留置所にて

 麻雪は500mほど走ると、殺風景な建物の前で足を止めた。

 「留置所」と書かれた石碑の前を通り過ぎ、麻雪はずんずんと建物の奥へ入ってゆく。僕も後に続く。


 たどり着いたのは、重苦しい雰囲気の部屋だった。透明な仕切りを隔てて向こう側に、おそらく看守であろう女性が立っている。


 (ここが留置所……罪を犯した人が入る場所……かあ)


 麻雪がこんなところに縁があるとは思えないけれど、いったい誰に会いに来たんだろう。

 仕切りの向こうの扉が開く。姿を現したのは、僕のよく知る人物だった。


 「待たせたな、貴様ら」


 木道きどうつかさ、僕のいとこで麻雪の姉にあたる。僕は戸惑いを隠しきれずにいた。


 「司ちゃん! どうしてそんなところに?」


 僕が尋ねると司は気まずそうに目をそらす。


 「まあ、話すと長くなるんだが……それより、貴様らこそ何の用だ?」


 「姉さんを助けに来たのよ! 桜太郎兄さんも一緒に}


 麻雪が間髪入れずに答える。しかし、司は眉間にしわを寄せて、何やら考え込んでいる様子だ。


 「貴様らごときに俺様が助けられる訳がない!」


 「どうして!? どうしてそんなこと言うの!?」


 麻雪が詰め寄る。


 「いいか、俺様が逮捕されたのは昨日の夜だ。明日の朝には裁判が始まる! 明日の朝までに俺様の無罪を証明するなど不可能だ!」


 「あたしを誰だと思ってるの? それに、裁判が始まってからでも遅くないわ!」


 「今回の事件は完璧な証拠が揃ってる。裁判が始まってしまえば、有罪が決まったようなものだ!」


 言い合う二人。しかし、僕だけは未だに状況が呑み込めずにいた。


 「ちょ、ちょっと待って。司ちゃん、捕まっちゃったの?」


 「ああ。しかも、殺人容疑だ」


 殺人容疑。その四文字が僕の心に重くのしかかる。僕は恐る恐る尋ねる。


 「殺人って……いったい誰を?」


 「スーちゃんよ」


 麻雪は悲しそうにその名を口にする。

 スーちゃん、こと木道きどう鈴音すずね。麻雪の妹で、僕も小さい頃はよく一緒に遊んだものだった。

 

 「まさか……スーちゃんが殺されたなんて……」


 「兄さん、とにかく今は時間がないの。協力してくれるでしょ?」


 僕は答えを出せずにいた。それでも、司を助けるために、僕にできることがあるのなら。


 「わかった。協力するよ」


 麻雪がパアッと目を輝かせる。


 「兄さんならそう言ってくれると思ってたわ! さっそく行きましょ!」


 そう言うと麻雪は走って面会室を出ていく。僕もあわてて後を追う。背後で司の声が聞こえたような気がしたが、立ち止まっている暇はない。ひたすらに走り続けた。

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