10話 エリート騎士
― 帝都 帝国軍務省 グランドル近衛連隊 司令部 ―
永遠の秩序と安寧を手に入れたわが民族。
その象徴たる、偉大で、壮大な帝都・サンクトバタリアン。
およそ数十万の我がヴィクトル人の子息と、同胞たるクーペルト人が共存する。
共に経済を動かし、食事をし、生存圏とするこの帝都は、我らの威厳を誇示するには十分なものだ。
ただし、いい話にも裏がある。
そのような大規模な都市において、全ての人間が善人であり、全員が社会の規範を守れるはずもない。
現に帝都の裏側は、その人口の多さ故に隠れ過ごす悪人の溜まり場となっている。
近頃もだ、若い娘たちが何人も行方をくらますという、君の悪い出来事が頻発するという。
それに関して結論は出ている。
真相は間違いなく、人身売買のための誘拐であろう。
このような事件は、ここ十年の間に幾度となく発生している。
しかし、それらが全て明るみになることは、ほとんどなかった。
なぜかって?答えは簡単だ。
警察機関である帝都警備隊が、自身の利益の為に、社会の裏組織などと繋がりを持つなど、汚職が蔓延っているからである。
全て彼らが、自身にとって不利益な事案が明るみになる前に、それを封殺しているからだ。
「まったく…、、帝国を守る一翼ともあろう者たちが…情けない。」
月が帝都をよく照らす晩、帝都駐屯・グランドル近衛連隊司令部で悪態をつく彼。
赤みの強い髪、どこか使命感に燃えているような目、規則正しく着こなされた軍装。
出自は立派。建国時の栄誉騎士であった先祖を持つ家系。
『アルグレイ・トロール・ヨースター』
帝国騎士軍・グランドル近衛連隊にて一個部隊の指揮権を持ち、勉学・剣術・魔術の腕も人並みを超えた、根っからの騎士である。
アルグレイには、現在十五歳の弟がいる。
相手が誰であろうと良好な関係を築ける長所があるが、怠け者で、頭は悪い。
家柄の都合上厳しく育てられた反動からか、十三歳の頃には随分反抗的になり、ルールやしきたりに縛られることを嫌う、自分自身を追い求める気質へと育った。
しかし、剣術の腕は確かなもので、帝国の精鋭騎士であるアルグレイ自身にも追いつくほどの実力を持つ。と、兄としてそう感じている。
それはそうとして、本日の勤務はとっくに終了している。
しかし彼は何となく、司令部の執務室に残っていた。何故だろう。それは彼にもわからない。
なーんて、夜の雰囲気に黄昏る彼のもとへ、ドタバタドタバタと足音が。
次の瞬間、『バァン!』とデカい音を立てて、執務室のドアが開かれた。
「失礼しますッ‼アルグレイ隊長ッ‼」
飛び込んできたのは、彼の隊に所属する、伝令役の若年兵だった。
「何が失礼なんだ?ノックもせずに入ってくることか?」
the・イケメンボイスで厭味ったらしく冗談を言うアルグレイ。
上司のこのような態度に慣れていない若年兵は、急ぎ襟を正す。
「もっ、、申し訳ありませんッ…‼」
「冗談だよ。そんなにしかめっ面をするな。」
「はッ‼申し上げます。先ほど、ヴォール通りを抜けた先にある、郊外のヒュルス小森林にて、中規模の爆発があったとの報告が入りました。」
報告を聞いたアルグレイは、眉をピクリとさせて、若年兵の言葉を遮る。
「その爆発は、先日の婦人服店で起きた爆発と同じ様相をしていた、などと報告はないか?」
「…⁉おっしゃる通りです!現地から入った情報を連隊で考察したところ、野戦などで用いられる砲撃魔術『カノン系列』であるとのことです。」
「やはりな…。」
ウォールド通り、爆発、砲撃魔法。これらのキーワードでアルグレイは、自身の大まかな予想が的中していたことを確信する。
そして、その現場へ自身が赴く必要性、派遣する部下の人数を考え出す。
短い脳内ブリーフィングを終えたアルグレイは、目が笑っていない笑顔で、若年兵へ指示を飛ばす。
「やはり、警備隊など信用ならない。そのような魔術の反応が見られたのなら、警備隊の管轄内だけでは済むまい。私の大隊各員を叩き起こせ。急ぎ、現場へ向かうぞ。」
「しかし、連隊長からの許可は…?」
「不測の事態において、麾下の人員を自由に動かしてよいとの指示を頂いている。その権限をここで使わずしてどこで使う。」
アルグレイは、椅子に掛けてある自身の近衛兵用マントを羽織り、外へ出る。
「腐った柱を立て直すときは、近いのかもしれんな。」
――――――――――
―数時間後―
薄れていた意識、真っ暗な視界から、少しずつ光が差しているのがわかる。
もうこの体験は複数回しているので、何が起こったのかすぐさま思い出せる。
気絶して、昏睡したのちに目を覚ましたのだ。もういい加減わかるさ。
慣れというのは恐ろしい。
(えっと…?今度は誘拐犯を追いかけて、戦って、爆発で気絶したってところか?)
意識が朦朧としていて気付きにくかったが、そういえば体の複数個所が痛い。
頭部には何やら、布で強く締められている感覚がある。おそらく包帯だろうか。
(あ、、、、やっと目が開く…。)
開けた視界の先には、青空が広がっていた。
そして、寝そべっている俺の背中は、ガタゴトと揺れている。
馬車か…?
「あ…、ヴァルちゃん、やっと起きた。」
「おぉ、、、アルザスか。目覚めからやかまし…くないな。いつものお前らしくない。」
虚ろな顔つきで、いつものごとくアルザスに文句を言いかけたが、アルザスが珍しく静かだったこと、落ち込んだ雰囲気を醸し出していたから、突っ込めなかった。
「ところで…、今はいつの何時で、どいう状況なんだ…?」
それに関して答えるアルザスは、かなり落ち着いた、というより安堵したような表情で解説を始めた。
「今は朝方で、俺たちは数時間気絶してたみたいだね。あの魔術を使った男は、因子を使い切って力尽きたみたいだし、他の敵も倒してたから、何とか助かった感じ。リオデシアも無事だよ。」
「そうか。それならいいんだが。なぜ俺たちは馬車に乗っている?」
なぜか俺は、晴天の下で馬車の荷台に乗っている。
しかも周りを見るに、数十名の角馬に跨った人間が隊列を組んで進んでいるようだ。
彼らは全員が、白いズボンにグレーの制服のスラっとした服装。
ワインレッドの生地に白い模様が入ったマントを羽織る人もいる。
その制服を着ている人は全て、雰囲気が凛々しい。
怪我の手当てをされているのを見るに、彼らは敵ではないのだろうか。
俺の不信感を察知したのか、アルザスが答える。
「後の事は、全部彼らが片づけてくれたんだ。俺たちの為にわざわざ、帝都を守るエリート騎士様たちが駆けつけてくれたんだとさ。」
(帝都を守るエリート?なんか聞き覚えが…。)
聞いたことのある響きと、彼らの発する何とも言えない雰囲気が、俺の脳内で合致した時だ。
「そう。わざわざという訳ではないが駆けつけたよ。我々、帝国騎士軍グランドル近衛連隊がね。」
後ろから突然聞こえた声に、俺は瞬間的に反応を見せた。
見ると、赤髪の若い男が馬車と並走する形で角馬に乗っている。
「あの森で砲撃魔術が使用されたとの報告が入ってね?急いで駆け付けたら、君とアルザス、そして数名の死体が転がっていたものだからさ。流石にびっくりしたよね。」
彼は森の方角を指さして苦笑して見せた。
それにしても、アルザスの事を呼び捨てにするとは。二人とも容姿が似ているし。
「ヴァルちゃん、一応紹介しておく。この人はアルグレイ・トロール・ヨースター。昨日話した、俺の兄さんだ…。帝国軍で騎士をやっている。」
「弟が世話になっているね。グランドル近衛連隊所属、アルザスの兄・アルグレイだ。よろしくね、ヴァルター君。」
「あ…、、、ども、、、」
優秀な兄がいるとアルザスは言っていたが、予想以上だ。
彼の語る部隊。地球で言えば、かの有名な英国近衛兵か、それに匹敵するほどのエリート集団。
そもそも軍の中で、騎士というのがエリートの証なのだ。
こんな人には流石に腰が引けてしまう。
「ところで、、君たちはどうしてあの場所にいたんだい?」
そうだ。まずはこの人に、事の顛末を説明しなくては。
俺たちは、『婦人服店跡で見た怪しい二人とリオデシア』、『拉致現場を目撃して追いかけたこと』、『そのまま奴らの根城へ行き、戦闘になったこと』、『最後の爆発』。
これらを順序良く説明して差し上げた。
リオデシアをストーキングした結果がこれだと話すとき、アルザスは非常に顔を赤面させていた。
昨夜の戦闘で見た、剣士としてのアルザスとは大違いだ。しかし、いつものお調子者な雰囲気はない。
終始、顔を俯かせ、いつものような騒がしさを一切見せなかった。
説明がひと段落し、アルグレイは俺たちに言った。
「よくわかったよ…。君たち、本当によくやったね。この人口数十万の帝都に巣くう悪人共をたった二人で倒し、一人の少女を救ったんだ!」
屈託のない笑顔だ。彼は俺たちの行いを大いに褒め称えてくれる。
子供騙しの上っ面だけな褒め言葉とは違う。いや、そう思える。
それに対してふと、アルザスが低いトーンの声で返した。
「相変わらずの誉め上手だね、兄さん…。いつも飴と鞭を使い分ける。だから、こんなにもたくさんの部下がついてくるんだな。」
隊列を組む他の騎士を見回して、嫌みのように言葉を発する。
「それが僕の特技だからね。嫌な上司には誰もついてこないよ。」
「それに、二人の成したことは本当に素晴らしい。善い行いの建前ではなく実用的に。君たちのおかげで、連続して続いていた誘拐、人身売買の尻尾が掴めたんだ。生きていた誘拐犯も全員確保した。これで売り飛ばされた女性たちも、捜索の末にきっと連れ戻せるよ。」
(ま、生きていれば、だけどね。)
さて、事件のことは大人に任せておけば良さそうなので、とりあえず落着した。
ところで、さっきから非常に気になっていることがある。
何度も言っているが、アルザスの雰囲気がいつもと違うことだ。
普段なら何かとやいやい騒ぐ男が、数時間の気絶の後会ってみれば、随分とゲンナリしている。
「アルザス、一体どうした?因子を酷使して疲れたのか?」
「いやまぁ…、それもあるんだけどさ、、俺は…、、」
何か明確な原因があるのに、口に出しずらいのだろうか。
寸前で言葉を飲み込んでしまった。
そこに割り込む形でアルグレイが問う。
「相手は悪人で致し方ない状況とはいえ、人を殺したことに罪悪感を抱いている。違うか?アルザス。」
「はは…、やっぱり兄さんにはお見通しか。…その通りだよ。人を魔術込みで切った感覚が、どうしても離れないんだ…。」
確かに、それはそうか。
アルザスは…というか普通の人間は、人を斬った経験なんてあるわけがない。
いくら凄腕の剣術を持っていようと、戦でもない限りそれを実践することはあり得ないのだ。
(しかしなぜ…、俺はそんな当たり前の事が考え付かなかったんだ?)
そのときだった。
「いいか?我が弟よ。お前は優秀な剣士だ。その証拠に、剣技『
なるほど。どこかで聞いたことあるような言い回しだが、いい言葉だ。
忘れるまで憶えておこう。
すると、
「ところで……、君は冷静だな、ヴァルター君。」
と、アルグレイから言われ、鋭い視線を送られた。そこに関しても盲点だったのだ。
俺だってアルザスと同じく、あの場にいた悪人を撃ち殺したんだ。
それにしては妙に落ち着いている。この兄弟から見れば異常だ。
この落ち着きはなんだ?
いや、答えは明確じゃないか。
(そうか。俺には人殺しの経験があるから。8年前、復讐という名目で何人も殺ったじゃないか。)
だがその復讐は、おそらく無駄だった。あの神の言うことを信用すれば、俺は『家族の仇を見誤った』のだ。
しかしそんな過去を持ちつつも、友人が苦しんでいる理由がそれだというのに、それに気が付かなかった。
(あれ…、あの誘拐犯より、俺が一番の悪人じゃね…?)
その時アルグレイが俺に向けた視線が、異常者を見るような冷たい蔑みの目が、非常に痛く感じた。
―――――――
それから、怪我の治療や公的な事情聴取など紆余曲折あったが、日が落ち始めるころには寮の自室へと変えることが許された。
アルグレイによれば、俺たちはその功績を称えられ、明日には感謝状なるモノが贈られるらしい。
それも学校で、生徒たちの前で。
正直緊張しているし、面倒くさい。前世で二十年生きていても、そんな経験はなかったもので。
そうだ。思い返せば明日は学校じゃないか。日本と同じで週休二日制の青年学校。
その二日間でとてつもなく色濃いことばかり起きていたせいで、すっかり忘れていた。
「なんか…、アルザスのストレス発散に付きあうだけのはずが、まさかあんな事件に出くわすとは…。貴重な休みが丸つぶれ…。アルザス、あいつマジで疫病神なんじゃないか…?」
もう、あいつに合わせているとロクなことにならない。今後は逆の友付き合いをしよう。
― 日暮れ ―
やっと我が自室へ帰還。丸二日、大事件に巻き込まれた疲労により、一刻も早くベッドに飛び込みたかった。
しかし、俺にそんな暇はないことは重々理解していた。
「アルザスが使った魔術と剣の融合。兄さんのほうは『ロードレクイエム』と呼んでいたか。あれは非常に興味深い。」
あの時見たアルザスの技を忘れぬうちに、記録しなければ。
そして、机に設計図と魔法学の本を広げ、また研究を始めるのだ。
(まだ詳しいことはわからないが、上級レベルの実力者にしか成せない技なのは間違いない。アレの実態を調べれば、
だが流石に今日は無理だ。もう寝よう。
と、ベッドに飛び込む体制に入るが、あるものが俺の視界に入り、それは拒まれた。
真っ暗な部屋、窓際に配置された机。そこには俺が過去の研究で得た物資が置かれている。
その中で最も厳重に保管してるのが、『神硝石』だ。
その神硝石が、微かに発光しているのが目に入ったのだ。
紫色のバチバチしたオーラ。内部から漏れる薄い発光。
これが意味することはただ一つ。
『創造主・エミリオとの交信』である。実に数年ぶりの交信だ。
あの神が俺にコンタクトを取るときは決まって、
今度は何を持ってくるんだ?エミリオ様よ。
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