15話 戦略会議と詳細

― バタリアン青年学校 ―


「なるほど。結局、参加の意思を固めたのね。」


「さすがに我慢なりませんからね…。やられたからには10倍にして返してやろうかと。」


 学徒戦闘技能評議大会への参加を決意した俺。

本日はそのことで、担任のミニッツ先生、レイナ、アルザスを交えた話し合いをしている。

何事も、まずは地固めから。こういう事はいついかなる時でも重要である。

まずは大会に関する基礎情報を、25年前の前回大会から算出する。


 いやぁしかし、担任と机を囲んでこのような話し合いをするのはさながら、高校の進路相談のようだ。

当時の俺はかなりひねくれていて、まともに教師の話を聞こうとしなかった。

親無しの施設育ち。三者面談なんて経験したことがないんだ。

だからこう…懐かしさと新鮮さがどちらもある。


「では先生。俺は大会の詳細を全く知らないので、詳しく説明をお願いします。」


「了解よ!

 まず、この大会は過去に一度、25年前に執り行われたことが始まりね。25年前の大会は、各地方の優秀な若い学生を集めて、模擬的な軍事演習を行うことが主目的だったわ。まぁ模擬的と言っても、参加者たちは命を賭けていたわ。だから剣術や魔法、知力を尽くした全力の戦いをしたのよ。」


なるほど。しかしなぜ、学生にそんな命がけのことをさせるのか。

大人たちが勝手にやればいいじゃないか。


「なぜこのような催しがあったかというと、その年は〈三神戦争〉の戦勝300年を記念しての事だったの。」


「あぁ!その話なら親父たちから聞いたことがありますよ‼確か三神戦争で、ヴィクタリアの勝利が確立された戦い、〈ザウグシュタットの戦い〉を再現したんですよね⁉当時の騎士や将軍、戦術を模していたと聞きました!その中での〈十三騎士族〉の話も…、」


おっと、これ以上アルザスの語りが熱くなると面倒だ。


「アルザス落ち着け?

 …、、ところで、その三神戦争って何ですか?それと十三騎士族ってやつも、、」


 俺はシンプルに疑問に思ったことを問う。

すると、先生とアルザスはなぜかギョッとした目をするのだ。

まるでバカを見ているような。


「え?ヴァルちゃん、ヴィクタリアにいて三神戦争を知らないの⁉」


「知ってなきゃダメな事なのか?…レイナ、知ってるか?」


急な会話の振りだったがレイナは、


「流石に知ってるよ。故郷リンクシュタットの少年学校で散々教えられたもん。」


そして、ミニッツ先生が会話を改めるように解説を始める。


「…三神戦争はね?300年前に、3人の神々とその勢力下の民族が戦った戦争よ。神々はそれぞれ、自分たちを信仰する民族を誕生させ、彼らは創造主と呼ばれるようになったわ。」


「ん?創造主?民族…?もしやそれが…」


俺の勘づきに気が付いたのか、レイナが淡々と語る。


「そうだよ。

サンクトス因子の弱さ故に、魔術を使いこなせない劣等民族・エンティオ人〉

〈身体的弱さがあるものの、繊細で卓越した魔法技術を持つ下位民族・クーベルト人〉

そして、〈屈強な体と圧倒的な聖因子の力によって、全てを平定する優等民族・ヴィクトル人〉

…それらを創造したのが、エミリオエンティオ人クベルトスクーベルト、そしてヴィークダスヴィクトル人。」


続いてミニッツ先生が、


「三神が創造した民族たちは、神の覇権の為に争い多くの血を流した。戦争の最中、悪逆非道なるエンティオ人とその創造主エミリオは、一夜にして女子供を問わない虐殺を行い、大陸中の怒りを買った。」


…は?ちょっと待て⁉今なんか、エンティオ人俺たちが虐殺を行ったと聞こえたが⁉

反論したいが、先生たちも教科書通りの事を言っているだけだろうし、何より驚愕のあまり声が出ない。


「悪の民族に対し、ヴィークダスとクベルトスは手を組んだ。力に勝るヴィクトル人と、それに従うクーベルト人。彼らの軍勢は戦争における最終勝利をもたらす。敗れたエンティオ人は北へ逃れ、不毛の大地で永遠に封じられることとなった。」


なるほど…。話に出てきた北の逃げ場。

それが、家族を殺された俺が6年間を過ごした『エミルド』の事だろう。

しかし、まさか戦争に敗れたからあんな寒い土地に逃げて国を創ったとは…。


「そういうことですか…。そこからヴィクトルとクーベルトの上位関係ができて、そのままヴィクタリア帝国の土台となったんですね…?」


「そういう事ね。全てのクーベルト人は、そのまま帝国の配下に。創造主クベルトスだけは、西の広大な土地に己の力を宿し、残ったクーベルト人の国としたわ。」


 はぁ…。

いやまぁ理解はしたよ?したけどさ…。そういうつらい話だったのかよ…。


「先生、みんな…。エンティオ人が劣等だと言われるのは、単にサンクトス因子の力が弱いからなんでしょうか…?それとも、戦争中の虐殺行為からの嫌悪と差別なんでしょうか…?」


なんか、、こういう話って前世でも習った気がする…。

徹底的に敵対心を煽り、自分たちの正しさを証明する。

地球でも異世界でも、人間の根本的な闇深さは同じなのか…?


 この時の俺は、もの凄く不快そうな顔をしていただろう。

しかし、先生とアルザスは知らない。なぜ俺が不快感を覚えるのか。

俺はその劣等民族だ。彼らにとっては敵側。迫害の対象とされる存在である。

しかし一人だけ、俺の気持ちを知っている女がいる。


「私は関係ないと思うな…。だってそれは、300年も前の事を今の人たちに重ねてるだけじゃん。今を生きている人たちは、その責任をいつまでも背負わされてる…。だけど!エンティオ人にだっていい人はたくさんいるはずだから…!」


「レイナ…。」


少し興奮気味のレイナ。俺の顔色を窺って、フォローしてくれたのか。

それに彼女自身、下位民族として扱われるクーベルト人だ。


 するとアルザスも、


「レイナちゃんに同感。というか大半の人間は、この話散々聞かされてるから飽きてるし。昔はともかく、今はこの話に関心のない人ばかりだよ。上流階級や年寄りは例外だけどさ。」


ミニッツ先生はこんなことまで言う。


「教師の私が言うのもなんだけど…。帝国史って、今みたいに表面的な話を教え込む割には、詳しいことは教えないし。何より矛盾点が多いのよねぇ。だからまぁ…、そんなに気にすることではないはずよ。」


そうか…。意外にそんなものなのか…。

少数の意見だけど、少し救われた気がしたのは気のせいだろうか…。




 だいぶ話が反れてしまった。確か、大会の内容の話をしていたんだった。


「ところで…、さっきアルザスが、なんだっけ…?十三騎士…族?とか言っていたと思うんだが、それは何か重要な事なのか?」


アルザスが待ってましたとばかりに、流暢に話し始める。


「十三騎士族というのは、三神戦争で跳びぬけた活躍をした『十三人の騎士』とその一族の事なんだ。帝国勃興で最大級の英雄。みたいな扱いだね。」


「ほう…。じゃあその一族は今も続いているのか…?」


「うん。俺んちがそうだよ。」


…ふむ。ふむふむふむ。…ん?

今の言葉で思考停止したのは俺だけではないはずだ。

レイナだって目をガン開きにして驚愕している。

先生は、、、特に。


 まずは一言…。レイナが訊ねる。


「えっと、、、俺んちってのは…?」


「だからそのままよ。Tトロール・ヨースター家は十三騎士族の末裔なんだぜ。」


「…マジで?」  「うん。マジ。」


えぇ…、そんな大事なことをさらッと…。

十三騎士族って恐らく、日本でいう戦国武将で特に織田とか豊臣、徳川みたいな家系ってことだよな。

いや、凄い上流貴族なのは知ってたけどさ。まさかそこまでレベル高いとは…。


「先生はそのこと知ってたんですか…?流石に教員だから。」


「もちろん知っているわ。だからね、そんな家の子を私が受け持つなんて知ったとき、凄く緊張したんだから…。まぁでも…、実態はこんな子だったし。緊張しすぎだったわね。」


「いや!どういう意味すかッ⁉間接的にバカって言ってないッ⁉」


『ハハハハハッ…!』


2人の会話に少しの笑いが起き、凝り固まっていた空気感が少し和らいだ。

やっぱりコイツは、誰から見てもバカなんだ。

よかった。俺の感覚は間違っていなかったんだ。



 おっとイケナイ。また話が脱線する。


「えっとつまりこの大会は、三神戦争を再現するというイベントをしつつ、競技形式で実戦に近い演習を行うことで、学生の技量を図ると。そういうことでよろしい?」


「そうだと思うわ。少なくとも、25年前はそうだった。演習が行われた場所は、サンクトバタリアンの地区から南に50㎞離れた所にある、カルナムスという土地らしいわ。」


土地らしい。確かに25年前と言えば、先生もまだ幼かったころ。

当時の事を詳しく知っているわけではないのか。それなのにありがとうございます。


アルザスが静かに、


「カルナムス…。確かそこは、西に平原と小さな湖沼群。東から南にかけて凸凹な丘陵地帯が続く。ザウグシュタットの戦場に似た地形ですね。」


 では土地の話が出たところで一言、


「では先生。今回の開催地は一体どこになるんでしょう?2か月後に控えてるんだから、そういった情報は出ていますよね?」


「聞いたところ、前回とは全く違う条件下での演習のようだわ。場所はカルナムスの正反対、サンクトバタリアンから北東に数十㎞の地点〈ブラムナス〉よ。」


先生は用意していた地図を取り出し、机に広げる。

俺たちは皆、首を伸ばして体を乗り出すという同じ態勢を取って、地図を目に通す。


「この地域は標高が少しだけ高めで、北部には高原が広がっているの。高原より南は小森林が陣取っていて、そこを囲むように高原から続く小高い山が、直径30㎞の盆地を形成しているわね。」


なるほど。全体的に標高が高く、おまけに森林や山々などの自然環境に富んだ地形。

まるで本物の軍隊のサバイバル訓練じゃないか。

前世で勤務していた軍隊では、幹部の連中は皆こういうところで訓練をしたそうだ、


「うわぁ…。北部なのにこんな地形…、、、寒そぉ…!」


レイナが不安を垂れた。

温帯育ちで寒いのが苦手か?軟弱な!


「寒いのが嫌なら参加辞めるかぁ?」


「ん…、、いや、やるよ⁉ちゃんとついていくよッ‼」


こいつッ…。今一瞬だけ揺らいだろ⁉決意が。



 寒さで嫌そうな顔を見せたレイナ。

何かに気が付いたのだろうか。疑問の顔へ変わる。

眉をひそめて、首を傾げ、静かにぽつり。


「でも、、、何か変だよね。二か月後は特に何もないから、記念開催でもない。それに前回は古戦場ザウグシュタットににた地形を舞台にしていたのに、、、」


なるほど、言いたいことはわかったぞ。相変わらず勘のいい子だ。


「レイナはつまり、今回は戦いを再現する行事でもないし、全く共通点の無い土地での演習。何か前回とは違う、特別な意味があると言いたいんだよな?」


「うん…。特別な、とまでははっきり言えないけど、やっぱり変だと思うんだ。」


少しばかりの違和感。それは決して悪いことではない。

そういう感覚に気付いていれば、後で悪い事態に備えられるかもしれない。

まぁそれで、最悪の事態を回避できるかどうかは別としてだが。


 しかしアルザスはこういう。


「今の俺らがそんなこと考えても仕方ないさ。なんにせよやるしかないんだから。」


「随分割り切ってるじゃないか。まぁお前の言う通りだけど。」


「とりあえずね。大体の事は理解したみたいだし、あとは2か月の間に何をすればいいかだね。」


わかってるじゃないかバk…アルザスよ。

その通りだ。俺は戦いに向けてどう備えればいい?


「先生、俺はどうしたらいいんでしょう?」


「うーん…。やっぱり資金とか、装備とか、物資とか。そういうものを確保しなければならないと思うのだけれど…。ごめんなさいね?私は戦闘向けの魔術師じゃないから、本番の事はわからないわ。これ以上参考になる情報もないし…。」


先生もわからないと来ると…、専門家の意見が必要か?

それに、戦いは一人でできるもんじゃない。という事は…、、


「まずは仲間集めか…?」


「そうだね。何も競い合うのは、俺たちやバスキー先輩たちだけじゃない。他所から集められたチームだって、俺たちの敵になるんだ。てことは数が必要になる。」


これが最も大事だろう。

バスキー先輩たちも本気で挑んでくるだろうし、彼らに匹敵するほどの心強い仲間が欲しい。

『戦いは数だよ兄貴!』という言葉もあることだし。

しかしレイナはこういうのだ。


「仲間かぁ。でもまずは、本番のルールや目標を知るべきじゃない?それによって、集める仲間や、その仲間に必要なステータスがわかるでしょ?剣士セイバーとか魔術師ウィザードとか医術師ヒーラーとか。」


なるほど!それは確かにそうだ!

つまりは…、、パーティー編成か!急に異世界間出てきたな!


「編成ね。剣士はアルザス、魔術師はレイナで埋まっているとして、あとは、、、、」


これは骨が折れそうな作業だ。

幸い、既にメイン役職が2つ埋まっているからいいのだが…。


「あれ?そういえば俺って、、、役職…というか立ち位置なんなんだ?」


「そういえばよくわかんない…。ヴァルちゃんは魔術の基礎力が弱いから、変な魔道具で補ってるよね。あの火と石が飛び出る筒みたいなのライフル。」


「そうなんだ?それは初耳。聞いた感じ飛び道具みたいだし…、弓兵アーチャー?」


なんか検討会が始まったぞ。まぁ役職ははっきりさせたほうがいいのか?

ぶっちゃけなんでもいいんだけど。


続けて先生、


「入学時の選考用書類だと…魔法学は平均以上、魔術は平均以下、知識・知能のステータスは平均よりだいぶ高かったね。」


ちなみに魔法学と魔術の違いだが。魔法学は専門の知識や考察力など、魔術はそれを実践することである。

つまり俺は、専門教科のテストは解けるが、実技は無理という感じだ。


「飛び道具…後方…頭がいい…。まるで司令官だね。」 レイナがぽつりと言う


「じゃあ司令官とか隊長でいいんじゃね?」 とアルザス。


「え?そんな役職あんの⁉」


「いや無い。多分。」


おいおい。なんでもいいとは言ったが流石にテキトー過ぎやしないか。

まぁ挑戦状を叩きつけられたのは俺だしな…。仕方あるまい。




 

 さて、今現状において、俺たちに不足しているものが何なのか、大体はっきりしたと思う。


「これからするべきは仲間集めなんだが、その前に基盤となる情報を収集したい。バスキー先輩や取り巻き先輩らは、そのメンツの為に本気で挑んでくる。役職を考慮し、尚且つ彼らに対して最も効果的なチームが必要だ。」


俺はとりあえず、まとめの言葉を発する。

するとアルザス。よし来たッ!とでも言わんばかりに手を叩き、ハキハキと言う。


「じゃあ専門家が必要かな‼それじゃあ直接、話を聞きに行ったほうが早いね‼」


「専門家…?一体誰に会いに行くって?」


アルザスはニヤリと笑って、得意げにいうのだ。


「グランドル近衛連隊長、フロンズ・シュタウゼン大佐だよ。」

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