18話 ブラムナスへ
出発した時より、少し気温が下がったな…。
空は曇っていて、日は差していない。
しかし上空の雲は、気流によって大きく流されている。
晴れるのも時間の問題だろう。
しかし小高い山が増えたからだろうか。風が遮られて弱くなってきたのが救いだ。
ということはそろそろ、盆地を形成する山が見える頃だろう。
そこを越えればブラムナス高地。主敵は恐らく、そこで布陣しているはずだ。
「みんな寒くない?体を冷やさないようにね?」
ブラムナスに向かう馬車の中、アルザスが全員の体調を気遣っている。
クソ寒い北国育ちの俺はもちろん平気だ。アルザスは体が頑丈。よって余裕である。
「うん…低体温で…動けない…なんて、話にならないもんね…。(ガタガタガタ)」
「お前が言うな?」
隣に一名。毛布を3枚重ね掛けし、体を丸めてガタガタ震えているレイナがいる。
血の気が引き、顔が白くなって、まるで雪女だよ。
最初はただ、レイナは温帯育ちで軟弱なだけかと思っていた。
本当はクーベルト人の体質が原因で、魔術に長ける代わりに、身体虚弱というデバフを持っているらしい。
体温が下がりやすく、それによって体を壊してしまう。風邪ひく時の常套句だ。
揺れる馬車の中には、俺含め総勢7人。それぞれが、各々の役割にあった装具を抱えて、遥々南から数十㎞上ってきた。
そのうちの一人、黒髪ロングの少女が、
「レイナ、少し足を出して?あとはお腹も。」
彼女はそっと、レイナのふくらはぎと腹に手を近づけ、目を閉じ、唱える。
「ヒーリング ウォーム」
弱い熱を出す魔術と、回復魔術の組み合わせ。彼女の手がわずかな熱を帯びる。
その温かい手で、レイナの血行をほぐす。
血行促進によって体温の回復を感じたレイナは、なんとも気持ちよさそうな表情を浮かべていた。
確かにそれは気持ちいいだろうね。俺もその感覚は好きだ。
「あぁ…、暖かい…。ありがとう、リオデシア…。」
「パーティーの医術師なんだから、当然のことよ。それよりもレイナ…?私も呼び捨てなんだから、私のこともリオって呼んで?」
「わかった…。ありがとうね、リオ。」
リオデシア・フリッツ。丁度仲間を集めていたところで、まさに棚からぼたもち。
まさか、俺とアルザスが助けたこの子が、将来的に医師を志望していたとは。
無論、医師になるにはまだまだ時間がかかる。
それでも、医学が発達していない異世界。初歩的な回復系魔術さえ使えればそれでいい。
探し求めていた医術師の卵。これを逃す手はないのでスカウトした。
彼女にとっても、断る理由も無かろう。ここで助けた恩を返してもらう。
まぁ、『命の危険がある』という事は伝えずにスカウトしたんだけど。
とにかく、これで医術師、パーティー編成のヒーラーは確保できたのだ。
そして、今回スカウトした残りの3人。
「女の子の友情は微笑ましいねぇ。こんな子に慕われてるヴァルター君が羨ましいよ。」
「しかし、女は心の内で何を考えているかわからない。俺は微笑ましく思わない…。」
「そんなこと言っちゃって。自分がモテないからって、女子をひがむのは良くねぇぞぉ?」
微笑ましいとか言っているのは、同級生で〈獣使い〉志望の、バイマン。
彼は黄色の髪で、エルフ耳を持っている。クーベルト人だ。
耳の尖り方がレイナよりも鋭い、THE・エルフと言える見た目。
しかしながら、身体虚弱のデバフは付きまとうらしい。それでもレイナよりはマシ。
仲間になった理由は、この辺に生息する強力な野獣と、
獣使いなので、後方支援が担当である。
女がなんたら言っている二人は、2年生のダイン先輩とスレアム先輩。
彼らは昨年の入学当時、バスキー先輩たちに随分いびられ、ぞんざいな扱いを受けた内の2人らしい。
つまり、俺たちの戦いに乗っかって復讐。バスキーに一泡吹かせてやろうという魂胆だ。
ダイン先輩は
なんなら魔術による付加のバリエーションが多い分、俺の銃より汎用性が高くて便利だ。
スレアム先輩は突撃役の剣士だが、学校では鍛冶・精錬を学んでいるようで、装具の修理を担当することとなっている。今回俺が取る戦い方で、いい仕事をしてくれるだろう。
人数は他の勢力とッ比べて圧倒的に少ないだろう。
しかし、たった1か月半で四人の人員を調達。バランスの取れた編成ができた。
これも栄誉勲章ネームバリューのおかげだろう。
先輩たち二人、彼らみたいな人間はよく釣れた。
リオデシアやバイマンは除いても、プライドと名声が大好きなあの学校の人間は、このネームバリューという餌に喰いつく魚のようだった。
しかし、7人編成パーティーを維持できる費用を供給できたこともデカい。
故郷にいる友人、マルクスに送った手紙。投資で得た資金で援助を求めた。
それは正しく彼の下へ届いたようで、マルクスも50万Gをきっちり送ってくれた。
一通の手紙を添えて。
「また会えるといいな…、
異世界に来て改めてわかったこと。
良き友と言うのは実にに感慨深いものなんだという事。
いつも一緒のアルザスは違うのかって?奴だって良き友さ。
でもアルザスは、マルクスとは少し違う。
アルザスはいい奴で、いつも俺をよく思ってくれて、バカでうるさいけど、一緒にいて楽しい。
でもなんだろう。俺にはアルザスが、、、表面でしか繋がっていない感じがある。
俺とアルザスは、人種は違えど同じ人間。人間はあくまで、外皮の硬い果実と同じだと思っている。
人間は肉体と理性と言う外皮に包まれ、世界と言う名の樹木に生っている。
他者はその人個人の外皮とふれあい、話して、聞いて、共存することにより、同じ樹木の枝で、その養分を吸って生きている。
しかし、それはあくまで外皮を被った状態の話。
硬い外皮は、同じ枝という生存圏の共有のみではどうすることもできない。
そして、肉体と理性の外皮に隠れる果肉、内なる感情を見ることもできない。
その果肉はどうやって見るのか。
答えは、互いの外皮に特別なメスを入れること。そして自分も、それによって果肉を見せること。
外皮を超越した何か、特別なメスによって現れる〈互い感情〉は、外皮上で触れ合っていた時よりも強い結びつきを感じる。
それは学術のようにはっきりしているものではない。
なにか、概念的なものだと、俺は考える。
アルザスとの関係は、まさにその〈外皮上〉による共生。
アルザスがどう思っているかは知らんが、少なくとも俺にはその程度だ。
恐らくそれは、家族の死と言う共通の悲劇によって、互いの
相対的にアルザスを、外皮の共生と感じてしまうんだ。
少なくともそれは、申し訳なく感じたりする。
ふと、馬車の外の空気が変わったのに気が付いた。
前の前に続く道が照らされ、よく視認できる。雲が晴れて日光が出てきた。
「あ!あの辺りじゃないか⁉山が連なってる!」
外に体を乗り出したアルザスが声を荒げる。
視界が良好になり、周囲の山々がはっきり見える。
馬車が進むのは、その中の比較的平坦な道。
日が差せば意外にものどかな所で、寒さに強い草花が点々と咲き誇っていた。
踏みしめられた土の、まさに人が歩ってできたであろう道。
上空には、鮮やかな色彩のデカい嘴を持った怪鳥が飛ぶ。ブリャーナと呼ばれる鳥だ。
この風景、まさにケルト。異世界と呼ぶにふさわしい。と思う。
「あ、向こう見て。他の所から来た人たちじゃない?」
「ああ、そうみたいですね。」
リオデシアの発見に、バイマンの呼応。
全員が、リオデシアの指さす方向に目を向けた。
遠くにポツンと、数台の馬車がのそのそ走っているのが見えた。
別パーティーの人間だろう。
ウチのメンバーは、まるで冒険の出会い気分ではしゃぐ。
「お前ら、忘れてないか?今は別パーティーの学生だって、優しい言い回しで言うが、あの山に入ったときから、彼らは敵だ。」
テンションを下げるような俺の言葉に、数合わせの3人は嫌な顔をした。
ったく、遠足に来てんじゃねぇんだぞ。
どっかの誰かさんが前に言っていた気がする。これは学生たちの小さな戦争だと。
今はあそこの別パーティーしか見えていない。
しかし、見えていないだけで、もっと大勢の人間がここに集まってきている。
己の未来の糧、強さへの憧れ。または俺のような強制参加か、前回大会の白熱、輝かしさを欲したのか。
シュタウゼン大佐がそうだったように、『自分も三神戦争の英雄を模したい』という奴もいるだろう。
はたまた、単に名声と褒章が欲しいだけの若人か。
いずれにせよ、これだけは全員に言っておく必要がある。今更だが。
「みんな、今一度いう。25年前の評議大会、それはさぞかし輝かしい物だっただろうね。でも忘れるな?その25年前では多くの負傷者、数人の死者が出るほどだ。」
アルザスが、俺の訓辞に呼応する。
「特にバスキーたちは、目の敵である俺とヴァルちゃんを、全力で潰しに来るだろうね。あの栄誉勲章を捥ぎ取るくらいには。」
「そういうことだ。相手も情けは掛けてくれない。それに敵はバスキーたちだけじゃない。他の青年学生が、それぞれの思惑をぶつけて戦うはずだ。」
一呼吸おいて、全員の目を見て、
「だからまぁ、、、全員無事でいるんだぞ?とにかく、俺が指示を出すから。」
数合わせ3人からは何も感じない。少なくとも、一度死を、二度死地を経験した俺からすれば。
リオデシアはマシだ。緊張と不安感で表情が強張っている。マイバッグを握りしめ、体を固めている。しかしそれでいい。ヘラヘラしているよりはよっぽど。
レイナ。流石に緊張はあるだろう。魔術杖をギュッと握りしめている。
しかしなんだ、その仕草に対してその表情は。
自信を持っているような、やる気に満ち溢れた表情。
その杖を握りしめたのは緊張ではなく、力を込めていたのか?
アルザス。お前は肝が据わっていてよろしい。
流石は十三騎士族の男。犯罪者を斬った経験は伊達ではない。
そのお得意の剣技、〈ロードレクイエム〉を存分に振るってもらおう。
馬車を引いているおじさんが、俺に声を掛けた。
「もうすぐブラムナスに入るよ。みんな用意してね?」
「ありがとうございます。」
俺もお手製ライフルを持ち、ピストルを腰に掛け、火薬の星硝石と弾石入りのポーチを持つ。
眼前に望むは評議大会の開催地、ブラムナス高地地帯!
ここで残した成果が、後の密告者探しに繋がることを祈る!
「劣等貴族の底力…、転生者の特権…、発揮してやるよ…。」
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