裁を加え、挙句に財産を根こそぎ接収、犯罪人は娑婆からの離脱を余儀なくされ、しかもリラックの商工会議所に働きかけて再就職も徹底的に妨害したそうです」
「怖いなオイ!」
「結局その二人組の泥棒はユウキさんの手先として雇用されているとの噂ですが・・・詳細は分かりません」
見ず知らずの俺を泊めるくらいにはお人よしな性格かと思いきや、これくらいの二面性が無ければギルドとやらのリーダーは務まらないのかもしれない。
「マイ、神楽くん。準備ができましたのでご飯を取りに来てください」
「あ、はーい」
キッチンの奥から聞こえるユウキさんの声に、軽やかにマイが応じる。ユウキさんが作った料理を酒場のメインテーブルにさっと並べていった。
世界は違えど、飲食物は元居た世界とほぼ一緒のようだ。
香ばしい小麦の香りが漂う食事パンにはうっすらとバターが塗られ、その横には新鮮なサニーレタスと焼き目が絶妙な目玉焼きと厚切りのベーコンが一皿に盛り付けられている。明るい日光を反射するかのように瑞々しいフルーツと、優しく踊る湯気が立ち込める紅色の茶が入ったカップが手元に置かれた。
まさしく完璧な朝食だ。見るだけで腹のなる音が聞こえてくる。
「あら、神楽くんもおなかがすいているようですね。では席について食べましょう」
ユウキさんの号令に従い、マイと隣り合って木製の椅子に座る。ふわりと良い匂いが鼻腔を刺激し、さらなる食欲に駆られてしまう。
「うわぁ‥‥‥おいしそう」
隣のマイは好物を目の前にした子犬のようにきらきらと目を輝かせている。
「それでは食べましょう。頂きます」
「頂きます!」
「‥‥‥いただきます」
三人は目の前のテーブルに置かれた食事を始める。スプーン、フォークなどの食器は一緒なので、まずは厚切りのベーコンに手を付けた。
「うまいな、これ」
何の畜肉を使用したかは分からないが、旨味が溢れながら朝の胃袋を刺激しない程度の絶妙な油分と塩分が更なる食欲を誘う。ベーコン本来の味もさることながら、焦げ目と加熱具合が絶妙なのか、外はかりかり、中はジューシーと最高の仕上がりを見せている。
「そうなんですよ!ユウキさんの食事は何を食べても絶品なんです」
「あらあら、お口に合うならよかったです」
マイも空腹だったのだろうか、勢いよく食べ進める。もきゅもきゅと可愛らしい音が聞こえて来そうないじらしい食べっぷり。対比するように、ユウキさんは洗練された動きで最も素早く食事をしていた、というより一瞬でも皿に意識を向けたころには新品の皿同様に食べ物が消えている‥‥‥。
(本当にユウキさんは何者なんだ‥‥‥?)
「ただのしがない酒場の主です」
「‥‥‥っ!」
なんでこの人、こんなにも鋭いんだろうか......?
「神楽くんはこちらで初めての食事だと思いますがお口にあいますか?」
「‥‥‥ええ、何を食べても本当においしいです、ありがとうございます。‥‥‥ユウキさん」
「ユウキでいいですよ」
「ユウキさんを呼び捨てなんて恐れ多い‥‥‥私がやった日には打首獄門」
「‥‥‥何か言いました、マイ?」
「回答拒否でお願い致します」
他愛もない会話の中で食事は進む。
(誰か作った食事を食べるのも何年振りなんだろうな)
ふとそんな思考がよぎった。正直、一切の緊張を強いられない食事を他人と展開した事がないので経験値が無いのだ。たったこれだけの、誰かと食事を囲うというこれだけの事が、人にとってどれだけの安らぎを与えるかを今の今まで知らなかったのだ。
「‥‥‥神楽さん」
ふと思考に沈んだ俺に、マイが真摯に視線を向ける。ユウキさんも表情を僅かに固めた。この世界の女性は勘が鋭いのか、誰かの機微に対して敏感に感じ取れるのだろうか。
「神楽さんは、大丈夫です。‥‥‥私がいますから」
マイの真摯で、まっすぐな声。澄んだ眼が、俺を射貫いた。
「‥‥‥ふふ。マイったら」
マイの素直さにも、ユウキさんの余裕にも、俺は救われ始めているのかもしれない。
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