17話 あいつの手紙

 ― リンクシュタット領 ミートランツ ―


 大陸の内側にあるこの地は、昼夜の寒暖差が大きい。

ついさっき夜が明けて日差しが出たが、気温が上がるにはまだかかりそうだ。


 邸宅と呼べるくらいには広々としている我が自宅。

数年前までは家族と共に屋敷に住んでいたが、訳あってその家族はいなくなった。

男一人ではどうしようもないし寂しいので、同居人と一緒に暮らしている。

 

 そんなこの家には毎朝、自分より3つほど年上であろう配達員が、いつも決まった時間に新聞や郵便物を届けに来る。

同居人たちはまだ夢の中だ。

今日は新聞のほかに、一通の手紙が届いていた。


 俺は寝巻のまま、リビングまで新聞と手紙を持っていって、ソファーへ体を落とす。

運動量が少ないふくよかな体型がドスンと落ちたソファーは、バフっと気の抜ける音を立てた。

いつもなら真っ先に新聞を開くところだが、今日は珍しい手紙を優先する。


「送り主は…、サンクトバタリアンから。…ヴァルターか。」


手紙は、かつての敵、今の共謀者。ヴァルター・ヒューリーズからであった。

いや、ヴァルター・Lリンク・ランシュタインと言ったほうが正解か。

丁寧に閉じられた、開いてしまうのも惜しい綺麗な手紙入り封筒。

自身の性格故、閉じ口から綺麗に剝がさないと気が済まない。


 綺麗な筆記体で書かれた文字。


『拝啓 マルクス殿

 君と連絡を取るのはいつぶりの事だろうか。に君と会ったのは、青年学校の入学審査、偽造書類を作成した時だったか。その節は本当に助かった。

 君もリンクシュタットで元気にやっていることと思う。投資も上手くいっているようだし、リンクランツやミートランツの発展に貢献しているようで。地元の明主とは、まさに君のことだね。


 さて、君にこの手紙を書いたのは、単なる近況報告ではない。かなりの説明口調になってしまうが、嫌と言わずに聞いてほしい。


 俺は先日、帝都でとある犯罪事件に巻き込まれた。こっちでできた仲間と共に、人身売買集団と殺りあったというのが詳細だ。結果を言うと、俺たちの行動は大変賞賛された。でも帝都の学校は、出自や家柄でプライドの高い人間ばかりで。平民階級という事になっている俺を、よく思わない連中がたくさいてね。

 嵐は嵐を呼ぶ、という事だろうか。そんな連中に宣戦布告されたんだ。英雄的行動とだけ賞賛された結果、俺はまた面倒事に巻き込まれてしまったようで。帝国主催の『学徒戦闘技能評議大会』に、半ば強制で出ることになってしまった。

 評議大会がどんなものか説明すると長くなるから、それは自分で調べてくれ。


 連中の大将は、大商人家・バスキー商会とやらの御曹司らしい。君も商人なら、バスキー商会のことは知っていることだろう。

いくつものジャンルの商売に手を広げるバスキー商会。

奴らは俺を戦の場に引き出すために、学校に経済封鎖を行って、学校側からの圧力を掛けさせやがったんだ。

そんな連中のお坊ちゃまが敵に。…要するにだな、広い目で見ると敵が多すぎるんだよ。



前置きはこのくらいにして、

本題を言うと、、俺たちは資金・人員の全てにおいて連中より劣っている。


…今ので言いたいことは察しただろう?資金援助を頼みたいんだ…。

図々しいのはわかっている。俺が6年前に君の家族にした仕打ちを忘れたわけじゃない。

あの時の俺は…お前を仇と決めつけて、復讐することしかできなかったんだ。

その仇が間違いだったことにも気が付けずに、家族が襲撃された時の怒りを、君たちにぶつけた…。


俺は一生、そのことを悔いていく。その一生が、たとえ短ろうが長かろうがだ。

最大限、君に誠意を見せていくつもりだ。

そのうえで頼みたい。もう大会まで2か月を切っている。


それと、一つ言えることがある。

25年前の前回大会では、成績優秀者に将来的なエリートコースや、いい役職なんかが与えられている。

なんせ、皇帝バタリオ2世の観戦の下で行われたらしいからね。

今大会でも、主催元である政府から、何かしらの恩恵が与えられると思う。

まだ確証はないが、俺はそう踏んでいる。

あの皇帝が観戦して、学生たちの能力を吟味したくらいなんだから。

たぶん、ヴィクタリア帝国にとって大きな意味のある、若者たちの闘争だと思うんだ。


その恩恵が、仮に経済的なものだったりしても。

また、それが社会的、階級的なものであったとしてもだ。

君からの支援、というか株の配当として、君に返せるものだってあるはずだ。

どうだい?まさに資本的で、投資家らしいじゃないか。

まぁ…家族を返せと言われれば、どうすればいいかわからないけど…。


 グダグダと話してしまったな。とりあえず詳細だけ伝えよう。

開催地は帝都より北の高地地帯 ブラムナス。

必要資金は50万Gゴールドほど。(ゴールドは通貨 ここでは日本円と同価値とする)

これは現地で必要な食糧や、俺の装備品を作るのに必要な資金なんだ。


 俺が望むのは、これだけだ。

すまない。急ぎで書いたものだから、荒々しい手紙になってしまったと思う。

とにかくだ。俺たちはとにかく勝たなきゃいけない。

良い返事を待っているよ。またどこかで会えることも楽しみにしている。


   草々 ヴァルター・ヒューリーズ』



 また会いたいという、友人としての言葉で、手紙は締めくくられる。

まったく…奴の人生はとにかく波乱万丈だな。

 いや、自分だって人のこと言えない。なんなら奴と似たような人生だ。

…違うな。似たようなって言ったって、俺と奴とじゃ人生の土台が違いすぎる…。

しかし俺だって、8年前と6年前にとんでもない経験をしたんだ。誰かさんのせいで。


「懐かしい。あの時は、本当にただのクズ豚だったよなぁ…俺。」


8年前の幼年学校時代。俺は同級生の女の子を…、、、簡単に言えば虐めていた。

その子はクーベルト人…帝国の下位民族。

俺の生まれた血筋である、優等民族ヴィクトル人よりも立場の低い子だった。

しかも向こうは農民の娘。俺の家はリンクシュタット内の一領主。

どっちが格上かなんてわかってたし、それで俺もいい気になっていた。


 当時の俺は大魔術師、ヴィクタリスウィザードに憧れていて、とにかく魔法に熱中していた。

なんなら、8歳で初級魔法のトップまで習得したし、素質自体はあったんだと思う。

だからそれを周囲に見せびらかすように、鼻を高くして、餓鬼の自尊心を満たしていた。

将来は絶対に大魔術師になるって、自分に期待を寄せて。


 でも、現実はそう甘くない。高を括っていた俺は、恥をかいた。

格下だと思っていたその子は優秀だった。勉学・魔法、どれをとっても俺は敵わない。

特に魔法なんて、俺が努力して習得したレベルの魔術を、何食わぬ顔で使いこなす。

俺が、得意な魔術でどれだけ褒められても、全てあの子が注目をかっさらっていく。

そのくせあの子は…いつも『このくらい大したことない』みたいな澄ました顔で振舞うんだ…!

それが悔しくて仕方なかった…‼


 だから俺はあの子を虐めた。8年前だから、2年生の頃からだろうか。

あの子がいいとこ見せるたびに悪口を言ったり、人のいない場所に呼び出して散々罵詈雑言を浴びせて。それでいい気になっていた。

相手が立場を理解しているから。それで何も言い返してこないのを良いことに。

いくら餓鬼の嫉妬だとしても情けないとは思う…。でも、俺にはそれしかできなかった…。


 でもあいつが、ヴァルターが全てを変えていった。

俺が一線を越え、その子に手を上げようとしたとき。あいつが止めに入ってきた。

俺たちは揉み合いになり、怒りと動転で憤慨していた俺は、ヴァルターに火属性魔法を放ってしまう。

そしたらどうしたことか⁉パニックに陥ったあいつの体には、『劣等の紋様』が浮かび上がっていた‼


 ヴァルターは、ヴィクトル人が迫害を続ける、劣等民族・エンティオ人の子だった…。

あいつの一族は、領地を持つ中流貴族の身分を装い、帝国の地で生き続けていたそうだ。

俺はヴィクトル人。エンティオ人は殺さなければならない。

怖くなった俺は、、、途端に逃げ出したさ。

…本来だったら、このことは大人に言わなきゃならない。でも俺は言えなかった。

もし俺の一言で大事になったら?いや、なるに決まっている。

自分の言葉が、あいつとその家族を殺す。そんなことが、醜い餓鬼の俺にできるはずもなかった。


 その後ヴァルターが姿を見せることはなく、数日後に、あいつの家が襲撃されたと聞いた。

なぜ?俺は誰にも話していない。あの子でもない。…わからない。

俺は考えるのをやめた。早く忘れたほうが身の為だと、幼い本能で感じたから。

死んだ奴の事を心配しても仕方がないから、と片づけて。


 2年後。何事もなく平穏を取り戻したはずだったのに。

闇の深い静かな夜、俺の家族は殺された。いや、俺の家族か。

襲撃者はヴァルターだった。奴は生きていた。


奴は、『俺がヴァルターの正体をバラした』と思い込んで、復讐に来たんだ。間違いない。

この2年の間にどこかでひっそりと、復讐の為の力を蓄えていたヴァルター。

生気のない表情のヴァルターは、見たことのない魔道具を使って、父を、母を、姉を、従者を撃ち殺していった。

 最後に俺の番が来た。「死にたくない」の一心。ただそれだけの、俺の原動力。

「俺は誰にも話してない‼」

必死の弁明。心の半分では死ぬとわかっていた。でも、最後まで声を荒げて、俺の声など届かないヴァルターに叫び続けた。

 

 しかし、奴の手は止まって、俺は助かった。いや、生かされたんだ。

奴は、目に見えぬ誰かと口論をしている。気が狂っているのかと思ったが、そうではなかったらしい。


 とにかく、俺は生かされたのだ。

そして、すぐに逃げようとしたヴァルターを引き留め、事情を話し、向こうの事情も教えてもらった。

俺たちはどうするべきなのか。お互い家族がいなくなって、どこへ向かえばいいのか。


 俺もどうかしていたのかもしれない。ついさっき自分の家族を殺したばかりの奴と、正面向き合って話し合いをするなんて。

そのまま殺し合ってもおかしくないのに。

罪悪感なのか、同情なのか、なにがそこまで俺を冷静にさせたのか、わからない。

しかし、この哀れな、エンティオ人というだけで全てを奪われた少年に、何かをしてやらなくちゃいけないという意志が、まだ10歳の俺にあった。

そもそも、ヴァルターが全てを奪われたのは俺の責任かもしれないんだ。


 ヴァルターはこう言った。


「家族の正体をバラして、襲撃者を差し向けた黒幕が別にいる。俺はそいつに近づきたい。だから強くなる。その為に、別人としての人生を歩む。とにかくこの帝国で上り詰めていく。それが、俺にできる家族への、殺された全てのエンティオ人への『レクイエム手向け』なんだ。」


俺はこう言った。


「お前がこうなったきっかけは、多分俺なんだ…。だから俺は、お前が強くなる手助けをしたい…!父様や母様や姉さま、みんなの為に、俺はそうしなきゃいけないんだと思う‼だから…どうすればいい?」


10歳の脳みそでは、この場で深く考えることなんてできない。

ただ、その時すべきだと思ったこと。その本能で、ヴァルターの力になろうと決めた。

元を辿れば、自分がバカだったせいでこんなことになった。

悔しさや辛さ、でも強くなりたいという感情が入り乱れて、涙が止まらない。


 ヴァルターはこう返した。


「俺はどんな手段を使ってでも、黒幕に近づくために上り詰める。今の自分を殺して、この世界の逆風と戦っていく。そこで手に入れたものを、お前への償いとしたい。俺が手足で、お前がそれを動かす臓器だ。」


俺のせいで家族を殺されたヴァルター。そいつの復讐の為に自らの家族を殺された俺。

お互いがお互いに課した罪の為に、俺たちの奇妙な共謀が始まったんだ。


 二人で金を稼いで、下積みをして、ヴァルターの身分をでっちあげる。

その奇妙な関係が続いて5年。俺たちは15歳に。

ヴァルターは身分と能力値を偽って、帝都の青年学校に行くと決めた。

一緒にどうかと言われたが、俺は断った。

俺たちの家族が眠るこの土地に留まることが、少なくとも俺の使命だと感じたから。

 

 それから約一か月ちょい。面倒事に巻き込まれたから支援金をくれと来たか。

本当に…波乱万丈だよ。あいつの人生は。

あいつにとっての人生観が、どんなものなのか俺には理解しがたい。

なんかあいつは、やたらと年齢に似合わないようなことを言ったり、その歳に関することを見通したり。なんだか『人生一度経験済み』みたいな、変な感じがする。


「わかったよ…50万Gね。用意しておこう…。ついでに、返事の手紙も。」


また会いたいという、共謀者でも協力者でもない。良き友人としての言葉を、最後に送ってくれた奴に、ちゃんとそれ相応の言葉を返してやろう。

そして、武運を祈ると。

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