7話 夜と霧と、お盛んな若者
夕暮れ、誰もいない学校の廊下、感動の再開、泣き出す彼女。
誰もが羨む恋のシチュエーションで、俺だけは焦りを憶える。
レイナは涙を少し拭い、拭った頬を次の涙で濡らしながら、必死に話す。
「まさかこんなところで会えるなんて…。良かった…、、」
最悪だ…。彼女は俺の事を憶えていた…。
状況が改善されたと思って安堵していた、さっきまでの俺に説教を垂れてやりたい。
何度も自分に言い聞かせているはずなのに…。
『期待をするなと』
レイナは頬の涙を拭い、次の涙で頬を湿らせて話す。
「私…、ずっと君の事、心配してた…。あの事件の後からずっとさg」
残念だが、君の感動的な話はそこまでだ。
俺がここで取るべき行動。それは彼女に素性を明かし、懐かしみに付き合うことではない。
「すまないが…、レイナ。さっきから誰の話をしているんだ?」
俺が取るべき行動は、白を切ることだ。
なぜ?それは向こうが人違いだと認識してくれれば、それ以上追及されることはないからだ。
当然、俺のこの返しにレイナはキョトンとしている。
「誰と勘違いしているのか知らないが、少なくとも俺は、
『レイナが知っているヴァルターと違う』、嘘は言っていない。
俺はこの8年の間に、家の名も、戸籍も、希望も全て失った。
いや、捨てたんだ。
「わかったら、もう泣くのをやめてくれ。誰かに見られたら、あらぬ誤解をされてしまう。」
「あ…そっか…。ごめんね…。」
なんか、流石に冷たすぎたかもしれない…。
白を切るにしても、もう少しマシな言い回しがあっただろうに。
(こんなだから、前世で友達いなかったんだろうな。)
なんとなく後悔しながら、帰路に就いた。
(変なお調子者が最初の友達になるわ、要注意人物が俺の事憶えてるわ、初日からなかなか色濃かったな。)
―それから二週間―
学校生活にも慣れてきたころだ。
今日は日本で言う金曜日、明日は休日である。
しかし世の中とは穏やかではないもので、この帝都・サンクトバタリアンでは、とある事件について陰でも表でも騒がれているらしい。
しかも、探偵気取りのインテリやオタクが面白がって取り扱うような事件のようだ。
どんな事件かって?それは、俺もこれから新聞を読んで調べるところだ。
(ウォールド通り三丁目で爆発事故、6人死傷・1名行方不明…。帝都警備隊幹部、汚職発覚…。帝国議会での予算委員会、ボルザーク宰相へ野次の嵐…。)
どれも物騒な話ばかりだが…、探偵や一部界隈の人間が面白がるような事件ではないな。
ましてや爆発事故のニュースなんてよく聞く。
この世界の技術レベルでは、爆発の危険性がある物質を扱うノウハウも確立されていないしな。
行方不明の1名は、瓦礫の下にでも埋まってるのだろうか。
まだまだ記事はある。次のページをめくろうとした時だ。
「ヴァルちゃん!真剣に新聞なんか読んでどうしたよ。普段そんなもの読まないだろ?」
アルザス登場。
また今日も騒がしい奴よ。人がせっかく、この窮屈な学校で一息ついているというのに。
こいつはいい奴だ。いい奴なんだが、世話焼きで騒がしい。
だから一緒にいて楽しいし疲れる。
「最近、巷で話題になっている事件があるんだろ?それを調べていたんだ。」
「あぁ…、あの事件ね。例の連続行方不明事件。」
連続行方不明事件?これはまた物騒な話題だな。
「なんでも、金持ちのご令嬢や美しい顔立ちの少女が、何の痕跡も残さず、一晩のうちに姿を消してしまうらしいよ。被害者が女性というところから見て、誘拐の可能性が高いだろうね。」
「一晩で痕跡もなく…、まるで霧のようだな。」
「まさに、夜と霧の行方不明事件ってところだね。」
こいつも随分と詳しいな。
もしかしてこいつも興味ありげな感じか?
「なぁアルザス…」
俺はアルザスに、随分と情報通な理由を尋ねようとした。
だが俺の口は途中で紡がれた。
「あ……、」
アルザスは何やら俺ではなく、朝っての方向を向いてボケっとしている。
「向こうに何かあるのか?」
アルザスの向く方を確認する。
奴の視線の先は、今しがた講堂に入ってきた女子だった。
長い黒髪に、整った顔立ち、スラっとした体形。
彼女の名前は…、、なんだっけ?
「あの子に興味があるのかぁ?」
「うん…、かわいい。リオデシア…。実はちょっと前からね…。」
(そうだそうだ。あの子のはリオデシア・フリッツ。俺と同じく、理系の成績が優秀だったっけ。)
にしてもこいつ、人と話してる最中に鼻の下伸ばしてやがる。
俺とレイナの時みたいにいじってやろうかと思ったが、こいつには効かなそうだ。
「この間少しお喋りしたんだけどさ…、なんかちょっと…胸にキタんだ。」
リオデシアは席に着くや否や、寄ってきた友達との会話を始めた。
近くも遠くもない席の距離。講堂は構造上、声がよく響くので他人の会話が聞こえやすい。
アルザスは会話を盗み聞きし、俺もそれに釣られて耳を立ててしまった。
「リオ!例の彼とはどうなの⁈」
「それ、昨日も聞いたじゃない。まだお付き合いして数日なんだから、そんなに早く進展なんてないわよ。」
女性の声の中で低めのトーン。不特定多数の男に刺さるだろう。
「でもいいなぁ。偶然出会った男性から猛アプローチされてお付き合いだなんて。やっぱり美人は違うね。」
「そんなことないよ。でも、素敵な人なのは確かね。」
なるほど、俗にいう恋バナか。
では、好きな子の彼氏話を聞いたアルザスの表情を見てみよう。
「あぁ…、あ、あああ、」
急に老けた顔をしてやがる。
こいつがこんなにも大人しくなるのは、この一週間で初めて見た。
「ごめん…ちょっと外に…。」
あれま。結構なご傷心のようです。
彼は外へ逃げて行ってしまいました。
「それにしても…、入学早々どこもかしこも友情、恋愛、アプローチ。みんなお盛んだねぇ。」
―いつもの裏庭―
「ひっぐッ!…ううぅぅ、、、うぅ…」
アルザスの普段とのギャップに新鮮さを憶えながら、俺は悲しみに暮れる友の背中をさすってやる。
「そう気を落とすな。お前らしくないぞ?……話を聞くにな、向こうの彼氏さんは、出会って数日のお嬢さんを容易く手に入れる『イイ男』なんだ。相手が悪かったんだよ。…まだ戦ってすらいないが。」
「うぅ…ッ!でもッ!ごんなのっでぇッッ!」
こいつ、泣き方が有名な議員の会見みたいになってるぞ…。
「まぁまぁ。お前だってイイ男だよ。バカだけど。生まれもよくて実家は金持ち、顔もそこそこいいんだから。バカだけど。」
「バカバカうるさいなぁ!もう吹っ切れたッ!」
ガバッと立ち上がったアルザス議員は高らかに申請した。
「ヴァルちゃん⁉明日の休み、このやるせない気持ちの発散に付き合ってくれッ!お互いの魔術用具を持って、バタリアン中央広場に集合な⁈」
なるほど。魔術を盛大にブッ放してストレス発散か。
この帝都には、戦闘向け魔術師の為に、そういう施設がある。
あれだ。
「わかったよ…。じゃあテキトーな時間にな?」
魔術の補助のみならず、人生の補助にもなってくれる、魔法ライフルの初披露だ。
―翌日―
俺たちは約束通り、帝都心部にあるバタリアン中央広場で落ち合った。
流石の中央広場というべきか、人の数は異常である。
周辺地域へ繋がる交通網が集中するこの地は、様々な人、物、金が行きかい、目まぐるしく移動ofthe移動が繰り返される。
このような場所は必然的に危険分子からの標的になるため、帝国警備隊という警視庁的な組織ではなく、帝都に駐屯する精鋭『
さて、そんな東京都千代田区みたいな場所でライフルを担ぐ俺。
普通なら速攻で職質か、最悪強制連行だろう。
(しかーし!何度も言うが、この世界に銃というものはまだ誕生していないので(公式では)、他人が見ても木の棒くらいにしか思われないのである!)
―――――
さて、予定通り落ち合った俺たち。
アルザス君はというと、失恋(?)の傷を忘れるために、魔法版バッセン(仮名称)で大いに暴れている。
バッセンと言っても魔法をぶっ放すところ。
危険なので、土地は小規模のゴルフ場くらいはある。
「おるァァ‼ 〈イグナイト!レイッ‼〉」
アルザスは、ほかに誰もいないのを良いことに、周囲の的に対してひたすら
〈こいつの魔術属性は雷か。しかも電撃を撃ち出すのではなく、剣に魔術を付与させて、その相乗効果で攻撃するとは…。)
俺は珍しい光景を見ているのかもしれない。
今までの研究で知りえなかったことに、かなりの興味が沸いて、いつの間にかアルザスに見入っていた。
『〈イグナイト〉と付く魔術は、サンクトス因子で操作した物質を、物体に付加する時に使う基礎魔法。
俺の銃も、火属性のイグナイトを利用して点火する。』
「なぁアルザス。お前の魔術の使い方なんだが…。そのさ、そういう使い方もあるモノなのか?俺は魔法学に関してはそれなりの知識だけあるつもりなんだが…、そんなのは見たことない。」
「んー、俺やウチの人は、本気出すときこうするけどさ。まぁ世間一般的には珍しいと思うよ?」
「やっぱりそうなのか?だとしたらお前…というかお前の家系は凄いな。」
「ヨースター家の先祖は、帝国成立時の騎士らしくてね?代々、剣を交えたこの魔術が得意らしいよ。俺も兄さんも、ガキの頃から散々鍛錬させられたさ。」
こんな風に淡々と喋ってはいるが、アルザスはその会話中にも剣を振るい、息切れもせず、周囲の目標へ向けて飛び回っている…。
もしかしてこいつ…、実は相当強いのでは?
まぁバカだけど。
「ん?てかお前、お兄さんがいるのか?初耳…。いや違うな。話したくなかったんだな…?」
その言葉の瞬間、奴の体がピクリとし、動きが鈍くなった。
俺の読みは、どうやら的中したようだ。
「……、あぁそうだよッ‼兄さんはバカな俺と違って優秀でな‼おまけに、家の伝統やしきたりに従順なもんだからさ、大人たちからは昔から兄さんを尊重したよ‼」
あれ?少し気に障ることを聞いてしまったか?
「…、そんな兄がいたら…実家になんて居たくないのわかるだろ…?」
「そんな家が嫌で、卒業後はもう戻らずに自由を手に入れると?」
「そのトーリッ‼これからは!俺は俺のやりたいことのみで生きるのダッ‼」
『ダッ!』と合わせたいいタイミングで、残り一つの目標を破壊した。
さぞ気持ちのいいことだろう。
(剣に魔術を付与して斬り込む…。サンクトス因子の特殊な使い方、応用か?
…少し調べてみようかな…。もしかしたら、別の方法で真似できるかもしれん。)
次なる研究課題が明確に定まった瞬間だ。
俺の探求心は、前世から全く削がれていない。
科学のみならず、独学で軍事史まで学んだのだ。
削がれない性質。これが転生者の特権だな。
(……その転生者になったのは、あのエミリオとか言う神のせいだがな。奴の言うことを全て信用した訳じゃない。だが奴の言う『ヴィークナスの密告者』は、調べる価値がある…。)
俺はライフルに星硝石と弾石を装填し、遠くの的へ照準を合わせた。
「……。本当に存在するのなら、必ず殺す…‼ 〈イグナイト ファイアッ!〉。」
火薬とは違う、『シュウィン』という頭に響くような星硝石の点火音に続き、小さな爆発音。
鉄筒から放たれた、小さな火をまとう弾石は、的を見事に射抜いた。
「お見事!よくわからん魔道具だけどお見事!」
時間と疲労に見切りをつけた俺たちは、道具を丁寧に片づけ、代金を払い、魔法版バッセンを後にするのだった。
しかし、このストレス発散は結果的に、プラマイゼロという形になった。
我々はこの後、アルザスのストレスの元凶をこの目で見ることになる。
それは、周囲が暗くなり始めた、恋愛ドラマでのキスシーンの時間帯。
リオデシア・フィッツと相手の男の、デート現場だった。
いや、それならまだよかった。
現実は…俺たちが思ったよりずっと面倒で、そして
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