名探偵・桜太郎、覚醒

 案内されたのは、小さい頃よく遊んだリビングだった。床には赤黒い血痕が広がっている。変わり果てたリビングの光景に動揺を隠せない僕の目の前に、三条は布にくるまれた何かを差し出した。


 「ほら、これが凶器の包丁だぜ。木道司の指紋がバッチリついてやがる」


 続いて三条は床を指さす。その先には血で書かれた「ツカサ」の文字があった。


 「なるほど、これは確かにカンペキな証拠だわ……」


 麻雪は腕を組んで、何やら考え込んでいる様子だ。


 「まだまだあるぜ。解剖記録に、こっちは現場写真だ」


 僕は受け取った写真をまじまじと見る。一つだけ、気づいたことがあった。


 「三条さん、この写真のスーちゃん、包帯をしていませんよ。いつもは両腕にしてるのに」


 「ああ、そいつは発見された時からしてなかったぜ。家にいたから外してたんだろうさ」


 「じゃあ、その外した包帯はどこにあるんですか? 家の中にあるはずですよね?」


 僕がそう言うと、明らかに三条の目が泳ぎはじめた。


 「ええと……それは……」


 「もしかして、犯人が持ち去った、とか」


 「そうだ! 木道司が持ち去ったんだ!」


 「司ちゃんは現行犯逮捕されたんでしたよね? そんな暇はないはずでは?」


 「くっ……」


 三条は分かりやすく焦っている。僕はさらに思いついたことを口にする。


 「例えばの話ですけど、犯人がスーちゃんの腕を使ってダイイングメッセージを書き、自分の指紋がついた包帯は処分した、とか」


 「間違いないわ! 兄さんすごーい!」


 麻雪が目を輝かせる。


 「じゃあ、このダイイングメッセージは真犯人による偽装工作だって言うのか!? 包丁は!? 包丁には木道司の指紋がついていたんだぞ!?」


 僕は大きく頷いてから、麻雪のほうを見る。


 「麻雪ちゃん、普段は誰がご飯を作ってるの?」


 「もちろん姉さんよ。……あっ!」


 「そう、司ちゃんの指紋がついているのは当然なんだ。それに、その包丁は凶器じゃない可能性だってある」


 「……どういう事だ?」


 「例えば、その包丁よりも一回り小さい刃物でスーちゃんを殺害し、カモフラージュのために同じ場所を包丁でもう一回刺したとしたら……?」


 「包丁で殺害したように見えるわ!」


 「つまり、あんたはこう言いたいのか? 木道司は犯人じゃない、真犯人は他にいる、と」


 「もちろんです」


 僕は大きく頷いた。確信のようなものが、僕の胸を満たしていた。


 「犯人探しなら勝手にしな。俺は署に戻るぜ。明日の裁判の準備があるんでな」


 三条はぶっきらぼうに言い放つと、リビングを出ていく。僕と麻雪は何も言わず、その後ろ姿を見つめていた。

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