2-11 僕たち以外、誰もいない。

 お返しにというわけではないが、僕も親の話を始めた。実家にいた頃の愚痴だ。


「勉強中って、部屋とデスクライトの両方をつけるでしょ。目が悪くならないように。でも、僕が勉強している時、父が部屋をのぞいてきて突然電気を消すんだ。『デスクライトだけつけていたほうが集中できるぞ!』って」

「ふーん」

 彼女はあまり興味を示さない。

「それはひどい父親ねって同情してあげたかったけど、いまいちぴんと来ないなあ」

「他の家で起きた出来事なんて、そんなものだよね」


 しかし、他人が聞いてもぴんと来ないようなちょっとしたずれが重なって、いつしか取り返しのつかない事態を引き起こす。


「……他には」


 少し意地になって頭をひねる。彼女を納得させたかったわけではなく、ただ話を続けたい気分だった。


「父はクリニックのホームページの隅でブログみたいなものを書いていて、たまに家族の話も載せていたんだ。旅行のことだったり、学校行事のことだったり。ある日、ブログに『今日は妻がお赤飯を炊いて家族みんなで食べました。昨日まで赤ちゃんだった娘の成長を感じます』って書いてしまった」


 「うわあ」と、道端に虫の死骸を見つけた時のような小さな叫び声が上がった。


「ごめん。ぴんと来ちゃった。きついね。お姉ちゃん、かわいそう」

「あまりのきつさに、姉も母と一緒に家を出て行ったよ」


 まあまあ重たい話をしたつもりだったけど、彼女は隣でおかしくてたまらないという風に体を震わせている。深刻な顔で「それはひどい」と同情されるより、笑ってくれたほうが気が楽だった。


「僕も好きだよ」


 彼女に返し忘れていた言葉を思い出し、僕はそれを口にした。





 遠い国の砂漠の真ん中で、僕と奏はお互いの手を握り、身を寄せ合って立っていた。

 だだっ広い砂漠には冷たい風が強く吹く。特別な目を持つ僕たち以外、誰もいない。

 凍えないよう励ましながら、黒く塗りつぶされた空の中に星の赤ん坊を探す。それが僕たちの仕事だった。

 でも、赤ん坊はなかなか見つかってくれない。任務を与えたクライアントたちはかんかんだろう。僕たちは必死だった。見つけたところで誰も褒めてくれやしないのに。

 僕はふと思い直す。

 クライアントが星の赤ん坊を見つけたいのではなくて、僕たちが星の赤ん坊を見つけることで、彼らから称賛されたいだけなのでは……。

 幸せな時間を過ごしたはずなのに随分と寂しい夢だ。そう思ったのと同時に、視界が明るくなった。僕は真っ昼間の東京都の街角に一人で放り出された。

 男性が小走りで僕を追いかけてくる。クラクションが鳴り響いた。

 早く目覚めなければと思ったがもう遅い。

 トラックが男性とぶつかる。アスファルトが血で塗られた。動脈を流れる血液が鮮やかな赤に見えるのは、ヘモグロビンと酸素がよく結合しているからだと理科の教師が言っていた。

 腰を抜かした僕の背後には父と、トラックにはねられたはずの男性、久保誠一郎が立っている。

 二人とも、地獄から這いずり出てきた悪魔のような顔だった。

 




 わっと叫びながら身を起こす。こめかみと背中にだらりと汗が流れた。

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