第2話
入学式の翌日には、三人は最初から知り合いだったかのような会話を交わす。呼び方もそれぞれ「マナ」「リュウ」「ミナミ」と決め、マナは丁寧な口調で話さないように努力した。
マナはミナミと特に気が合い、すぐに打ち解けた。マナはミナミのことが好きだった。ミナミは同じ年なのに少し大人びていて、皆を引っ張れるリーダーシップも持ち合わせている。マナは、そんなミナミを尊敬できる友達として好きだった。
三人で過ごす日々は楽しさで溢れていた。気付けばリュウとも仲良くなり、登校する時も、お昼を食べる時も、三人は常に一緒だった。テストの点で一喜一憂したり、休みには遊びに出掛けたり。それでも互いが恋愛に発展することはなかった。
夏休み前には、リュウから「好きな人ができた」という話を聞いた。そのとき二人は驚いたが、それが誰とまでは聞かなかった。後に分かることだろうと放っておいた。二人は勝手に、リュウは好きな人と夏祭りに行くものだと思っていた。しかし、祭の前日、リュウからの電話で、「マナとミナミの三人で行きたい」と言ってきた。それを二人は断らず、待ち合わせをして当日を過ごした。ミナミは派手な浴衣姿で現れ、リュウは半袖短パンという少年感溢れる格好で来た。互いに、「あれが食べたい」「あの店に行きたい」と話しながら人の流れに逆らうことなく歩いた。空いている席を見つけて座り、たこ焼きやフランクフルト、焼きそばなどをシェアしながら食べた。マナは、幼馴染の弘樹以外と過ごす夏もアリだと思った。
夏休みが明けても、よく行動を一緒にしていた。しかし、ある時からリュウの付き合いが悪くなった。話を聞くと、「好きになった人と付き合うことになった」と言った。ミナミは「私もマナも、早く彼氏見つけなきゃだねぇ」と言い、リュウは「いつかトリプルデートでもできる日が来るかもな」と先のことを喜ぶ。しかし、マナだけはそうは思っていなかった。リュウと過ごす時間が少なくなることが怖かった。これでもし、ミナミにも彼氏ができたら。そう思うだけで、マナは悲しくなった。
マナが自分の気持ちに気付いたのは、二学期の中間試験を終えたその日のことだった。一学期から恒例になっていた遊園地に遊びに行く予定だったが、雨天により行先の変更を余儀なくされたのだ。
「どこ行く?」
「僕、メイドカフェ行ってみたいんだ」
「えぇ、私たちも連れてくつもりぃ?」
「いやー、実はさ…」
罰が悪そうにしているリュウの元にやって来たのは、淡いピンク色のアイシャドウを塗った、渡辺佳音だった。佳音は同級生の間でちょっとした有名人だった。メイク術で名を馳せていて、SNSでも話題を呼び、過去にはテレビで紹介されたこともある存在。そんな佳音がどうして…。
「リュウ君、お待たせ」
「いや、待ってないよ」
今、目の前で何が起きているのか。マナとミナミは開いた口が塞がらない。
「僕と佳音、付き合ってるんだよね」
言葉が出なかった。ミナミは気持ちをすぐに切り替えて、「え! めっちゃ意外なんですけどぉ」と答えている。マナは気持ちの整理がつかなくなっていた。気付けば身体を震わせ、目からは涙が零れる。こんな顔を見られたくない。そう思った瞬間に、マナは校門に向かって全速力で走り出していた。後ろから「マナ、どうしたの!」「ちょっと、マナ!」と、リュウとミナミの声が聞こえる。それでも振り返ることなく走り続けた。とにかく、二人から離れたかった。
日は山の向こうに沈もうとしている。景色はマナの生まれ育った街並みへと変わっていく。帰って来た。そう感傷に浸っていると、転がっていた石に足を取られ、その場に倒れ込む。掌からは血が少し滲んでいたが、今は気にする余裕もない。息を切らしながらも、残る体力を振り絞り、走ろうとするマナ。しかし、目の前に現れた人によって止められてしまう。
「あの」
その人に声を掛けるも立ち止まったまま動こうとしない。マナはもう一度「あの」と声を掛けた。するとその人は、「マナ、だよね?」と言った。マナは思わず「えっ」と声を出し、立ち上がる。マナの姿を見るなり、その人は口角を上げ「やっぱり」と喜ぶ。その声に聞き覚えがあった。
「もしかして、弘樹⁉」
マナは驚きと迷いの声を発してしまう。その様子を見たその人は腹を抱えながら笑い、「そうだよ。もしかして、俺のこと忘れたの?」と聞いてきた。マナの前には、半年の間に背も大きくなり、中学の時よりも学ランを着こなしている弘樹がいた。
「忘れてはないけど、全然気付かなかった」
「俺、半年で気付かれないほど変わってるか?」
「うん、だって背も大きくなってるし、それに、背中に楽器ケース背負ってるから」
「でも、顔は変わってないだろ?」
「足元までしか見てなくて、顔見る余裕なかったの」
半年ぶりの再開を喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。恐らく前者なのだろうが、マナ自身、今どういう表情をしているか分からなかった。
「随分派手に転んだように見えたけど、立てる?」
「うん、大丈夫 」
弘樹の前に立つと、懐かしい匂いがした。少し丈の短くなったズボンの裾から、足首に巻かれたミサンガが見えている。
「そのミサンガって」
「あー、これ彼女が作ってくれたんだ」
やっぱり弘樹のことが忘れられない。自分が作ったものじゃないミサンガを身に付けている弘樹。それが嬉しくもあり、少し寂しくもあって、感情が崩れ始める。
「今時間ある?」
弘樹に話を聞いてもらいたい。マナは「うん」と答えた。
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