8話 夜と霧と、リオデシア

 魔法版バッセンを後にした俺とアルザス。

昼が過ぎ、日が傾き始めて、中心街の人通りも落ち着いてきたころ。

ここは、中央広場より少し離れた、ウォールド通り三丁目である。

俺たちはとある場所で足を止めていた。


「ヴァルちゃん、ここだよ。例の爆発事故があったのは。」


 昨日、俺が新聞で目を通していた記事に載っていた爆発事故。

確か記事には

『ウォールド通り三丁目で爆発事故、6人負傷・1人行方不明。』

と書いてあったはずだ。


 爆発の現場は何かの店舗だった。

店は半壊し、多くが瓦礫として崩れている。

警備隊によって規制線が張られ、一般人は近寄れない。


ここまでは日本やどこの国でも見る当たり前の光景なのだが…、俺には少し違和感を感じる。


「なぁここってさ…、婦人服の店だよな? しかもハイブランドじゃないか。」


「あぁ、そういえばそうだね。金持ちの同級生にもさ、ここの小物とか持ってる人いるよね?」


「いや…、それは知らんが…。」


 そう。俺がまず違和感を覚えたのは、ここがだということ。

なぜ、婦人服店という火と関係のない場所で、爆発があったのか。


 ヴィクタリア、それもこの帝都は、周辺国の中でも最先端を行く近代都市らしい。

しかし、現代で爆発事故の原因になるような、ガス管などのインフラ整備は、この帝都でもまだ成されていない。

 火器の仕様は、原始的な着火方法、または基礎的な着火魔法がほとんどである。

それを使用するにしても、料理店ならまだ説明がつくのだが、なぜハイブランド婦人服店なのか。


「気になるんだけど。あの警備隊のおっさん、何やってんだろう?」


 アルザスが俺の気になっていたことを先に語ってくれた。


 もう一つの違和感が、あの警備隊員なのだ。

この現場では、事故によって行方不明者が出ている。

その捜索作業というのなら理解できるが…、

普通もっと大人数でやるもんだろう?


「行方不明者の、捜索…?」


「でもあの人の動き、なんか捜索には見えないなぁ。というよりは、何かを払いのけているような…。」


恐らく、あのおっさんはこの地区の担当警官なのだろう。

その仕事の様子に疑問を持っても、俺たちがどうこう言えるわけではない。


「…。まぁ何にせよ、俺たちには関係のないことだ。行くぞ…」


 行くぞ、と言いかけた瞬間だった。

俺は、アルザスがまた明後日の方向を見て固まっているのに気が付いた。


「ん?なんだこのデジャヴ感…、まさか?」


 そのまさか。

視線の数メートル先居るのは、紛れもない リオデシア・フリッツだった…!

地味でもなく派手に着飾らない、清楚感溢れるスラっとした私服。


 しかし本日は、隣に誰かお連れがいるようだ。

ラフではあるがだらしなくない紳士感。

そして若々しい男前の顔…。


(男! 例の彼氏じゃねえか‼)


 あぁ…、最悪です!寄りにもよってデート中の所を見ちゃった!

アルザス君がまた泣いちゃう!


距離があるせいで二人の会話は聞こえないが、この婦人服店跡地を眺めてがっかりしているように見える。



 次の瞬間。

意外にも早く硬直から解放されたアルザスが、口を開いた。


「…なんかあの男、警備隊のおっさんと目配せしてね…?」


急に何を言い出すのかと思えば…、

と感じつつも、紳士彼氏とおっさんの両方を見てみる。


「確かに…、お互いに何かを訴えているような…。」


それだけではない。

よく見ると、小さくジェスチャー(?)をしているのがわかる。

しかもそのジェスチャーが、時々リオデシアの事を示唆するのだ。


「なんか気になる…。よしッ!ヴァルちゃん⁈…後をつけるぞ…。」


「えぇ…それただのストーカー…」


恋愛ドラマが佳境に入る時間帯。

なぜか急遽、男と一緒に、遭遇したカップルをストーキングすることになったのだ。



だが確かに、さっきのジェスチャーは、俺も気になる。

2人とも…何か悪い顔をしていた。


(そういえば、噂の行方不明事件が起きているのもこの地区だっけ…?)



 ―三時間後―


 ストーキングは未だに続く。

リオデシアは事故現場を残念そうに眺め、彼氏のほうは警官と謎の目配せをした。

その後は様々なスポットに立ち寄るという街歩き。

なんとも奥ゆかしく、堅実なデートプランだ。


もう周囲は暗くなっているというのに、このバカはよく飽きないものだ…。


「なぁもう帰ってもいいか?帰ってやりたいことがあるんだ。」


 このままじゃいつ警官に職質されてもおかしくないほど、今の俺たちは十分不審者だし。


「そもそもこんな行動に何の意味がある…?少し話しただけで惚れた女に、なぜそこまで執着する?」


 いい加減腹が立ってきた俺は、アルザスバカの顔を睨めつけてやる。

奴の目は嫉妬に燃えた醜い目…ではなかった。


「ヴァルターちゃん、ちょっと黙ってて。…なんか気味が悪い。」


(何ッ⁉アルザスが俺の名前をちゃんと読んだだと…。)


 奴の目は奴らしくもない、疑い、敵をにらみつけるような目だった。

俺にはわかる。前世の俺は、いつもこんな目をしていたから。


「なんかおかしいと思わない?」


―アクシデントが起きたのは、アルザスがその発言をしてすぐだった。―


――――――――――――


 リオデシア・フリッツは、先日より交際を始めた一人の男性と共に、休日を楽しんだ。

途中、憧れだった婦人服店を通りがかったが、その店は見るも無残な様相を呈しており、彼女は非常に落胆していたのだ。


その落胆の余韻は取り切れず、彼女は、少数ながら街灯の付く夜道を、彼のエスコートにつられて歩いていた。


「ねぇジェラルドさん。最後に連れていきたい場所って、あとどれくらいなの?」


 彼・ジェラルドは、彼女との逢引の最後に、『とっておきの場所』に連れていくと言った。


「もうすぐだよ。基本的に誰も知らない、最高のスポットさ。いいところだよ。」


 最初、リオデシアは思っていた。

きっと、綺麗な夜景や景色など、テンプレートなもの見せてくれるのだと。

それを心の約60%で期待していたのだ。


それなら、この違和感に説明がつく。

時間の経つたびに、ことの説明が。



「……?何か、後ろからこっちに来る。…角馬つのうま?」


後方から、角馬の足音が迫ってくるのが分かった。


「……。」


 それと同時に、ジェラルドが立ち止まったのだ。

リオデシアは全くもって、学力以外の面で頭の切れるほうではない。

だが、この異変はすぐさま感じた。


 「リオデシア。少し、眠ってもらう。」

ジェラルドは発言と共に、背広の胸ポケから物体を取り出す。

それは即効性の高い、神経を麻痺させる、麻酔の薬草だった。


〈スプレイ ウォーター〉


 ジェラルドが唱えた、拡散型の水属性魔法。

射出された水は薬草に触れ、その水はリオデシアに猛威を振るう。


「ッッッ⁉」


彼女の美形顔に直撃した魔法は、溶けだした麻薬成分が、彼女の目から、口から浸透していく。

浸透した麻薬は、彼女の神経を瞬時に麻痺させ、彼女は膝から崩れ落ちた…。


 後方から来た角馬が、ジェラルドとリオデシアの横で停止する。

ジェラルドはすぐさま、自由を失った少女を担ぎ、角馬の引く荷台へ乗り込んだ。


そして彼らは、、、郊外の道を、明かりの無い宵闇に向けて走り出した。


―――――――


 「マジかよッ⁈ まさかの誘拐犯ご本人様ですか⁉」


一部始終を見ていた俺とアルザス。

アルザスの感じた君の悪さは的中したのだ…!


この地区で発生していた行方不明事件。

その実態が、先ほど目にした光景だ…!


「ヴァルちゃん!追うぞッ!」


アルザスの行動は俺より断然早かった!

彼の何か、血気のようなものが騒いでいるのが、俺から見てもわかる…!


 俺は銃を、アルザスは剣という重荷を担ぎ、俺たちは全力で走り出す。


「駄目だッ!角馬の速度には到底追いつけん…!」


 角馬はその名の通り、頭部に角の生えた馬。

その機動性と頑丈さから、軍人や騎士が戦場で乗る馬として重宝されている。

そんなのに足で追いつけるかッ‼


(どうするッ⁈決まっている!素早い移動手段を考えるんだッ!)


「アルザス!お前、風魔法の中級は使えるか⁉」


俺は咄嗟に、馬鹿げた移動法を思いついた…!


「一応使えるけどさ…!何に使うんだ⁉」


「それじゃあっ‼俺が合図したら、それを地面に向かって思いっきり放て!」


「は…はぁ⁉なんでッ⁉」


「いいからやれッ‼」


俺は考えを実行するため、アルザスの肩を力強く担いだ。


「行くぞ…!3.2.1、今だッ…!」


「よくわかんねぇけどッ‼〈インパクト ゲイルッ〉‼」


中級クラスの突風により、俺たちの体は数メートル、浮き上がった。

その瞬間、俺は腰のポーチから取り出した複数の〈星硝石〉を地面に投げつける。


〈イグナイト ファイア‼〉


初級の炎魔法によって着火された複数の星硝石は、すぐさま爆発を起こした!

その爆風は、インパクトゲイルによって勢いの付いた俺たちの浮遊に、さらなる躍進を加えた。


地面から十数メートル。俺たちは吹っ飛ばされた。


「ちょおおおおおおおッ⁉何してんの⁉足が亡くなるところだったじゃない‼」


俺たちという名のデカい弾丸は、そのまま放物線を描き、俺の想像通りに吹っ飛んでくれた!


「図べこべ言うな!見ろ!角馬の馬車が見えたぞッ‼」


風を切る音と共に、俺たちの体は馬車へ向けて突っ込んでいく。


「キェァァァァァァぁぁぁぁぁ死ぬうううううううう………。」


「もう一度ッ〈ゲイル〉!」


ゲイルで勢いを殺し、『ドゴンッ!』という落下音と共に、俺たちは着地した。

着地というか不時着した。


なんとか馬車の荷台へと飛び乗った俺。

ギリギリのところで落ちそうだったアルザス。


まさか本当に追いつけるとは…。



―――――――


 いきなり男が二人、走行中の馬車に落ちてきたのだ。

誘拐犯の男は、当たり前だが一瞬パニックに陥る。

角馬に乗っている男は、こちらに気が付いている様子だが、馬車を止める気配はない。


「いててて…、なんとか追いついたよ…。」


「おや…?よく見たらもうひとりお仲間がいたのか。」


荷台にはもう一人、仲間と思しき男がいた。

そして、手足を縛られ昏睡しているリオデシアも。


 荷台の上で、一人の少女を挟み、二人二組の男たちがにらみ合う異様な光景。

先に動いたのは…誘拐犯組だった。


背広から瞬時に短剣を取り出し、アルザスと俺へと、無造作に振り回される。

短剣は月光を反射し、光の弧を書いて空を切った。


「あッッぶねッ」


 俺たちは瞬時に、別々の方向へと避ける。

これによる戦力分散。もう一人の男が、俺に突進してきた。

男たちはパニック故か、太い声の唸り声しか上げず、ひたすら殴り掛かる。


狭い荷台で取っ組み合う男たち。いつ落とされるかわからない状況。

殺せ殺せ殺せ殺せ お互いそれしか感じない。



 だんだんと、馬車の速度が落ちていく。

暗い森の中、近場に明かりがあるのが見えた。


(なんだ…?小屋か?)


『ッッッ⁉』


馬車が急停止した…。

目的地に着いたのか…?


「おいっ‼全員出てこいッ…!」


角馬に乗っていた男が飛び降りて、そう叫んだ。

すると小屋の中から、続々と、いかにもならず者風の男どもが出てきたのだ。


「あぁ…、なるほど。ここがあんたらの拠点なわけね。」


俺とアルザスも、誘拐実行犯の男と共に荷台から飛び降りた。

敵は、十数人…。槍や弓、中には魔道具を持つ輩もいる。


 角馬の男が、俺たちに向けて叫んだ。


「貴様ら一体何なんだッ⁉同業者か⁉まさか俺たちの商売道具を奪いに…⁉」


同業者という言葉に一瞬つまずいたが、商売道具で分かった。

この男は、『リオデシア』を指さして商売道具と言った。


「なるほど…、あんたら、人身売買というやつか。」


しかしこの男、何か見覚えが…、


「アッ! あんた、ウォールド通りの事故現場にいた警備隊のおっさん⁉」


あぁ!確かにそうだ!


「ということは…、警備隊の人間がグルになって誘拐をしていたのか。」


大方、さっきリオデシアが拉致された地点は、このおっさんが巡回担当だったのだろう。

そこで拉致を起こせば、そこの警官は仲間なので事件が発覚しない。


(『夜と霧の行方不明』、真相はそういうことか…。それなら合点がいく。)



 警官に続けて、実行犯の男が仲間たちに言い放った。


「なんにせよ、俺らの商売に首を突っ込んだんだ。ガキども…、生きて帰れると思うなよ…。」


敵が皆、各々の武器を構える。

この世界に来て…、初めての戦闘。異世界モノっぽいシチュだ!。


「ヴァルちゃん、体内の因子魔力残量はまだ使える?」


「生憎、魔術に関しては凡人なんだ。あと少しだよ。」


「じゃあ、俺が頑張るしかないみたいだねw。……俺、これでも一応ヨースター家の男。帝国騎士の血筋だからさ。」


 血筋か…。お前にとってはいい物かもしれないがね。

俺にとっては悪魔の束縛その物だよ…。

その血筋のせいで、家族みんな死んだんだから。

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