「その『好き』って」

成規しゅん

第1話

 「二十三歳での再会を祝って」

「乾杯」

高校卒業以来、約五年ぶりにレストランに集まったマナ、ミナミ、リュウ・佳音夫婦の四人。四人は乾杯した後、食前酒としてシャンパンを飲む。

「美味しい」

普段シャンパンを飲まないマナが口を開く。するとミナミが自慢げな顔をしながら、「でしょ。前に彼氏に連れてきてもらったことがあってねぇ」と答える。

「へぇ、そうなんだ」

 リュウと佳音とは二人の結婚式以来の再会だったが、二人とも変わりすぎていた。リュウは男らしくなり、佳音はコロンを付けるほどの大人な女性になっていた。

「リュウ君、何で今だったの? 二十三歳って中途半端だよね。大学卒業の歳でもないし」

「仕方ないだろ? 僕と佳音はいつでも一緒だけど、二人の仕事に合わせないとなんだから」

「わざわざ声掛けてくれてありがとねぇ」

「いやいや。まぁ、集まろうって言ったのは僕だったし」

「懐かしいね。みんなと出会ってからもう七年か」


   *


 この年は季節外れの暖かさにより、桜の開花が例年より早いという話題で盛り上がっていた。この春はマナにとって初めての経験だった。いつも一緒にいた幼馴染の弘樹がいない学校生活が始まろうとしている。マナは普通科しかない高校をあえて選んだ。それは弘樹と離れるために。弘樹は両親の影響もあり、音楽科のある高校を選び、進学した。別々の道を歩むことになった二人は、卒業式で互いに涙し、その当時マナ個人は別れを喜んだものの、一人となった今は不安が尽きない。

 入学式は二時間もしないうちに終わり、生徒は各教室へ移動し、保護者は体育館に残って説明を受ける。親が来ていない場合は、あとに手紙を受け取ることになっていた。

 教室に移動した生徒は、慣れないことの連続に、少し疲れている様子で席に座る。マナもそのうちの一人だった。やはり弘樹がいない学校生活には馴染めそうにない。そんな不安の中、担任の瀬名先生は明るい声で、「入学式お疲れ様でした」と言う。生徒は「お疲れ様でした」とバラバラに答える。

「今から、学校の施設とかについての話をします。分からないことがあれば、後で質問を受け付けるので。最後まで聞くように」

「はい」

瀬名先生は黒板に紙の資料を貼り、何階にどんな建物があるだとか、屋上は立入禁止だから行くなとか、差し棒を使って説明していく。話し終えた瀬名先生は、「何か質問ある人」と言う。生徒は誰も手を挙げない。「質問は無いということでいいですか?」との質問に、生徒は頷く。

 説明が終わると、緊張しいのマナにとって、地獄とも言える時間がやってきた。瀬名先生が「今から自己紹介をしてもらいます」と言ったことをかわきりに、出席番号一番から順に一人ずつ、自己紹介を始めた。マナは自分の番が回ってくるまで、頭の中で何度もセリフを呟く。

「次、お願いします」

心臓は拍動を増し、頭の中は真っ白になる。

「藤谷マナです。えっと…」

案の定、マナは言葉に詰まった。

「藤谷さん。趣味か特技はありますか?」

微かに聞こえる瀬名先生の声で我に返った。

「あっ、趣味は料理をすることです。よろしくお願いします」

まばらな拍手が教室に響く。誰にも顔を見られないように、マナは俯きながら座る。すると、隣に座る男子が顔を覗き込み、「自己紹介緊張するよね」と話しかけてきた。マナがどう反応しようかと迷っていると、続けざまに「僕、唐沢リュウです。よろしく」と、まるで迷子に話しかけているかのような微笑みを浮かべてきた。

「あっ、藤谷マナでふ。こちらこそ、よろしくお願いします」

マナが彼に抱いた最初の印象は、どこにでもいそうな青年、というものだった。

 自己紹介が終わると、翌日からの流れについて、簡単な説明が行われた。教科書、書類を受け取り、初日のホームルームは終わった。

 入学式終わりということもあり、大体の生徒は保護者と一緒に帰路につく。マナの親は入学式に来ておらず、一人で教室を後にしようとしていた。すると突然、マナを呼ぶ声がした。

「藤谷ちゃん、一人?」

そう声を掛けてきたのは、倉本ミナミだった。彼女はボーイッシュな髪型で、見るからに活発そうな雰囲気を纏っている。

「倉本さん」

「えっ、もう私の名前覚えてくれてんのぉ!」

「うん。人数少ないですから」

「すごぉーい! 私はまだ藤谷ちゃんしか覚えてないよ」

ミナミの馴れ馴れしい口調は、正直言うと苦手だ。

「え、なんで私だけ覚えてるんですか?」

「名前! ほらぁ、同じカタカナだから。私ね、今までカタカナの名前の人に会ったことなくてぇ、嬉しかったんだ。それで声掛けたのぉ!」

「そうなんですね」

ミナミはマナの気分など気にする様子なく、話を続けようとした。帰りたい理由を言うこともできず、時間だけが過ぎていく。

「藤谷さーん」

遠くからまたもマナを呼ぶ声が聞こえた。声がした方を見ると、壁に凭れたリュウが手を振っている。

「唐沢さん」

リュウはリュックを片手に歩いてきた。

「ねぇ、何で僕にも丁寧な口調で話すの?」

「それは」

「それは?」

二人は口を揃えて聞き返す。

「初対面の人には丁寧な口調で話す癖が付いていて」

リュウとミナミは顔を見合って笑う。

「いや、もう初対面じゃないじゃん。まぁ、今日初めて話したけど」

「そうだよ。私だって、二人と話すの初めてなのに、こんな口調だしぃ。だから、丁寧な口調じゃなくて、もっと砕けてよぉ」

分かりました、と言いかけたがすぐに、「分かった」と答える。

 それがリュウとミナミとの出会いだった。佳音とは、まだこのとき出会っていない。


   *


 「今となっては、もはや高校生時代が華々しく感じられるなぁ」

ミナミが運ばれてきた料理に手を伸ばす。

「そうだな。僕は専門学校卒業してすぐ結婚したけど、やっぱりあの時が一番輝いてた」

「えー、じゃあ私と結婚してからは輝いてないの?」

佳音が口を尖らせる。

「違うよ。今の僕は第二章を輝きと生きてるって感じかな」

機嫌を直した佳音は、リュウの腕き抱きつく。困惑しながらも、どこか嬉しそうな表情をする。

「かっこいいじゃん」 

「そういうマナはどうなの? 相手できた?」

佳音の唐突な質問に心臓が跳ねる。

「いや、私はまだ。でも、みんながラブラブそうでよかったよ」

「確かにぃ。特にお二人さんは私よりも関係が濃そうだけどねぇ」

「そりゃ、まぁね」

「マナにも早く彼氏ができるといいね」

コロンの甘い香りを漂わせる佳音は、呑気に答える。そろそろ三人にも伝えるべきなのかな。

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