13話 宣戦布告、別視点

 ― ヴァルター&アルザスの表彰式終了後 ―


 今は午後の自習時間のはずだが、一年の行動に三年生たちが来ている。

クラスを抜け出してきたのだろうか。

そして、彼らが呼び出したのはヴァルターだった。


 レイナ・パトリシアは、所謂殴り込みと呼ばれる現場を見ていた。

彼らはヴァルターを呼びつけ、受勲に関して淡々と文句を語っている。

あまりに大きな声だから、内容が丸聞こえ。


話の内容を整理する。

ヴァルターとアルザス君が学校内外の注目を集めすぎたせいで、偉いところ内定先からの彼らの評価、

つまりは三年生たちが見劣りしちゃって、とにかくよくない方向に転がったみたい。

それを不服に思ったあの人たちが、名誉挽回の為に、ヴァルターに勝負を挑みに来た。


「謝罪なんて何の意味もない。貴様が謝ったところで、状況は覆らない。しかし、我々には名誉挽回のチャンスが必要だ。そこで、、、

二か月後、先ほど挙げた機関軍、警察、魔法省が主催する、〈学徒戦闘・技能競技大会〉が行われる。ヒューリーズ、貴様たちもそれに出場しろ。」


「えっと、、戦闘競技大会…?名前からして物騒なんですが、国は学生に何をさせる気なんです?」



 そしてその勝負の内容が、二か月後に開催される「戦闘技能競技大会」に出場して戦うことらしい。

レイナもその大会について聞いたことがある。なにせ有名な話だから。

25年前に一度、同じように学生たちを集めた評議大会が行われている。

でもその大会は、前回で多数の負傷者を出しているから、それ以来封印されてきたって聞いた。


(なんで今更そんなことを…?)


 レイナは入学以来ずっと、ヴァルターの事を気に掛けている。

気にかけているというよりは執着である。優しめの淡い執着心。

その執着の原因について、この初心うぶな娘は未だに自覚しないのだ。

しかし、彼女の中には一つだけ、ヴァルターに対する意識がある。それは、、、


『彼は私にとってヒーローそのものだった。もしあのヴァルターが本当に彼なら、彼の手助けがしたい』


しかし、目の前にいるヴァルターが間違いなく、ヴァルター・Lリンク・ランシュタインなのか、未だに確証が持てない。

確証を得ようにも、アクションを起こす機会がない。だからその機会が欲しい。


そして彼が本当に彼なら、8年前に自分が助けられたように、自分もまた彼の手助けをしたいと思ってきた。それが些細な事であっても。


「私は…、、すごく貪欲なんだ。」


一人でぽつぽつ考えるレイナの耳に、ヴァルターのはっきりとした声が届く。


「あ、お断ります。」


どうやらヴァルターは挑戦に乗らなかったみたい。

なんとか事なきを得られるだろうか。

何かと危なっかしい状況を、クラスメイト達が固唾をのんで見守っている。

いや、見守っているというよりは覗いているだけ。観て見ぬふり。



 ヴァルターの言葉はまだレイナの耳に入ってくる。

まだ先輩が喰いついてくるんだ。まるで獲物を逃がさない魔獣のよう。


そんな時だった。

レイナはヴァルターが放った次の言葉に、強く反応した。


「ガキの頃、と今は亡き大切な人から言われましてね。

それがロクなことにならないと、嫌というほど味わっていますから。」


「………ん?、、、んん?」


『自分の言葉をひけらかすな。』その言葉が、確かにレイナの記憶の中にあった。

なんとなく強く感じたその言葉に、体も強く反応した。

血の気がざわッとして、彼女の尖り切っていないエルフ耳(?)がピクリと動く。


(一体どこでそんな言葉を聞いたんだろう?それに今の光景、、前に見たことがある⁉)


始めはぼんやりとしていて、こんな感じだった。

だが確かに、今の言葉が彼女の中で大きな印象を持つベクトルが出現したし、なんらかのデジャヴを感じたんだ。

だからこれは、ぼんやりとした記憶で完結させてはいけない気がする…。

何か、自分にとって大切な瞬間に聞いた言葉の気がするんだ…!

その意識が、朧気なセリフを記憶の中枢からひたすら掘り返す。


思い出して思い出して思い出して思い出して思い出して思い出して思い出して思い出して、、

どこかで…、、大事な時に聞いたはず…、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


「、、、、、、8年前?ヴァルター君が、、、言ってた?」


記憶のカギが開いた。

記憶というのは、朦朧とした霧が少しでも晴れて、大事なものが一瞬でも鮮明に見えたとき、風が吹いたようにその霧が晴れていくものらしい。

段々と、段々と鮮明になっていく。


 そうだその通りだ…。

彼がレイナを、妬みクズのいじめから庇ってくれた時に、彼はクズマルクスに対してその言葉を吐いたんだ…。

だからやたらと強く反応したんだ。けど、、、、


(…そんな大事な事なのに、すぐにわからなかった自分が憎くて悔しい…‼バカバカバカめっ‼)


だけど問題はそこじゃない。

今、目の前にいるヴァルターが放ったそのセリフが、大きな意味を持つ。

あのセリフを言ったヴァルターの姿を見たとき、レイナの記憶の中にいる“彼”のビジョンとどことなく一致していた。


(てことはつまり…?、、、、、)


否定から生まれた疑心暗鬼が今、確証になった。確証約85%。

じゃあ、もう次の行動は大方決まっているはずだよね。

レイナの肝が座った瞬間であった。



 ― 一方そのころ ―


 男・アルザスは、これ以上ないほど意気揚々としていた。

自らが命を救ったかわいい女の子と2人、校舎裏というシチュエーション‼

我が心の友・ヴァルターは、俺と彼女を二人きりにするという形で、俺の背中を押してくれたのだッ‼


(ありがとう…ッ‼わが友よッ‼君の神の如き行いは、我がヨースター家の末代まで語り継ぐと誓おうッ‼……まぁ俺、ここ青年学校卒業したら家から逃げるけどね♪)


では、創造主・ヴィークナスに感謝して、男の勝負に挑むとしようではないか。

アルザスはリオデシアの整った顔をまじまじとガン見して、勝負に突入する。


「改めまして、先日は本当にありがとうございました。私は眠らされていたからほとんど覚えていないけれど、感謝してもしきれないです。二人がいなかったら私は今頃、どこか知らない土地に売り飛ばされていたはずですから。」


「ははは!憶えていないのは仕方ないよ。ただカッコいいところ見せたくてあんなことしたわけじゃないし!騎士の家系の血が騒いだだけだから!」


「…。普通男の人は、こういうときに手柄をひけらかすものだと思っていたけれど…、アルザス君はそんなことしないのね。さっきヴァルター君も、凄く謙遜していたし。」


「俺たち、そんなみみっちいことはしないのでッ‼」


(よしよしよし…!会話も雰囲気も上々だぜぇ‼)


赤髪がよだつと共に血が騒ぐ!男の魂が奮い立つッ‼


「あ!でも少しだけ、意識が完全に閉じていなかったとき、二人の姿が見えたの‼私が乗せられた馬車に二人が飛び込んできたとき!……凄く、、カッコよかったです、、///」


リオデシアが顔を赤らめる。うん!非常にかわいい!

これは…勝ったなッ‼風呂入ってくるッ‼


(男アルザス…行きまーーーすッ‼)


「こんな時になんだけどッ!大事なお話がありますですッ‼」


「ん?えっ?あ、はい!何でしょう⁉」


「リオデシアさんッ‼貴族の男として思いを伝えます…‼実は、君に惚れておりました!よろしければ、俺とお付き合いを…!」


「…あ、えっと…、、今回は関係の深くない男性とお付き合いしたことで事件に巻き込まれたというか、それでひどい目にあったというか…その、、、、ごめんなさい。しばらく異性としての男性は無理です。」


………………、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


ふぅ…まったく


「ッ⁉チクショウメェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」




 ― その後、一学年講堂 ―


 「……、今度は一体何があったんだ…?アルザス坊ちゃんよ。」


バスキー先輩から宣戦布告を受けた後、ほどなくしてアルザスが帰還した。

メッタメタに打ちのめされて。


「ううう…っ!ひっぐッ!///ううぅぅだってぇ…!おれぇ、気合だして思い伝えただけなのにぃ…!ううぅぅ…!」


この野郎、クラスメイトの前でみっともない。

ほら見ろ!遠目から見てる女子なんてちょっと引いてるぞ!


「関係浅い男と付き合ったせいでひどい目に合ったからぁ…、、しばらく男は無理ってぇ…。うはあぁぁぁぁぁぁんッ‼///」


ほらまたこの前みたいに、ネットミーム議員みたいになってるよ⁉

ここが日本だったら速攻動画取られてSNSで拡散されて、瞬く間にネットのおもちゃの仲間入りだぞ⁉


 仕方ねぇ。慰めてやるか。この甘ったれめ。


「はいはいよしよし、頑張ったんだね。まぁ仕方ねぇさ。相手にもお前にも時間が必要だよ。」


「…あんなに命かけて守ったのに…、少しくらいいい思いさせてくれたっていいじゃないか…。」


「まさかお前、あの子の体目当てで戦ったんじゃないだろうな?」


「違うわいッ‼…畜生ッ‼なんでもいい…希望の花が咲いてほしい…!」


「まぁ…うん。希望に向けて、止まるんじゃねぇぞ…。」


――――――――――


 もうすぐ自習時間が終わり放課だという頃、この甘ったれの頭を撫でてやっているときだった。

俺たちのほうに素早く近寄ってくる足音が聞こえた。


誰だ?俺たちがうるさいから文句を言いに来たのか?


「二人とも、ちょっといいかな。」


…ん?この聞き覚えのある澄んだ声は…


「あれ?レイナちゃん?」


と、アルザスが俺の振り向く前に、答えを教えてくれる。

やっぱりお前かレイナ。

ただ単にうるさいと文句を言いに来たわけじゃなさそうだな。

まぁある程度親しいこの子なら、そのくらい言えるだろうけど。


恐らく、エミリオが喜びそうな何らかのアクションだろう。


「何ッ?レイナちゃんも慰めてくれんの⁉あぁ…、やっぱり食事を共にするって友情を育むんだなぁ…」


お前はうるせぇ。一回昼飯を一緒に食っただけでいい気になるな。


「あ、アルザス君…、、傷心のところ悪いけど、正直みっともないよ。」


『ッッッッッ⁉』  二人でビビる。


「アルザス君は凄く偉い貴族の生まれだよね?それに次男ときた。じゃあそれなりに甘やかされて育ったんじゃない?じゃなかったらそんな幼児みたいにギャーギャー喚いたりしないよ。」


「お、、おぅ…。」 (間接的に幼児って言われてらぁ)


「そんなんじゃいつまで経っても、好きな女の子に振り向いてもらうなんて無理だからね。少なくとも私は無理。」


「レイナ、、お前…。言うときは結構いうタイプなんだな…。」


「私面倒くさい男って嫌いだから。昔そういう男に酷い目にあわされたので。

 ハイっ!アルザス君、わかったら泣き止むこと‼よろしい?」


「よ、よろしい…です…。」


おぉスゲェ‼この甘ったれバカを黙らせた‼

流石のバカも、一応友達の女にはっきり言われて堪えたみたいだ。


いやぁしかしなんというか、しかり方が母親っぽかったな。

もしやレイナは、全体的に母性が強めのタイプなんだろうか?

なんか、、、、いいなぁ。お前みたいなキャラ。

エルフ(?)っていう時点で、結構ヒロイン適性高いのに。

まぁこの世界にエルフという区分はないが。



 フイっと、碧い髪をなびかせて、レイナが俺のほうを向く。


「ごめんヴァルター君。本題なんだけど、、いいかな?」


あ、今のが本題じゃなかったのね?


「えっと、なんでしょう?」


「さっきの、評議大会の話なんだけど…。もしやる気なら、私を魔術師の枠で使ってほしい…‼」


…は?なぜお前が?俺の為に?なぜ俺にそこまでするのだ。

お前がそこまでやってくれる義理はないだろうが。

いや、ある。あったわ明確な理由が。逆にこれ以外ねぇだろ。


(この娘はまだ俺を疑ってやがるんだ。俺の正体を。だから俺に接触しようとするのか…?しつこい奴だよ…。)


「多分ああいう人たちは、何が何でもあなたを勝負に引きずり出す。そうなったらできるだけ仲間が必?だから…、」


それ以上の話はここでしたくない。これはお説教だ。


「ちょっと来い…‼」  「うわっ!」


俺はレイナのか細い腕を引っ張り、人気のない場所へ向かう。尋問だ。


「え?ちょい待ち、どこへ行くのさ?評議大会とか、勝負ってなんの話?」


その場にいなかったアルザスは困惑する。


「お前はついてくるなよ?」


そう言い残してその場を去った。




― 校舎 用具室 ―


 秘密の会話に丁度いい部屋があったので、そこにレイナを放り込む。

だいぶ乱暴で、女性に対する力加減じゃなかったかもしれないが、何分俺は気が立っている。

そして、俺の気を立たせたのはこの女だ。お前が悪い。


俺はこの要注意人物を壁際に追い詰め、壁ドン。尋問の体制に入る。


「お前、一体なんのつもりだ…。余計な詮索は身のためにならんぞ。それにこっちも迷惑だ。」


レイナは少し症状を赤らめている。怯えていたかもしれん。

女の涙も、女を怯えさせる自分も、なんかムカつく。


「…やっぱりあなたなんだよね?私の知っているヴァルターLランシュタインは。」


あぁ…、マジムカつく。せっかく誤魔化してたのに。なんでこの娘は確証を持ててるんだろう。


「俺はヴァルターヒューリーズだ。なぜ俺にそこまで関わろうとする?」


「なんとなく…というか、使命感(?)的な何か。逆になんで関わっちゃいけないの?」


「それは…、、」


やべ。さっきのおびえた様子が一変して、強気な態度になってきた。

こちらが隠したい事実があると、間違いなく感づいている。

こうなった場合、もう尋問は成立しない。


「…仮にお前の望む男が俺だとして…、どうするつもりだ?」


一番の不安点。忘れがちだが、俺がレイナを避ける理由はそこだ。

この娘は俺の正体を知る唯一の人物。

そこを握られている限り、敵か味方かはっきりしない奴を信頼することはできない。

だから最善の距離感を保つ。その為に避けてきた。


「なんとなくいろんな感情がある。だけど、とにかく今はあなたの手助けがしたい。そう思っただけ。」


一息おいて、レイナは俺の拘束の手を振り払い、用具室のドアへ近寄る。


「あなたは深く考えすぎなんだよ。私は貪欲なんだ。だからこれは、私の身勝手な欲求。みたいなね。…、、気が向いたら、声かけてよ。もし出場するならね?」


硬い笑顔を見せ、ドアノブに手を掛ける。


「じゃあ、一つ聞いても?」


「ん?なに?」


「過去の話をしないと約束できるか?」


「あ、、、、もちろんッ‼絶対にッ‼」


「なら良かった…。もう行っていいぞ?」


俺の許可を聞き、少し機嫌よくレイナは退室した。

……少しは信用してやっても、、、いいのかもしれないと思った。


最後の、『神の思し召し』ってのはよくわからんけど。



―――――――――――


 ― 用具室の外 ―


 この娘は、顔を抑えてうずくまる。そして、小さく吠える。


(さっきッ…‼顔近くなかったッ⁉なんか、、、、めっちゃ顔が熱いんだけど…?)


狼狽していた。

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