神に由来する機構

 その一つの大陸には、それぞれ共和国ならびに帝国と呼ばれる二つの国家があり、そして三つの民族が暮らしていた。第一の民の大半は共和国に属し、第二の民はそのほとんどが帝国に支配されていた。第三の民だけは自らの国家を持たず、二つの国の双方に散住していた。数で言えば第三の民が最も少なく、少数民族と呼ぶべきものであった。


 前世紀の中葉に発生した共和国と帝国の大戦争に於いて、帝国内の一部勢力の手によって、第三の民に対する極めて大規模な組織的迫害、言ってしまえば民族浄化が行われた。戦争が十余年を経てようやく終結したとき、「第三の民」の総数は十分の一程度にまで落ち込んでいたが、公の場においてそれが明白な事実と確認されたのは、戦後さらに十余年を経てからのことであった。世に広く言われるように、「一つの死は悲劇だが、百万の死は統計上の数値であるに過ぎない」からであったろう。


 戦後まもない頃、旧帝国領の一部を割いて、第三の民による第三の国家が築かれた。この国は建国当初から教皇と名乗る為政者を掲げて神権統治を行ったため、一般に神聖王国と呼ばれている。


 神聖王国は旧帝国領に築かれたものである以上、当然、その国の国民のすべてが「第三の民」と呼ばれた人々によって占められたわけではなく、旧帝国民の多くが王国の領民として編入されることになった。


 神聖王国が樹立されたばかりの頃、三つの国はいくつかの条約を締結した。その中の一つに、虐殺防止条約と呼ばれるものがあった。それは第一条において戦時または非戦時におけるあらゆる集団殺害を禁止し、また第二条においてあらゆる集団殺害を定義した。集団構成員の殺害、肉体的または精神的な危害、それを目的として過酷な生活条件を課すこと、集団構成員に対し出生防止の措置を行うこと、そして強制移住を行うこと、以上の五項目がそこにおける「虐殺」の主要な定義であった。


 神聖王国は独立した国家であったから、当然の帰結として、自らの司法制度ならびに警察機構を持った。建国から半世紀、五十余年の歳月をかけ、それは「念入りに」運用された。


 虐殺防止条約は知られているように戦後に策定された条約であったが、これに基づいて神聖王国が定めた同国の刑法典に於いては、法の不遡及というテーマは問題とされなかった。つまり、同国が存在し始める以前に、同国がその法を定める以前に行われた「第三の民」に対する「組織的迫害」が、しかし同国の法によって審判の対象とされたのである。理屈付けは単純であった。それらは「ヒトに対する罪」と定義され、神の前に明らかなことであるから従来の刑法学の理念を「超越」して裁かれる、と彼らは主張したのである。


 かつて罪が為された、ということについては誰も否定できなかったし、神聖王国が秘密主義の立場をかたくなに崩さなかったこともあって、共和国と帝国はこれを長い間座視せざるを得なかった。そうして戦後半世紀余り、かの大戦争の薄れた頃、ようやく一つの事実が共和国と帝国の民にも明らかになった。


 五十余年を経る間に、旧帝国から神聖王国に組み入れられた「第二の民」とその子孫の人口は、ゼロになっていた。むろん、それは“自然な”人口減少の結果などではあり得なかった。


 ある人物は、戦時中、「民族浄化のために運営されていた収容所で、被収容者に囚人服を配った」というだけの咎で処刑されていた。記録には、彼らが裁判であると称したその茶番劇の場で、検察官と呼ばれていた人物が発した言葉がこう記されていた。


「君たちは、否と言うべきであったのだ」


 共和国と帝国は“虐殺防止条約に基づく”武力制裁の発動を決議し、国際連合軍を組織して神聖王国に攻め入った。よく知られているように、これが昨年の暮れのことである。

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