14話 強硬手段

 ― ヴィクタリア帝国 崇神すうじん王宮 王室居住区 ―


 「皇帝陛下、ガジリス首相です。ただいま参りました。」


ヴィクタリア帝国首相・ガジリスは、王宮内部の『聖なる扉』の前で挨拶する。


「うむ…、入れ…。」


扉の向こうから聞こえる、どこか弱弱しい年老いた声。

ガジリスは衛兵の開けた扉をくぐり、正面に佇む老人に対して跪く。


「学徒評議大会、開催に向けての進捗についてご報告に参りました。…バタリオ皇帝陛下。」


扉をくぐった先にある玉座の間。

中央の玉座に、威厳ある風格で座る老人。


《ヴィクタリア 第10代皇帝 バタリオ2世》


大陸にて覇権を握るヴィクタリア帝国。そこに住まう優等民族・ヴィクトル人を束ねる者。

帝国内で皇位継承権を持つ御三家の血筋である。


「進捗のほうはどうだ…?我が帝国軍の一兵に似合う人材は、見つかりそうか…?」


「現在、各領地の青年学校、青年大学校に募集を掛けております。ですが、開催の知らせを聞いた学徒たちの反応は…、歓喜でも不服でもなく、ただ困惑しております。」


ガジリス首相は報告書をパラっとめくり、なるべく皇帝の琴線に触れぬ言葉を選び、報告する。


「困惑…、その原因はやはり、懸念されていた通りのあれか…?」


「仰る通りでございます。前回の評議大会は、《三神戦争》の戦勝300年を記念しての開催であり、創造主と、建国の立役者たる《十三騎士族》を称える意味合いがありました。」


「その為に、若い学徒たちに軍事行動を模した演習をさせた…。戦争の勝利を決定づけた《ザウグシュタットの戦い》を再現するような形で…。そして、優秀な成果を収めた者に高級地位を贈った…。」


老いた皇帝は思い返す。25年前の大会で、勇猛果敢な若いヴィクトルの学徒が闘争した光景を。

しかし、全ての学徒がそうだったわけではない。

多くの若人が傷つき、倒れ、仲間を気遣う余裕もなく、故郷の両親を憂いて泣く。

『皇帝陛下が見ているから』『偉大なる帝国の歴史を、自分たちが担っている』という理由で、ただ一心不乱の闘争を行っていたことも忘れてはいない。


 ガジリス首相が続ける。


「前回は戦勝記念でしたが、今回は何という事でもでもない。という事で、学徒らは困惑しております。」


「そうか…。して、人は集まっておるのか…?」


「はい。彼らは困惑こそしてはいますが、いついかなる時でも、帝国の歴史を担う役目は栄誉なことでありますので。各地から、志願の声が上がっております。」


それを聞いた皇帝は、少し安堵のため息をつく。


「そうか…。来る時までに、若人たちが良き戦士になることを期待したい…。」


「来る時…、、。失礼ながら陛下は、既にご自分の天寿全うを感じておられるのですか?」


「そうだ…。予の命はもう長くはない…。そして予の命が尽きたとき、我が帝国の皇位を巡って、血が流れることになろう…。」


「南の…、…。いや、我が神聖なる帝国に相反し、離別の道を選んだ奴らなど、もはやヴィクタリアとは呼べませんな。」


バタリオ2世は、御年82歳である。彼の死期は、誰が見ても明確に近づいているのだ。

バタリオ2世には、皇位継承権を持つ3人の嫡男がいた。そう、いたのだ。

その3人は、全員流行り病で死んでいる。


 王室に、次なる皇位を握る男性がいなくなった。

王室に残されたのは…、、死んだ嫡男の娘たち。皇帝の孫にあたる。


娘の名前は、〈フィオナ〉  フィオナ皇女である。年齢はまだ、12歳だ。


「皇帝陛下。国民はフィオナ様を大変よく思っております。『もしかすると、帝国初の女王が誕生するのでは』と…。」


「だからと言って、あの若い女子にに皇帝が務まるはずがなかろう…⁉我が帝国は、いかなる手段を持ってしても、その力を誇示できる者こそが率いて行けるのだ…ッ‼」


「…お言葉ですが陛下。我々には時間がないのです。新たな王を選定しなければ、南のヴィクトル人たちが…!その座を狙って攻め込んできますぞ…?」


首相は一息おいて、落ち着きを取り戻し、耳の遠くなった皇帝に話し続ける。


「今の帝国軍には、過去のように周辺国を飲み込めるような力はないのです…。もちろん、我らが騎士軍は優秀です。ですが、必ずしも勝てるという保証は、どこにもないのです。」


「その為に…‼今回の評議大会を用いて、戦える若者を育てるのではないか…‼」


「それは重々承知しております…!ですが陛下…⁉時代は変わるモノなのです…‼できるだけ、流血を避けなければなりません…‼」


「………、、、」


皇帝は首相の言葉に、少し口ごもった。

いやこれは、老いによる疲労感だ。


「フィオナは…息災か…?」


「はい。ご健康そのものであり、今は勉学に励んでおいでです。」


皇帝は、雲行きの怪しい表情で何かを考える。


「わかった…。今日はもうよい、下がれ…。」


「それでは、失礼いたします。」


―――――――――――


― サンクトバタリアン青年学校 ―


「へぇー。俺が告白ってる間にそんなことが…、」


 俺は今日もアルザスと、いつもの場所で、いつもと変わらない昼飯を食っている。

今は、バスキー先輩からの宣戦布告について話していたところだ。


「なぁアルザスよ。ああいう人に賭けられているものって、なんなんだろ。」


「どーゆー意味?」


おっと。自分でも表現しずらい抽象的なことを、そのまま口に出してしまった。


「いや…なんというかほら。俺に勝負を挑んできたりさ、何がああいう人をそこまで突き動かすんだろうなって。」


アルザスは食べる手を一旦止め、俺の疑問に真摯に答えてくれた。


「言いたいことはわかったよ。答えは簡単だ。ああいう人間の、そういう態度が見えたときの一番の原動力は、プライドだ。」


アルザスは面倒くさそうな顔をする。


「俺の兄さんも親もそうだったよ…。家の名前ばっか気にしてさ、もううんざりね。きっと先輩もそうだよ。この学校は学年の上下関係が厳しいからね…。」


「ああ。偉くて優秀な三年生たちの高評価を、ぽっと出の新入生たちが全部持ってったから悔しいのか。」


「そうだね。先輩に言わせてみれば、名誉挽回なんて建前なんだよ。やっぱり貴族階級の性格は嫌だねぇ…。」


お前も上流貴族の生まれだろとツッコミたいが、こいつはそういうの嫌いなんだった。


「あ、そうそう。バスキー先輩のちょっとした情報あるんだけど、聞く?」


「あ、聞きたい。」


 アルザスのバスキー先輩講座の始まりである。


「あの人の名前は、ライドルCコライズバスキーだったね。コライズ・バスキー家は、西方のコラインシュタット地方の中流貴族で、いくつもの会社をまとめる商業団体、〈バスキー商会〉を代々営んでいる。」


なるほど。現代でいうところのグループ会社みたいなものか。

つまりは金持ちの御曹司だ。

俺の生まれたランシュタイン家は、貴族であったが決して裕福ではなかった。

なんなら父は軍で働いていたし、階級は伍長。下から4番目くらいだ。


「バスキー家は帝国発展途上期に、商業を用いて発展に尽力したことから、地位を格上げされて貴族になった家系だね。だから、旧家ほどの権力は持っていない。ちなみに、帝都の物流や資源を扱う会社も、バスキー商会の傘下らしいよ。」


「なるほどねぇ。じゃあ本来、敵に回すべき人材ではないのか。」


「まぁ大会さ。強制的に引っ張り出すったってねぇ。強硬手段にしても無理な話だと思うけどね。俺は。はっはっは、、、」


 くでだらないプライドの為に…たまったもんじゃないぜ。


―――――――――――


― 2日後 ―


 なぜだ?なぜこうなった?

俺は今、エグイ光景を目の当たりにしている…。

ここは、いつもの俺たちのクラス…、のはずだ。


 軽く状況を説明すると、クラスがめちゃくちゃに荒らされている。

そして、中央の黒板にはでかでかとこう書かれていた。


『ヴァルター・ヒューリーズは、我々の挑戦を無視し、敗北を恐れた臆病者である。

  先の受勲は、英雄的行動を賞賛されたいが為の、偽善で醜い行為だ。

   そのような男が栄誉勲章を胸に下げているとは、世も末である。』


なんじゃこりゃ…⁉なんつー陰湿なやり方だよ…⁉

中高生のいじめじゃあるまいしよぉ…‼

一緒にいたアルザスも、周りにいたレイナも、リオデシアも、みんなが困惑していた。

一部の奴は、俺にキツイ視線を送ってくる。俺のせいじゃないのに。



 さらなる緊急事態が訪れた。

『ドンッ』という最近聞いた嫌なサウンドと共に、担任のミニッツ先生が飛び込んできた。


「ヴァルター君ッ‼アルザス君ッ‼至急、学長室に来なさいッ‼」


「えぇ⁉なになになに⁉」


大急ぎで学長室へと向かう俺たち。

なんでこうも、この学校にいるとトラブルばかり起こるんだ。


「学長‼二人を連れてきました‼」


「ご苦労様です、ミニッツ先生。」


物々しい雰囲気に、俺とアルザスは耳打ちする。


(ありゃぁ…これ絶対ただ事じゃないよヴァルちゃん…。)


(クソ先輩たち…、一体何をしたんだ…?)


学長が咳払いをして、俺たちに事の発端を話し始める。


「二人とも…、三学年のバスキー君と揉め事があるのかね?」


「まぁ…例の評議大会とかに参加しろと強要されまして…。」


ひゃー怖い。何言われるんだろ。


「実はだね…。バスキー商会から通告があったのだよ。簡単に言えば、

 『ヒューリーズ、ついでにTトロールヨースターを戦闘評議大会に参加させなければ、学校へ優先的に提供していた資金、物資、サービス等を全て停止する。』と言われた。」


あのゴリラ…‼実家の会社巻き込んでまでそんなことを…‼

そんなにプライドが大事か…⁈


ミニッツ先生が口開く。


「本来ならこのような行為は到底許されることではないのだけれど…。三年生の大半が、バスキー君たちの行動を支持しているせいで、学校側も強硬的な処罰ができないの。」


「だから二人とも…こっちとしても困るから、大会出てくれない?学校側としても、15歳で栄誉勲章を持つ学生が出るのは、いいステータスになるし…。」


、、、、、オーマイガー、、、、、



― さらに放課後‼ ―


 とんでもなく疲れた…。

教師陣からの圧力はあるわ、同級生からの視線は痛いわで…。

こうなったら、大会参加を視野に入れるしかないのだろうか…。


鉄球付き足枷を全身に括りつけられたように、疲労が重なっている。

前世の軍隊生活よりはマシかもしれないが…。


寮の階段を上がり、自室の扉が見えてくる。

しかし、木の扉に何やら、色がついているのがわかった。


「…、、、、、、え?」


俺の部屋は…、、、今朝の教室同様の有様であった。

流石に部屋の中を荒らすのは警察沙汰になると思ったのか、侵入まではされていない。


しかし、ドアには今朝の黒板と似たような文言で落書きされている。

外から石でも投げられたのか、窓ガラスが割れていた。


 しばし呆然と立ち尽くす俺…。

なぜここまでされねばならん?俺はどうするべきだ…?

いや、もう…考えはまとまった。流石に我慢ならん。


 周囲を巻き込んだデマ文言。学校側を脅すして味方につける。家に落書き。

まるでガキのいたずらのような行為だが、塵も積もれば山となる。

奴らは、怒りのフラストレーション限界値を超えさせた。


殺す


「ッッッ…‼あのクソども…‼全員ぶっ殺してやる…‼やってやるよ‼お望みどおりに応えてやるよ⁉」


 行動の早い俺は、すぐさま目標の第一段階を設定し、それに向かって足を進める。

男子寮を飛び出した俺は、全力で走った。、、、少し離れた女子寮へ。


(あの娘に会いに行く…。お望み通り利用させてもらおうか…!)


 10分女子寮に着いた俺は、木の正面玄関を叩き開け、階段を上っていく。

そしてターゲットの部屋前まで来た。

『ドンドンドンッ‼』

デカい音を立ててノックを三回。


「…はぁい…、、、え⁉」


ドアを開けてひょっこり顔を出した碧い髪。


「おいレイナよ…⁈大会…出ることにした…!奴ら全員、生き地獄を味合わせてやるんだw…‼

 …仲間が必要らしいから、、、、協力してくれるか…?」


「いや、、、、あの、、、、」


協力すると言ったのはこの娘だ。断られることはないはず…


「ここ、、男子禁制だよ…?入った男子は罰則があるって…、、、」


、、、、、、あ。

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