6話 要注意人物
―バタリアン青年学校 1年・講堂―
長机が列になって並べられる行動の一席に、俺は座っている。
入学式が昨日終了し、今日は初めてのホームルームとクラス授業だ。
俺は運がいいのか悪いのか、レイナ・パトリシアと同じ学校、そして同じクラスに籍を置くことになってしまった。
彼女はこの学校で唯一、俺が
彼女が仮にそのことを漏らした場合、俺の努力と未来は全てバットエンドだ。
確かに彼女は8年前のあの日、俺を咄嗟に匿って逃がしてくれた。
その点で彼女は信用に値するのかもしれない。
だが、8年経っても前と同じような扱いをしてくれるとは限らない。
そもそも彼女は俺を憶えているのだろうか?
俺は8年間で風貌も変わり、名前も変えた。そもそも俺の
忘れているほど良いことはない。
しかし憶えていようが忘れていようが、確証がない。
人を簡単に信用してはならない。
特に、神を語る胡散臭い連中は。
(なんにせよ、要注意人物であることに変わりはない。同じクラスであることは、注意を払いやすいということでもある。いずれは良い関係を築き、情報漏洩のリスクを下げなければ…。)
ということを考えこみながら、左前方の席に着くレイナをジロジロと眺めていた。
「なんだよ、あの子に興味があるのかい? あ!もしかして一目ぼれ⁈ それとも知り合い?」
…と、隣から早口で茶化してくる思春期の男子中学生のような奴がいた。
赤毛の短髪に、チャラそうな顔立ち。
耳は…、普通。ヴィクトル人だ。そりゃそうか。
「なんだ。初対面の人間に対して藪から棒に…。」
なんかこういうタイプは前世から苦手なので、不愛想に返してしまった。
「だからこそのスキンシップだろ?せっかく隣に座ったんだしさ!。その藪から棒っていうのが何なのかは知らねーけど。」
おっといかん。日本のことわざが通じるはずない。
「せっかく隣にって…、別に自由席なんだから関係ないだろ。」
「細かいことはいいんだよ!…とりあえずよろしくね。アルザス・トロール・ヨースターだ。」
彼は少し力のこもった動作で、握手の手を差し出してくる。
あぁ…コイツ、入学式で最初に名前を呼ばれた彼か。
「ヴァルター・ヒューリーズだ。君は貴族だね? トロールって、どこの領地なんだ?」
俺はそっと握手をして自己紹介をし、出自を尋ねてみた。
「帝都近郊の領地だ。お偉い土地の家柄だからね。堅苦しい規律に縛られた家だよ…。だからここを卒業したら家には戻らず、自由を手に入れるのさ。」
めんどくさそうな面持ちで彼はさらっと語るが、帝都近郊に領地があるということは、日本だと都内23区のどこかに、でっかい土地を持っているようなもんだ。
…要するに、とてつもない金持ちだよ彼の家は。
「まあそんなむさ苦しい家の話は置いといて! さっきからずっと見ているあの子の話だ!」
やかましいやつだ。他にもクラスメイトがいるのに、よくそんな話をできるもんだ。
そのうち騒がしいという理由で補導されて、俺まで巻き添えを食らうなんてことはないだろうか。
「レイナって言ったっけ。うんうん。わかるぞ少年! 確かにあの子はかわいい!かわいい子には自然と目が行く! 恋することは良いことだ! でもな?あんまりジロジロ見ると気持ち悪くて嫌われるぞ?」
「そういうんじゃねぇよ。…可愛いのは認めるが、決してそういうんじゃない。」
「はいはい、わかった。わかったよー。」
「――はいはいッ!お遊びはそこまで。授業始まるから切り替えてねっ!」
担任のニミッツ先生が声を掛ける。
ニミッツ先生は、火属性魔法・水属性魔法・電磁属性魔法の三種に精通し、三つの異なる属性を難なく使いこなす一線級の魔術師だ。
先日お手並みを拝見させてもらったが、その腕前は見事なものだった。
ちなみに、ぞれぞれの魔法は属性内でランク付けされており、一つの属性を最高ランクまで極めるだけでも素晴らしい。
だがニミッツ先生は、三属性それぞれを最高一歩手前まで使えて、おまけに美人ときた。
なんという欲張りセット。神は二物を与えずなんざ嘘じゃねぇか。
しかし、魔法以外はてんで駄目で、体力はない、剣も扱えないので、戦闘向きの魔術師ではないらしい。
だから教師になったんだろうか。
して、本日の日程はこちら
数学の授業
文学・語学
社会科(地理・帝国史プロパガンダ)
魔法座学
昼休み
自習
放課
初日からまぁまぁハードスケジュールだ…。
まぁこの学校は魔法の専門校ではないし、将来的に様々な要職に就けるような総合的カリキュラムを行う。
帝都にある学校だから見栄っ張りなだけだ。
それでは、本日の情景をダイジェストでお送りしよう。
数学『文明レベルが古いからだろうか。この世界の数学はそこまで難しくない。日本での高校数学レベルだろう。しかし、隣のアルザス坊ちゃんはよだれを垂らし、いびきをかいて大爆睡だ。』
文語『日本の国語とはまた違う、ヴィクタリア帝国式のカリキュラムなので難しい。しかしなんと!アルザスが寝ずに授業を聞いているではないか!こいつは文系なのか⁈』
社会科『正直これが一番いらない。地理の授業はまだいいが、帝国史なんて
魔法座学『うん!座学でよかった!実技だったら俺、銃使うしかないからどうしようもないもん!というか座学で学べることは、8年間の研究で知ってることばかりだからつまらん。』
以上!午前は終わり!
―昼休み―
結局俺は、昼休みまでアルザスと一緒に過ごすことになった。
なんなら一緒に、誰もいない校舎裏で昼飯を突いている。なんでわざわざ…。
「ヴァルちゃんよぉ、結構頭いいよな。魔法座学のノート見たけど完ぺきじゃん。数学もさ?でも社会科系は嫌いなのか?すげえつまんなそう。気持ちはわかるけど。」
出会って数時間でいきなりあだ名かよ!てかヴァルちゃんて…。
「お前は頭使う授業で寝すぎだろ。初日から。…でもお前、語学は真面目に?いや真面目ではなかったけど、結構理解してる風だったじゃないか。」
「まぁソッチ系はね?俺んちは〈家の名に恥じぬように〉みたいな感じで見栄っ張りでね。教育にうるさかったのよ。だから国語系は昔から、嗜みとして押し付けられてたわけ。」
「あぁ…なるほどね。」
こいつも苦労してんだな…。
そりゃ反動でなっちゃうわな…こんな自由人に。
「でもヴァルちゃん、魔法額の成績高そうだよな!やっぱり実技も結構いける感じ⁉」
すこし喜び気味で食いついてくるアルザスに対して、俺は少し萎えた。
あんたの思うような凄いやつじゃないんだよってな。
「俺のあれは、ただの理論なんだよ…。確かに、他人から見れば机上の俺は凄いかもしれない…。でもな?理論は完ぺきでも、実践するとなれば別だ。本番でその力が発揮できなければ意味がないのと同じ。」
「ほ、ほぅ…?」
「俺の魔法学は…、力のない自分を見せかけでも補うために、工夫しただけの負の産物なんだよ…。到底、実技じゃここの同級生に敵わないさ。」
言ってやった。実際、俺を単なる落ちこぼれだと認識してくれたほうが助かる。
魔法がろくに使えないんじゃ、
俺は単なる落ちこぼれですよー。
「……、でもそれってさ…ん?」
アルザスの視線が俺から反れる。
誰か来たのだろうか?俺はアルザスの向く方に振り返る。
「あ、、、…えっと、」
その声を聞いたアルザスの表情がニヤッとする。
なぜ?そこに立っていたのがアルザスにとっての俺の茶化しネタ、レイナだったからだ。
「えっと、、、お邪魔?…だったかな…?」
綺麗な碧い髪をなびかせ、俺たちに問いかける。
「いや、そんなことはないけどさ、なんで一人でこんなところに?」
アルザスが返答と共に質問を返した。
答えは彼女の手元を見ればわかるのに。
「飯を食いに来たんだろ?その手に持っているのはランチバッグだ。」
「そうそう。じゃあ私、向こうで食べるから。お話の邪魔してごめんね?」
そうですか。では向こうに行ってください。
レイナ、君は要注意人物なんだ。ある程度の距離感を保つために、できるだけ積極的に関わるのは…
「いやそんなこと言わずにさ!一緒にどう?」
(ッ⁈おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ⁈)
このバカ!何余計なこと言ってくれちゃってんの⁈
なんとなくそんな感じはしてたよ⁈してたけどさぁ⁈
このバカは俺のほうをフッと向いて、
『グっ!(いいねポーズ)』
(グッドじゃねぇよ!このアホ!こいつ本当に俺がレイナに気があると思ってんのか⁈こっちは適切な距離で動向を探りたいだけなんだよ‼)
「あ、じゃあお言葉に甘えて。」
レイナは静かに俺らの横に座った。
(はぁ…、まぁしゃーなしか。)
「いただきます。」
随分とお行儀良く食べ始めたな。
「ところで、二人とも初日なのに随分仲良くなったんだね。なんの話をしてたの?」
「お互いの得意不得意の話だよ。」
俺がいる場では、あまりこの二人には会話させたくないな…。
「ヴァルちゃんの魔法学が凄いねって話よ。本人は理論だとか実技はできないだとか言うんだけどさ。」
あんまり人に言わないで欲しいとぼやこうとした。
だが俺は、レイナの表情が気になったんだ。
アルザスの話を聞いた瞬間、少しびっくりしたような表情を見せた。
ただ凄いという話しかしていないのに。
するとアルザスが、俺に耳打ちをし始めた。
(おい。せっかくお近づきのチャンスが来たんだ。いい感じの話でもしてみろよ!なんなら二人きりにしてやろうか?)
(馬鹿言うな!だから俺はそんなんじゃないんだって!)
こいつは恋のキューピッドにでもなりたいのか?
それとも息苦しい上級貴族生活で頭がおかしくなったのか?
「なあレイナさん。もしかしてヴァルちゃんのこと知ってたりする?」
なんか…もうめんどくさ。
レイナは俺をじっと見つめる。少し困惑した顔で。
彼女は一体何を考えているんだ。
数秒の沈黙が続き、とうとう口が開かれる。
「ごめん。多分初対面だよ。」
(あぁ…、よかった。忘れていてくれたのか。これで情報漏洩の危険性はなくなった…。はずなんだが…、)
なぜか俺は少し、寂しく感じた。何故だ?
「アルザス、その話はもうよせ。他人の色恋に首を突っ込みたいなら、他所でやってくれ。」
「わかったよ…。そんなに怒らんでくれ。」
「色…恋?」
ああやめて。変な誤解をしないで。
「早く飯を食え。休みが終わるぞ?」
その後は別の話題で談笑しながら飯を食ったとさ。
―午後の自習終了・放課後―
長居して何らかのリスクを犯すのは危険なので、さっさと帰らなければ。
俺は今、校外にある学生寮に住んでいる。
学生寮は一般家庭で育った人間には窮屈に感じるだろう。
しかし俺は前世で、兵隊として働いていた期間がある。
寮生活は一人部屋があるが、兵隊時代は集団部屋だ。
(万が一、魔術が必要になる場合。アルザスにはああ言ったが、やはり人並みには魔術を使えないと話にならない。銃なんて堂々と使えるもんじゃないし…、なにか備えが必要だ。)
新しいアイデアを、脳内で組み立てる。
また研究を繰り返すしかないのかな。
次は失敗して家を吹き飛ばさなければいいけど…。
「ヴァルター君ッ!」
聞き覚えのある声に呼び止められた。
いつもなら『何の用だッ?』と不愛想に返すところだが、この声にはそうはいかなかった。
「レイナ…?」
何故レイナは俺を呼び止めたのだろうか。様々な憶測がよぎる。
状況は、放課後の廊下、幸いにも俺たち以外誰もいない。
「ッ⁈」
突然、レイナの表情が曇った。いや、潤っている。
だんだんと、だんだんと、彼女の顔が痙攣し、しわが寄ってくる。
泣いているのか…?
「―――よかった…ッ! 生きててくれてッ…、良かった…。」
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