2-17 良い絵
「僕、この人の絵が好きなんです」
まさかこんなところに彼の絵が飾られているとは思わなかった。絵を目にした
彼女が口を開こうとし、
「あ! この人の絵って」
「俊介くんの家に飾られていた絵と同じ作者?」
「そうだよ。よくわかったね」
彼女は僕を少し馬鹿にするように笑った。
「点描と天使が特徴的だから、すぐにわかった。これはイタリアの風景かな」
「……良い絵ね。あと一歩でありがちになりそうだけど」
七五三木さんと奏は興味を絵からメニューに移した。
七五三木さんはワインを、未成年の僕たちは自家製ジンジャエールを頼んだ。料理は何品か頼んで、三人でシェアすることに決めた。
「日程って決まったの?」
顔をしかめながら奏が七五三木さんに訊く。辛口のジンジャエールが口に合わなかったらしい。
「来年の春先になるかな。正式に決まったらすぐに教えるから」
「日程?」
今さらになって生姜の刺激を感じながら、僕は尋ねる。せっかく良いレストランに来ているというのに、いつに増して舌が鈍い。
「結婚式の日程。まあ、お金なんて無いから小規模で済ます予定だけどね」
七五三木さんはワイングラスを傾け喉に流し込む。結婚を控えていると聞くと、彼女がより大人びて見えてくる。
「おめでとうございます」
僕が言うと、「きっと育ちが良いんだね、きみは」と褒められた。
テーブルにメインディッシュのステーキが運ばれてきた。
ほどよく火の通された肉を僕は二人よりも早く食べ終えた。そうする必要があった。
「あの、ちょっと、すみません」
スマホを手に席を立つ。
「電話?」
七五三木さんがアルコールのメニューから顔を上げた。目がとろんとしている。
「はい。二人でゆっくり召し上がっていてください」
一人でレストランを出て、都会の街を駆けた。
既に店仕舞いを始めていた花屋に飛び込む。「小池」という名前を伝えると、店員は花束を渡してくれた。今日、ギャラリーに向かう前に、奏が予約しておいたのだ。
予め伝えておいた受取の時間を大幅に過ぎていたのに、店員は笑顔で僕を許し見送ってくれた。若造が、これから一世一代の愛の告白をするのだと思ったのかもしれない。
来た道を戻りながら花束をのぞく。奏の希望した通り、夏を象徴するひまわりの花がふんだんに使われている。渡された誰もが笑顔になってしまうような、申し分の無いブーケだった。
これは、「サプライズ」というやつだった。奏が七五三木さんにこの花束を渡し、それを合図にレストランの店員がお祝い用のケーキを持ってくるという手はずになっている。
「らっちゃんの誕生日が近いので驚かせたい」。そう言って協力を請う彼女のために僕は一芝居を打ってレストランを出てきたわけだが、下手だったかもしれない。酔っ払いには見抜かれていないと信じたい。
レストランに帰ってきた僕は、テーブルに戻る前に店員に念を押した。
「あの、もう少ししたら、デザートをお願いします」
「お任せください。どきどきしますね。成功させましょうね!」
店員はうきうきした様子で頷く。
奏を含むセントラルの従業員たちは、ここで修業をしたほうがいいのではないかと思う。ただし、よしださんは除く。彼女はいきなりここのホールに立たされても、そつなく業務をこなすだろう。
ひまわりの花束を新生児のように抱え、他のテーブルの横を通る。どの席も宴たけなわといった具合だ。
クラッカーの紙吹雪のように談笑が飛び交う中を、誰かの笑い声がすり抜けてくる。音量や高低がコントロールされていない、酔っ払い特有の笑い方だった。
「今の彼氏くんの前でも同じことやってるんだね? 何か楽しいの、それ? 詐欺みたいじゃない」
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