11話 久方ぶりの交信

月光だけが頼りとなる薄暗い自室。

そこで、神硝石が発光している。神が俺を呼んでいるのだ。

それだけ聞くとただの頭おかしい奴だが、それが事実だ。


神の領域というのは、雲の上に浮いているわけでもなく、深い地の底に佇んでいるわけでもない。

神という者たちは意外にも、俺たちのすぐ近くにいるのかもしれない。

俺をこの世界に転生させた神・エミリオが言うには、ヒトとはまた違う空間。

つまりは、ヒトの領域が俗にいう『三次元』であり、神は所謂『四次元的な空間』にいるらしい。


俺が持っている神硝石は、その二つの領域を結ぶ手段の一つなのだ。

しかし、他にも数種類の神硝石があるらしく、それによって交信できる神の領域も違うらしい。

それで、エミリオと交信できる石が、俺の持っているコイツという訳だ。



 机上にある神硝石を手に取り、じっくりと見つめる。

ただひたすら、何かしらのアクションが起こるのを待つのみだ。

徐々に、徐々に発光が強くなっていく。

そして次第に、脳内に奴の声が響いてくるんだ。


「久しぶりだな、エミリオ様よ。実に数年ぶりの対話だな。」


《お久しぶり。またこうしてあなたと対話ができることがうれしいわ。この形での対話は、あなたが生きることを諦めていない証ですもの。…フフッ。》


相変わらず奇妙な物腰で喋る神様だ。というか喋っているのかすら不明だ。

なんせ姿が見えず、ただ脳内に響く言葉と会話しているのだから。


「あんたがコンタクトを取ってくるということは、何かあるんだな…?」


《そうね。あなたも心当たりがあるんじゃないの?悪い大人たちと戦ったり…》


「そういうけどな…、ここ二日は情報量が多すぎだ。どれだかわかるわけねぇだろ。」


《確かにそうね…。ただ少なくとも、これまであなた自身やその周囲に起きた変化で、あなたがこれから辿る人生に大きな影響を及ぼす何かがあったのよ。》


これから『変化が起きる』じゃなくて、『影響を及ぼす』なのか。不穏な響きだ。


「…、あんたは随分と本題を勿体ぶるな?それに、まるで俺の未来を知っているかのような物言いだ。…いや、転生させた神様なら朝飯前か。」


《少し違うわね。私は神だけど、神だって全知全能じゃないの。未来を知るなんて無理ね。》


エミリオは少し言葉を区切った後に、


《私はあなたの運命を見ているのではなく、その後に影響を及ぼす変化を感じているだけ。》


「なるほどね。だからあんたはヒントしか言わないのか。ただ勿体ぶってるだけかと思った。」


《そういうこと》


 前提はわかった。そして重要なのは、今回の出来事で、一体何が俺の今後に影響を与えるのか。

そしてそれは、プラスの方向に進むのか、マイナスなのか。


 「考えられることで最も可能性があるのは…、犯罪者たちを殺したことか?それで今後、犯罪に巻き込まれていく…」


自分で考察しておいて悲しくなる運命だ。しかし、これが一番妥当ではないか?

その後に起きた出来事は…、アルザスの兄さん・アルグレイとの初対面くらいしか思いつかん。


《あなたの考えは間違ってはいない、と感じるわ。でも、それはメインイベントへの単なるきっかけだと感じる。》


メインイベントという単語。きっとエミリオには、目星がついているんだ。

では、そのきっかけから始まったこと…、と言えばこれしかないじゃないか!


《おそらく、お友達のお兄さんアルグレイ。彼との出会いが、あなたが生きる。きっと、彼の立場が関係してくるわ。》


「彼の立場。彼は、帝国軍のエリート部隊グランドル近衛連隊で騎士をやっていた。あと、あの兄弟の家は帝国の上流貴族偉い名家だ。まさかそれが…?」


会話が熱を帯びてきた。俺も段々と興奮気味になっている。

興奮気味で脳内に響く声と会話したせいか、少し頭痛が痛い。


《あなたは、上流貴族出身の帝国上位軍人との繋がりを手に入れたのよ。それがメインイベントだと感じる。ただし、それが吉か凶かはわからない。》


そして、ふと思い出す。


「そういえばあの人、アルザスと違って人を殺しても冷静だった俺に、鋭い視線を送ってきたんだ。あの目は…少なくとも悪い感情だ。場合によっては警戒すべき人物かもしれない。」


姿は見えないが、エミリオの納得したというような雰囲気が、なんとなく感じ取れる。


《警戒と言えばもう一つ。あのレイナという子に目を配っておくことね。彼女の心にはまだ、昔のあなたが残っている。あなたの対応次第で、彼女の行動も変わるはずよ…。》


「レイナが?あぁ…、そういうことね。それは重々承知の上だ。」


 結論までたどり着いた会話の横で、神硝石にアクションが起こる。

光が、オーラが弱まってきたのだ。


「時間切れか…。認めたくはないが、あんたとの会話は意外と有意義だったよ。」


《お役に立てて何より。良い行いは自分に返ってくるもの。それを期待しているわ。…お別れね、さよなら…》


光の消失と共に、交信が終了した。今回はだいぶうまい話が聞けたぞ。ただ、


「エミリオは俺をこの世界に連れてきて、俺にこんなことをさせて、一体何が目的なんだ…。」



―――――――――――


 ― 翌日 バタリアン青年学校 一学年 ―


 休日が終わり、皆が学校へと集まる。日本でもアメリカでも、世界中で見られる月曜日の風景と、何ら大差はない。

そして本日の生徒たちは、休日の帝都で起きた事件の事、それに関する臨時イベントが本日催されることを、知る者知らないもので分かれていた。


 レイナ・パトリシアも例外ではない。彼女の耳にも、事件の話が届いていた。

『同級生が犯罪組織に拉致され、別の同級生二人組に救出された』出来事。

そして、救出した二人組というのが、ヴァルター疑念の思い人・ヒューリーズとアルザスお調子者の友人であるという事も。


今日は間違いなく、その事件に関することが催される。レイナにとっては非常に興味深いことだ。

レイナは、綺麗に整頓されたクローゼットの中から制服を取り出し、順序よく着用を始める。

肩にかかった碧い髪を整え、鏡に向かって身だしなみチェック。


(あの時、私はヴァルターを…生きている彼を見て、跳び上がりたいくらい喜んだ。同時に安心で泣きそうだった…。でも…、、、彼は自分を否定した。)


 レイナは登校初日の事を回想している。

そして8年前の、ヴァルターの家が襲撃されたと聞いた時の、幼い自分の事も。

彼の家族は、現場に遺体が残されていたらしい。襲撃した軍人たちも一緒に。

そう、家族の遺体はあった。だがのだ。

その代わりという感じで、襲撃者が全員死んでいたんだそう。


 無論それを耳にしたレイナは、『彼は死んでいない』というわずかな淡い期待を持ち、彼を探し続けた。

「きっと逃げることができたか、最悪誰かに連れ去られたんだ。」

最悪の後者であろうと、生きてさえくれればそれでいい。

警察、彼の父の勤め先、彼らがよく行く店など、彼に関係する場所にはとことん行った。

でも、何の成果も得られなかった。彼はどこにも、自分の痕跡を残していなかった。


苦節3年。ヴァルターの行方は、とうとう掴めなかった。


 そして、今に至る。


「苦労してこの学校に入って、そしたら彼がいたのに…。やっと会えたと思ったのに…。人違いだってバッサリ切り離されて…。」


登校初日に偶然、彼と食事の席を共にしたのがきっかけだった。

入学式ではあまり確認できなかった容姿。でも今は近くで、しっかりとその顔を見ることができる。

この時レイナは、安堵と喜び、そして確信を得た。


(あぁ…!やっぱり彼だ…!昔みたいに目に光がなくて、名字も変わってる。でも間違いなく彼なんだ…!)


そして、レイナはすぐさま行動を開始した。

その日の暮れ、ヴァルターに過去の話を切り出そうとしたんだ。

やっと会えた。生きていてくれた。そしてやっと、あの時のお礼が言える。

しかし、ヴァルターから帰ってきた言葉は、彼女が8年前から抱いていた淡い期待を、見事に打ち砕いてきた。


『誰と勘違いしているのか知らないが、少なくとも俺はあんたが知っているヴァルターとは違う。』


あぁ…、こんなにも冷たい斬り捨て方があるだろうか。

本当に人違いにしても、もっとマシな言い方があったでしょうに。


 しかしレイナは、その時のヴァルターに、ある様子を感じていた。『焦り』だ。

自分がレイナの知っているヴァルターではないと言った時、少し焦った様子で否定していた。

もしかすると、その焦りの結果が、あの冷たすぎるバッサリとした言葉だったのかも。

彼は何かを隠そうとしていた。その何かが、自分の正体だとしたら…。


「いや、絶対そうだ…!彼は間違いなく彼。私がずっと探してきた、ランシュタイン家のヴァルターなんだ…。」


彼女はまだ諦めていない。彼の口から本当の、詳しいことを聞くまで。それによってだと確定した時、8年前の話をするため。

ヴァルターと同じように、レイナもアクションを起こす。


 レイナはには一つ、自分について気が付いていないことがある。

なぜ、自分がここまでヴァルターという存在に執着するのか。

レイナは疑問に思う。


(本当になぜ…?会いたかった人に、8年越しに会うことができて舞い上がっているの…?そもそもこれは、単なる執着なの?)


この娘がその真意に気づくのは、もう少し先になるかも。



 レイナは全ての身支度を終え、自室のドアを開こうとする。

ふと、その前にしなければならないことを思い出した。

レイナは、机に佇んでいる小さな二つの、男女の人形を手に取った。


「お父さん、お母さん。今日も行ってきます。私は絶対に…〈ヴィクタリスウィザード〉になります…!」


そうやって、故郷・リンクシュタットにいる、両親を模った人形に挨拶をする。

自らの人生に組み込まれた難題に対する、彼女なりの行動が始まりそうだ。

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