第3話
地元にある昔ながらのカフェは、平日の夕方にも拘わらず混雑していた。向かい合わせに座れる席を探し、腰掛ける。
「いらっしゃいませ。ご注文は」
「俺はコーヒーで。マナは? 」
「カフェラテ、お願いします」
「かしこまりました」
飲み物が運ばれてくるまでの間、二人は中々言葉を発することができなかった。半年の間にできた絶妙な距離感は、まだ埋まりそうにない。
「マナ、何であんな所にいたんだ?」
乾いた声で弘樹が呟く。
「テスト終わったっていう解放感から、突然走りたくなって」
「そんなことある?」
「あるよ」
注文した飲み物はすぐに運ばれてきた。彼はミルクのカップに手を伸ばす。
「マナ、何かあっただろ」
「えっ、何もないけど」
マナは動揺を隠すために、慌ててストローを咥え、カフェラテを口に入れる。
「嘘つけ。仕草に出てるぞ」
コーヒーに注がれるミルクはスプーンによってかき混ぜられる。
「やっぱり弘樹には嘘つけないね」
「当たり前だろ。何年の付き合いだと思ってんの」
「じゃあ、弘樹にだけ正直に話す」
氷が弾ける音がした。
「昔から弘樹が好きだったんだ。その当時は、付き合うなんて概念はなかったけど。弘樹に恋して、私は男性が好きだと思ってたの。でもね、今日、高校の男友達に彼女ができたって聞いて、泣いちゃったんだ。もう一人の女友達にも彼氏がいるっぽくてね。ショックでさ。私、二人のことを考えるだけで頭がいっぱいになって。それで気付いた。私、両性愛者なんだ、って。これって変だよね」
弘樹は少し黙った。そして言葉を選ぶように、「どこが変なんだよ。それが本当のマナなんだろ? だったらいいじゃん」と言った。思いもよらない答えに、マナは「えっ」と言ってしまう。
「少なくとも俺はマナのこと変だとは思わない」
下に敷かれたコースターは、グラスについた水滴によって濡れていく。
「俺に正直に話してくれてありがとな 」
「うん。一番に話せたのが弘樹でよかったよ。声掛けてくれてありがとね」
気付けば五時を過ぎ、店内から客がいなくなり始める。カフェには二人だけの時間が流れ始めた。
弘樹と別れたあと、家に帰る途中にマナは二人に電話することにした。スマホを取り出し、グループメールから電話を掛ける。ミナミが先に出た。
「マナ! 大丈夫?」
「さっきは心配かけてごめん」
「びっくりしたよぉ。マナは走って逃げ帰るし、リュウは佳音連れてくるしぃ」
遅れてリュウが入ってきた。
「マナ、大丈夫か?」
「リュウにも心配かけた。ごめんね」
「声聞く限り、大丈夫そうだな」
「ほんと心配かけてごめん。リュウ、佳音さんにも謝っておいて」
「分かった。じゃあ、また明日」
電話を切る。家の明かりは付いていた。
翌日、リュウとミナミは昨日のことなど忘れたかのような様子でマナに接する。
「そぉそぉ、二人に聞いて欲しいことがあるんだぁ」
「なんだよ」
「実は、私にも彼氏ができてました!」
ミナミは自分で拍手する。
「おー、すげーじゃん。ミナミにも彼氏できたか」
「何その言い方! 失礼だなぁ、ね、マナ」
「あ、うん。そうだね」
マナはまたも落ち込んだ。昨日ほどのショックは受けなかったものの、二人のことを考えるだけで常に頭がいっぱいになっていたマナからすると、突然ひとりぼっちになった気分だった。
「いつから付き合ってんの?」
「一週間前」
「最近じゃん。どこで会ったんだよ」
二人はマナの様子を気にすることなく喋り続けた。二人には付き合っている相手がいる。でも、その相手に邪魔されたくない。やっぱり、二人のことが好きだ。
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