ボクっ娘女子とツンデレ男子のデイリーライフ!
暁 夜星
第1話:甘々な日常を君と
「ただいまー」
自分の靴しかない玄関。腕時計を見ると、もうすっかり夜6時を回っていた。第1希望の企業に無事就職して、かれこれもう2年もたったということと同時に、この部屋に住み始めてからも同じ年月経っているんだなと、帰ってくるごとにひしひしと感じる。
すっかり履き慣れてしまったヒールの靴を、エコバッグを手首から下げながら脱ぐ。最初の頃…特に面接の練習を大学でやってた時とかは、ヒールを履くごとにものすごく靴擦れを起こしまくっていたのに、今では全く靴擦れなんて起きない。むしろ休日にスニーカーを履いて違和感を覚えるくらいだ。
リビングの電気をつけて、エコバッグをキッチンにとりあえず置いておいて、手を洗う。手を洗っている最中、スマホがキッチンの方から鳴る音がした。
「そういえば、スマホ、キッチンの方に置いてったっけ…」
幸い、今日は金曜日で、明日はお休み。月曜日からかなりハードな仕事内容だったもんだから、体に疲れがたまっているんだろうな…なんて感じる。
スマホの通知欄を見ると、予想していた通りの人からの連絡だった。
『今から帰る』
『了解。気をつけてね』
たった一言の会話だけど、これがいつものことだから、何とも感じない。
そういえば前に、同じ会社の同僚とか先輩にふとメッセージを見られたことがあって、その時は誤解されまくったっけ…なんて思い返す。
**********
会社で新入社員歓迎会みたいなのをやろう、という話になって、入社1年だった時の私は当然強制参加させられた。その時、たしか向こうから「まだ居酒屋?」と来たんだっけ。「うん、楽しいよ」と、絵文字付きで返したら、「そうか」とだけ来た。
スマホを暗転させようとしたら、すっかり酒が入った先輩が横から覗き込んできた。
「え、これ、
「あ、まぁ、はい…」
「彼氏いるんだ!いいねぇ、青春だねぇ!!…でも、なんか冷たくない?いじめられたりしてない?大丈夫?」
「いえ、いつもこんな感じなんで大丈夫です」
とか言って、うまくごまかした。その後、周りの人からガヤガヤと集まられて、ひたすら質問攻めにあった気がするけど…。
**********
あの人、いつも誤解されがちだなぁなんて思いながら、野菜を慣れた手つきで切っていく。定時であがってスーパーに寄ったら、偶然値引きシールがついていて、急いでカゴにぶち込んできた。今日の晩ご飯はカレーにしようと、月曜日の時から決めといてよかったなんて思う。
少し大きめの鍋を出して、肉をべちゃっと入れて炒める。換気扇を急いでつけるけど、鼻に肉が炒められるいいにおいが飛び込んできて、食欲がそそられる。
「ただいま」
急に声が聞こえて、思わず体がびくっとなってしまった。いつも注意してるはずなのに改善されない態度に、少しだけイラっとくる。
「もうっ、もうちょっと音立てて入ってきてくれない?!こっち料理してたんだから!」
「知ってる。玄関にまで匂い届いてたし」
「あーーーもう…」
今帰ってきたのがボクの彼氏の
「夢芽」
色が変わってきた肉をじっと見ていたら、後ろに裕斗が来ていることに気づかなくて、思わず体をびくっとさせてしまった。
「ど、どうしたの…」
急に呼ばれて振り返ろうとして、言葉を言い切る前に後ろから抱きしめられた。外が寒かったのか、少しだけひんやりとした体が背中に当たる。
「だーかーらー…」
「ん?どしたの」
「急に抱きつくのやめてって、いつもボク言ってるよね?!」
「あ、また出てる。自分のこと『ボク』って言う癖」
「これは中学生の時からなんだからいいでしょ?…というか、料理してるし危ないから離れてっ!」
「やだ」
そう言うと裕斗は私の肩に頭をコテンとしてくる。子犬(身長は大型犬くらいだけど)みたいで可愛い…と思ってしまう私はもう重症だと思う。
そう。私の彼氏は、メッセージではものすごく冷たくしか見えないのに、ボクの前ではものすごく甘々になるのだ。さらに声も中音イケボみたいな感じでボクの好みドストライクだから、本当に困る。
「しかも、直火じゃなくてIHなんだから大丈夫だろ」
「わかった、わかったから、いい加減離れて?!」
さすがにこれ以上は私の心臓がもたないと思って、必死に叫んだ。そこまできて、ようやく離れてくれた。ピッ、と、とりあえず火は止めておいた。肉が焦げちゃいそうだし、もうそろ野菜炒めなきゃだし。
野菜がゴロゴロ入ったボウルを手に取ろうとしたら、大きい手でグルンと、裕斗の方に体の向きを変えられた。
「こ、今度はなに」
「……」
体の向き変えられただけでもびっくりするのに、ただ無言で、私の顔をじっと見つめてくる。目と目が合って、端正な顔立ちが視界を埋め尽くす。綺麗な瞳に、サラサラの髪。綺麗な顔だなぁなんて思っていると、ようやく口を開いた。
「お前、メイク落としてないだろ」
「……え?」
「いや、いつも帰ってきてすぐ落としてるくせに、今日落としてないから」
「あー…」
そういえば、疲れていたのとご飯作らなきゃという気持ちに駆られていて、メイクを落とすのをすっかり忘れていたことに、今気づいた。
「はぁ……」
目の前で、裕斗はあきれたような顔をしてため息を吐く。怒られるのかなと思って、無意識に体をこわばせる。
「俺が炒め作業やっとくから、お前は先にメイク落としてこい。あとスーツもしわになるから着替えも」
「いや、それはいいよ。そう言ったら裕斗だって、でしょ?」
スーツ着てるのは裕斗も同じだし、と付け足そうと思ったら、急に、唇にやわらかいものが当たった。
「疲れてるのはお前の方だろ?…俺のことはいいから、早く」
「……わ、わかった。すぐ戻ってくるから!」
「別に、ゆっくりでいいよ」
ボクは急いで自分の部屋に駆け込んで、ドアを閉めて、ペタンと座り込んだ。
「もうっ、なんなの?!きゅ、急にキスしてくるとかっ、意味わっかんない!!…いや、いつものことか……」
ボクが裕斗の言うことをあまり聞かなかったら、キスをしてくるなんていつものことだし、バックハグだっていつものことだし……いやでも、キスまですることないんじゃないか……と、頭の中がぐるぐるする。
「聞こえてるぞ、夢芽」
「~~~っ!うるさい!」
裕斗からのド正論で、自分の顔が熱くなっていることに気づく。ドア越しで、ふっと笑う声が聞こえた。
「…かわい」
「???!!!」
とどめを刺されたかのように、ボクはもう1回裕斗から名を呼ばれるまで、その場からしばらく動けなかった。
**********
「可愛いって言っただけなのになぁ…」
そうつぶやきながら、俺はキッチンに戻る。部屋からはまだ少しバタバタと動いてる音がするから……まぁ、悶絶してるか着替えてるかのどっちかだろう。
付き合い始めてもう5年目とかになるっていうのに、一向に俺からの愛情表現に慣れない夢芽に、思わず毎回毎回「可愛い」と思ってしまう俺は、もう重症なのかもしれない。キスしてしまうのだって、半ば無意識だ。あの顔を見ていると、沸々と愛おしさがこみあげてきて、したくなってしまう。
野菜もいい感じに火が通ったみたいで、あとはルーと水さえ入れれば完成しそうだから、そんな可愛い彼女を呼びに行くことにした。
「夢芽、野菜も炒め終わった」
「え、速いっ!まって、すぐ行く!!」
そんな速かったか?と心の中でツッコミを入れる。少しだけドアの前あたりで待っていると、ジャージにトレーナーという、彼女いわく普段着に着替えて出てきた。
「ごめん、お待たせ!すぐに仕上げるから待ってて!」
俺の肩をポンポンと笑顔でして、すぐにキッチンに駆けていく。慣れた手つきで水を計量し、ルーを入れる。「よし」と、満足したように口パクでいう姿に、ついつい見とれてしまう。
「ほら、次は裕斗の番だよ!すぐに着替えてきて!」
「はいはい」
満面の笑みでそう言われてしまっては仕方がない。部屋に行って、コンタクトにしていたのを眼鏡に取り換え、簡単な格好に着替える。鏡で一応自分の恰好をチェックしてから、リビングに戻る。
「あ、おかえ……」
言い切る前に、ただでさえ丸っこくて可愛い目を真ん丸にして、俺の姿をガン見する。
「ゆ、ゆ、裕斗が眼鏡?!!!」
「いや、仕事終わりはいつもそうだろ」
「あれ、そうだっけ?」
「…お前、やっぱり疲れすぎ」
いつものルーティーンなのに覚えていない彼女に、さすがに心配になってくる。でも
「あーーー、たしかにいつも眼鏡だったね、うんうん!!…あ、カレーできたかも!!」
ごまかし方相変わらず下手だな…とは思うが、カレーを混ぜている彼女の後ろで、俺も米をよそったりスプーンを用意したりと、手際よく準備していく。
「お、さっすが裕斗!準備いいねぇ!」
俺の方にグッと親指を立ててくる。俺が米をよそった器に、今度は夢芽が手際よくルーをよそう。前にも作っていたことがあるからか、前よりも手際よくなったか?なんて、料理番組の審査員みたいに審査してしまう。
「よし、完成!食べよ食べよ!!」
「ん」
いつも通り、向かい合わせに椅子に座る。しっかり「いただきます」を言ってから、夢芽は少し多めにスプーンにルーと米を取り、口いっぱいにほおばる。156㎝という身長も相まって、なんだかリスとかの小動物に見えてくる。
じっと見ていたのが気になったようで、俺の方を見てくる。
「裕斗も食べないの?」
「…いや、食べる」
その返事に満足したようで、また口いっぱいにほおばり始めた。今にもとろけてしまいそうな顔をして食べる彼女に、思わず頬が緩んでしまう。
夢芽の口の端に付いたカレーのルーを指で取ってなめると、それを見てまた彼女の顔が真っ赤になる。そんな顔を見て満足した俺も、甘いカレーを口いっぱいにほおばるのだった。
ボクっ娘女子とツンデレ男子のデイリーライフ! 暁 夜星 @yoboshi_akatsuki
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