12話 ルート到来

 ―バタリアン青年学校 一学年 講堂―


 波乱の休日を経て登校した俺とアルザス。

一部の生徒、その他連中からは特異な視線を向けられている。

英雄視する羨望の眼差し。人殺しのレッテルを見る眼差し。

基本この二択。非常に生きずらい。


いやもうホント、噂というのは本当に広がるのが早い。

だって話が広まったのは昨日の今日だろう?

なぜ人はこんなにも噂が好きなのだろうか。

俺は素性を隠している身であって、ここまで目立つのはあまり得策ではない。

俺の横でウキウキしている奴とは大違いでな。

ホントにもう…。


 アルザスは俺の気持ちなどつゆ知らず、終始ずっとウキウキしてやがる。

当然だろう。こやつにとってあの事件は、これ以上ないほどに棚から牡丹餅だ。


「お前、楽しそうだな。そのウキウキした顔、なんかムカつくよ。」


クソ厭味ったらしく言ってやった。


「そりゃそうだよ!好きな子に男がいて、ショックの穴を埋めるために外出したら?まさかその子と遭遇。でも相手は体目的で近づいた人さらいだったというね‼ショックは帳消しッ!」


剣を持ってその人さらいと戦った時はカッコいいと思ったんだが…、やっぱりコイツはコイツお調子者だな。

それがコイツのいいところではあるんだが。


 そして、一つ気になったことがある。


「お前、完全に気分復活してるな。人殺した罪悪感は拭えたのか?」


アルザスは昨日まで、人を斬った感覚が拭えずに、その罪悪感に苛まれていた。

普段の生き生きした男が、まるで病に蝕まれているかのように堕ちていったのを、俺はこの目で見た。

しかしなんだ、昨日の今日だというのにもう復活している。

ヤバい薬でもキメたのだろうか。


「それね…。あの後兄さんに散々説法されたよ。力のあり方についてね…。まぁそれも、今日の表彰で頂ける勲章で完全に吹っ切れるよ。」


そうだ。今日は俺たちの功績がを讃えて、表彰式が執り行われるのだ。面倒くさい。

しかしなんだ、勲章というのは。感謝状的なものではないのか。


「勲章?紙切れ一枚の感謝状じゃないのか?」


「あれ、聞いてない?俺たち、ウチの家のコネで〈帝国栄誉勲章〉もらえるんだぜ?あ、ちなみに勲章は皇帝陛下しか制定できないから、凄いことよ。よろしい?」


「マジで…?そういうことは早く言って…、まぁ早く言っても特に変わらないか。」


俺は中流貴族(偽)の出自だが、その俺は恐らく死んだことになっているはず。

今の戸籍(偽造)は平民の出となっているため、平民が勲章をもらえるのは非常にレアケースだと思う。


平民がこんな…、、なんか嫌な予感がする。

何より嫌なのが、こういう予感が大体当たることだ。


―――――――――――


― 時は変わって表彰式 ―


 ここは入学式でも訪れた大講堂。

かわいそうに。全校集会でもないのに、生徒全員が集められたのだ。


俺とアルザスは中央の壇上へ足を進める。

その間聞こえてくる生徒たちの声。


「あれ新入生だろ?すげぇな。」「勲章って赤髪アルザスの家のコネらしいじゃん?卑しッ。」

「将来は軍人か?家柄のおかげで出世しそ。」「ザワザワザワザワ」


俺の事めっっっちゃ睨んでくる人もいる。平民だからってそんなに睨まないでよ…。


(うーん。聞いたところ妬みの声が多いな。胃が痛い。)




その中にふと、綺麗な碧い髪が見えた。

一目でわかる。レイナ・パトリシア要注意人物だ。

彼女はジッと、俺の事を見つめている。俺たちではない、俺だけだ。

あの娘はまだ俺を疑っているのだろうか。

いい加減に正式な対処をしなくちゃいけないのか。


(言ったはずだ。俺はお前の知っているヴァルターではないと。自分の過去と正体幼年期 エンティオに触れられる存在がいては、困るんだ。)


その念を込めた視線を、彼女に送り返してやった。


 壇上にはハゲ校長、教頭が俺たちを待っている。

そして、どっかで見た赤髪の好青年が見える。

アルザスの兄・アルグレイまでいるのだ。なんで?

理由は簡単。勲章を授与する役はアルグレイだったからだ。それもなんで?

アルグレイの少々長い言葉から始まり、授与の時。


「アルザスTトロールヨースター、ヴァルターヒューリーズ両名に、帝国栄誉勲章を授与する。」

 

俺たちの胸に、勲章が掛けられた。その瞬間、お約束のように拍手喝采。

流石にこのような場であるので、アルザスもテンション控えめだ

そして、テンションをキープしたまま降壇していく。

あーぁ…やっと終わった。



― 終了後 ―


 他の生徒は皆、やっと危機が終わったという感じで各々のクラスに戻り、今頃授業を受けている頃だろう。

俺たちは応接室で、勲章を持ってわざわざ出向いてきたアルグレイとの雑談をする。

初めて会った時の穏やかな、人を褒める時の屈託のない笑顔だ。

…あの時向けられた冷たい視線は、そこに面影の一つも残していない。


「で?なんで兄さんが連隊の代表で来てんのさ。」


「いやぁ、本来はこういうのって、連隊長や警備隊の偉い人がやることなんだけど。生憎、連隊長は帝国議会のほうに出向いていてね。僕は代理さ。警備隊は…、察して?」


 察してというのは、大人の事情があるという意味なのだろう。

現に警備隊では最近、汚職の蔓延が問題となっている。

今回の事件も、警備隊員が人身売買組織とグルになり、その分け前をもらっているという内部腐敗が原因だ。

おまけにその事実も、直属の上官が賄賂を貰ってもみ消していたというのだから、もはや目も当てられない。


「…ヴィクタリア帝国も一枚岩ではないんですね。」

「その通りさ。意外にも…この国は脆いんだよ。」


―――――――――――


 アルグレイとの会合から数時間。

クラスへ戻った俺たちは、その日に入っている授業をいつものようにこなし、もう少しで一日を乗り切るというところだ。

 昼休み頃、予想していたことだったが、幾人かの陽キャ系男女が接近してきた。

無論、名声を手に入れた俺たちだ。男は友達として、女は異性として、俺たちと仲が良いというステータスが欲しいだけなのはわかっている。


男はこうだ。

「いやー凄いねー。まさに男の鑑だよー。今度一緒に…。」

女はこうだ。

「素敵ー。正義感溢れる人ってカッコいー。ところで…恋人とかいるの…?」


大体こんなところ。しかも棒読みである。


それに対する俺の返答は、

「あ、、ども、、、俺は巻き込まれただけなんで、、、」

アルザスは、

「当然のことをしたまでだよハッハッハ!あ、俺好きな子リオデシアいるから。」


 考えることは皆一緒だ。

良い家柄の出身者が多いこの学校では、各々のプライド基準がものすごく高い。

だからみんな、どうしても己のステータスに貪欲になるのだ。

卑しい卑しい。

と思ったのだが、意外なこともある。

俺たちに最も感謝すべき人、リオデシア・フリッツが来ないのだ。

いや、それどころか登校していないらしい。


「やっぱり、事件のショックかねぇ…。」


アルザスは少し残念がっていた。まぁ気持ちはわからんでもないから、突っ込まないでおこう。


―――――――――――


― 午後の自習時間 ―


 この時間、アルザスにとって最も喜ばしいことが起こった。

なんと、噂をすればリオデシアが登校したじゃないか‼


友人の多いリオデシアのもとには、すぐさま皆が詰め寄る。

「心配したよー。」「無事でよかったー。」

などのありきたりな同情の言葉が飛び交う中、黒髪の美少女は周囲にある程度の会釈対応をして、俺とアルザスに目を向けた。


「ヴァルター君、アルザス君、遅くなってごめんなさい。ちゃんとお礼をしなきゃと思っていたけれど、麻酔の影響で体調が少し悪かったの。それに学校で、大勢の前だとなんとなく気まずくて…。少し、来てもらえる?」


お呼び出しか。確かにあんな事件の後、大勢の前で感謝申し上げるのは恥ずかしいよな。

アルザスはガタッ!と立ち上がり、


「ヴァルちゃん…時は来た、行くぞッ‼」


おうおう、嬉しそうにしちゃって。

しかし、アルザスにとっては思い人といい感じになる、またとないチャンスだ。

友人として、ここは一肌脱いでやるか…!


「俺はいいよ。本当に巻き込まれただけだし。真っ先に行動したのはお前だろ?お前が行って来いよ。」


俺は少しドヤ顔を決め、ウインクをして、アルザスにガッツを送ってやった。


(二人きりにしてやるからさ…頑張れよ…⁉)ひそひそ


(ヴァルちゃん…ッ⁉///ありがとうッ…‼)


大きく胸を張ったアルザスは、リオデシアと青春を育みに向かっていった。

その背中は、さながら戦士のようだった…。




 しかしなんだ。事件というのはいつも唐突に、でも予想できなくもない時に訪れるものらしい。

そんなことなら、俺の運命を感知できる創造主・エミリオなら、とっくに感づくだろう。

そう。まさに今、あの神が反応しそうな悪いイベントが降ってきたのだ。




 一年生が使う小さな講堂。そのドアが『バタンッ!』と開かれた。

一同、突然の出来事にビクッとする。

ドアの前には複数人の男たちが立つ。

俺のトラウマを穿ってきそうなシチュエーションだ。


 すると、先頭に立つガタイのいい男が突然叫ぶ。


「ヴァルター・ヒューリーズは居るかッ⁉」


あぁ!やっぱり!俺をお呼びだ!

俺はさりげなく身を縮め、一難を逃れようとした。

が、全員が俺のほうを見るもんだから、全く逃れられない!


「なんだ。いるなら隠れずに出てこい。」


仕方ない…。行くか…。

何されるんだろ。喧嘩かな?表彰式が気に入らなかった?

そんなにみんな名声が欲しかったの?

何にせよ、また面倒事か…。


「はいはい。何の御用ですか…?」


不貞腐れた態度で応接する。

よく見ると相手は、筋骨隆々としていて取り巻きに囲まれている。いかにも番長的な存在だこりゃ。

この学校のジャ〇アンだよ。きっと。


「どちら様でしょうか。」


俺の当たり前の問いに取り巻きが答える。


「え、何?俺らの事知らないの?」


「すみません、存じ上げませんね。(知るわけねぇだろ)」


「はーん、やっぱり英雄様は違いますなぁ。優秀な先輩の顔も知らずに堂々としてるとはな。」


当たり前だろ。入学してまだ一か月だぞ。



「…まあいい。俺は三年の『ライドル・コライズ・バスキー』だ。まずはヒューリーズ、名誉受勲おめでとう。君たちの活躍は既に、全校の皆が聞き及んでいる。…相方はいないようだが。」


「あ、、ども、、」


なんだこの人。いったい何用なんだよ。

ただ、取り巻きの口調や横柄な態度から見るに、良くないタイプの人間であることは間違いないだろう。

取り巻きたちも非常に分かりやすいキャラで助かります。


「しかしだな…貴様がその名誉受勲に似合う男なのかどうか、三学年の中では今日一日中議論されてきたんだ。中には、一年の分際で出過ぎた真似をという声も上がっている。」



あぁ…、そういえば聞いたことがある。

この学校、生徒一人ひとりのプライドがバカ高いだけあって、三年生がメチャ強な権力を持っているって話。

学園系アニメでよく見る、『生徒会のブイブイ言わせてる先輩が通ったら頭下げる』的なイメージでほぼ合っているだろう。

その中での番長的立ち位置なのだろうか…、このバスキー先輩は。


「そうですか。それで、本題を言っていただけないでしょうか?」


「…、、はっきり言おう‼貴様たち二人は一連の事件と受勲によって、校内のみならず外部からの注目を集めた!いや、集めすぎたのだ‼そのせいで、我々三学年の面目は丸つぶれなのだ‼」


そんなデッッッかい声で言わなくても…。

てか注目を集めすぎってどういうこと?面目丸つぶれ?

取り巻きが口をはさむ。


「ライドルやの成績優秀者は、帝国軍や警察、魔法省から目を掛けらるほど期待されていた!特にライドルは士官学校の特待生にまで行けそうだったんだ‼」


「貴様らの武勲によって、注目の目は我々から外れたのだ。…我々は‼貴様ら一年と比較されて‼優劣をつけられてしまったのだ‼」


あぁ…、そういう事か…。まとめると、

俺たちが注目を集めすぎたせいで、三年生が劣っているように見られてしまい、内定に響いたという訳か…。

それは何ともまぁ…、お気の毒というか、申し訳ないというか…。


「それはッ…大変申し訳…」


「謝罪なんて何の意味もない。貴様が謝ったところで、状況は覆らない。しかし、我々には名誉挽回のチャンスが必要だ。そこで…、」


俺は少し顔を上げて、先輩の目をはっきりと見た。

先輩は真剣な顔つきで叫んだ。


「二か月後、先ほど挙げた機関軍、警察、魔法省が主催する、〈学徒戦闘・技能競技大会〉が行われる。ヒューリーズ、貴様たちもそれに出場しろ。」


「えっと、、戦闘競技大会…?名前からして物騒なんですが、国は学生に何をさせる気なんです?」


「話によれば、各地方ごとに学生が集い、魔法・学術など、学んだ知見を活かして目標を達成するという大会だ。要するに、学生たちの小さな戦争だ。25年前にも一度、同じ大会が行われている。」


おっとぉ?いかにもヤバそうな匂いがプンプンしてきたぜぇ。

流石は価値観の古い異世界。やはり腕っぷしが全てなのか。

確かに、俺とアルザスは人殺したのに殺人罪にならなかった。理由は、『正義の行い』だったから。

偉い人が正しいと言えば、それが正しくなる倫理観。現代人からすればまさに『あたおか頭おかしい』だよ。


「ちなみに、その時の優秀チームの生徒は今、武力に長けた方は帝国軍で、思考・判断に優れた方は幾つかの省庁で、魔法に長けた方は魔法省で、重役を担ってらっしゃるらしい。」


「なるほど。そこで勲章持ちの俺を負かして、名誉挽回を図ると?」


「その通りだ。貴様だって、さらなる名声を求めるはずだ。あの赤髪や仲間と一緒に…」


「あ。お断りします。」


「は?この状況で断るか?普通。」


後ろからひょっこり顔を指す取り巻きがキレ気味で返してくる。

なんかムカつくなぁ。

しかし、こういう相手に乗ってやるのは得策ではないのは事実だ。



「確かにこの勲章は、俺の人生にとって大きなステータスとなり、この先俺を手助けしてくれるでしょうね。

でも、自分の力を誇示しようとそういう行いをするのは、絶対にろくなことにならないんですよ。」


「ほう…、随分と年配者のように、全て知ったような口を叩くんだな?」


「ええ。ガキの頃、『自分の力をひけらかすな』と今は亡き大切な人父親から言われましてね。

それがロクなことにならないと、嫌というほど味わっていますから。」


「なるほど。つまりは逃げるのだな?」


勝手に逃げるとか言うな。

確かに、俺とて力は欲しい。物理的以外の力も。


それを手に入れれば、いずれは『密告者』家族の仇を探し出し、この手で殺すことができるやもしれん。

だがそれを手に入れるには、エミリオの言う通り、復讐を第二に置いて生き続けなければならないと思う。それも堅実に、バカをせず。

その段階まで成り上がる過程として、俺はこの高スペック青年学校に入った。



だが話を聞く限り、その大会で優秀な結果を見せれば、美味しい未来が待っている可能性も大だ。

しかし、そういう戦いは俺にとってリスクの高すぎるものなんだ。


俺は感情の高ぶりによって、エンティオ人劣等人種の紋様が出るというリスクがある。

そのリスクを軽減するという意味でも、この挑発は受けるべきではない。



 そんな俺に、去り際の言葉として先輩は言った。


「だが貴様が何と言おうと、俺も後がない。どんな手段を用いても、貴様を勝負に引きずり出す。」


続けて取り巻きが、意味深かつ捨て台詞の代名詞みたいな言葉を吐いた。


「逃げたこと、嫌というほど後悔させてやるよ。」


そういって、先輩連中は帰っていった。

ホントにもう…、、神の予感というのはよほどよく当たるようだ。

しかもその予感は、結果的に悪いほうへ転がってしまったようだ。



しかしこの出来事は、後に俺の人生のみならず、アルザス達にも大きく影響を与えるまで発展するみたい。


そして、アルグレイからの協力要請。内情はクーデター。

この二つ同時に訪れた特大イベントは、良くも悪くも大きなターニングポイント。


異世界というのはロマンだけじゃない。

結構生々しい、醜い血の気がする世界なんだ。

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