第28話 因縁対決

「いいだろう、受けてたつにゃ。事あるごとにいちいち張り合ってきて、鬱陶しかったんだにゃん。今ここで、その流れ断ち切ってやるにゃ!」


 ガートルードの挑戦を受けて、ネルは自らの聖剣を呼び出した。以前のように回転して降ってきた自らの得物を、今度はかろうじて逆手でつかむ。


「む……!」


 すぐに持ち直したため、相手が気にした様子はない。しかし彼女は何か違和感を覚えたようだ。

 不安とともに耐えかねたわたしは、この無駄ないさかいを止めに入る。


「待って、ふたりとも。どうして戦う必要があるの? ガートルードちゃんもみんなと一緒の夢をみようよ。そんな危ないものはしまって、お願い」


 学問・体育・芸術のすべてにおいて一位二位を争ってきたガートルードとネルは、共にわたしの言葉に耳を貸してはくれなかった。


「いいえ、ミアさん。たとえあなたのお願いでも、それだけは受け入れられません。あんなみすぼらしい毛玉と一緒だなんて、真っ平ごめんですわ」


「にゃにぃ! あたしは毛玉じゃなくて、誇り高いケット・シーの女王にゃ! 人間社会で勉強して、いつか猫の王国を再建するのにゃ!」


「ふん、わたくしはとっくにお前の正体に気づいていましたわ。そんな姿で人間に溶けこんだつもり? 耳と尻尾が丸出しじゃない、片腹痛い。人になりたかった猫の必死感がにじみ出てて、まことに哀れですわね」


「ぐにゅぅぅぅ! お前だって悪魔の角と尻尾が丸出しにゃ! 人間になりすましたつもりでも、小悪なところは隠せないにゃ! カンビオンは心に醜さが残ったようだにゃ」


「ケダモノの罵倒なんてわたくしには効きませんわ。負けたら潔くミアさんを諦めてもらいましょう。もっとも、生きていればの話だけど」


「ミアは誰のものでもないにゃ! ミアのことはミアが決めるんだにゃ!」


 お互いにらみ合い、バチバチと火花を散らす。彼女たちの奥に、相変わらずサキュバスの隣でたたずむピンクの髪が目に映り、わたしは助けを求めた。


「ねえ、オンドレアもなんとか言ってよ。このままじゃ大変なことになっちゃう」


「この様子じゃ無理だよ。ふたりとも完全に血が頭に上ってるもん。せいぜい部屋を壊さないでもらいたいね」


 そんな薄情な少女を一瞥したガートルードは、両親に向かって呼びかけた。


「ママ、パパ、そこのおチビは任せますわ」


「かちん! 今、チビって言ったな! ボクはエナレスのオンドレアだい!」


「エナレス……? ふうん、なるほど、そういうこと。ならば尚更、わたくしの思い描く理想郷には不要ですわね。ケダモノとまとめて消え去りなさい。いざ!」


 そう言ってフランベルジュを両手に持ち替えると、宿敵に向けて構える。

 直後、ふたりは凄まじいスピードで交錯し、とうとう戦いが始まってしまった。


 ガートルードは宙に浮かびながら、華奢な腕で大剣を振りまわし、上から乱暴に襲いかかる。

 一方のネルは、右手に持つレイピアを高速で突き出し、下から華麗に攻めていく。

 夢においては現実の筋力など不要なのだろう。互いの想像力があり得ない動きを生み出し、心のありようが戦いにまざまざと反映される。

 カンビオンはパワーでゴリ押し、人に化けたケット・シーは機敏な動きで翻弄する。共に人間社会で見せたことのない気迫のこもった表情で、もはやわたしの言葉は届きそうになかった。


「ふん、猫にしてはやりますわね。ならばこれを喰らいなさい。女神ブリガンティアよ、我にちからを与えたまえ! 巻き添え必至、【紅蓮大車輪パイリック・ホイール】!」


 ガートルードは炎を宿した魔剣を水平に構え、遠心力を利用して回転し始める。古代の祝祭で丘から転がされる火車のように、あまりにも危険な大技だ。撒き散らされた火の粉が、かがんだわたしのすぐ頭上をかすめていく。


「あぶにゃい! みんなを守るにゃ! 女神ディア・グレーナ、我に加護を与えたまえ! 汝、わが身を損なうこと能わず、【耐火障壁ラッセル・バラー】!」


 ネルもまた炎を左手にまとわせると、相手をV字に包み込むよう、わたしとオンドレアの前に赤いカーテンを展開する。


「で、出たー! 南と北、太陽の女神同士の激突だ! 勝ったほうが本物を名乗れるのか? 残念、太陽の女神はまだまだほかにもいるぞ!」


 オンドレアは伝承の知識があるのか、まるで少年のように興奮しながら解説をはさんだ。

 直後、解き放たれたふたつの炎が衝突した。視界が真っ赤に埋め尽くされ、熱風が辺り一面に広がっていく。


「にゃあああああっ!!」


 悲鳴が聞こえる。思わず覆った腕をよけると、ネルは相殺しきれなかった爆炎に巻き込まれて崩れ落ちていた。壁は敵の炎を防いだが、二枚の継ぎ目を突破されてしまったらしい。


「あははははっ! 弱い、弱すぎですわ! ケット・シーなど所詮、人間の愛玩動物に成り下がった猫に過ぎないのです。今や人類の上位種となった夢魔には、最初から勝てるわけがないのですわ。ほーっほっほっほっほ!」


 ガートルードは手を口元に添えて高笑いした。ネルは片膝をついて立ち上がり、すぐに武器を構える。


「ぐにゅぅ……。まだ負けてなどいないにゃ。猫は太古の前から、人間とお友達なのにゃ。無理やり遺伝子を奪ってきたお前たちなんかには、絶対に負けないのにゃ……」


 彼女の服は一部が焼けこげ、肌が露出していた。見たところ目立った損傷はないが、わたしは恐ろしくなって叫ぶ。


「やめて、ふたりとも! わたしのために争わないで!」


 だが返ってきたのは、望まない反応だけ。


「おお! 女の子が一生にいちど言ってみたいセリフ、堂々の第一位! ああん、ボクも言ってみたいよぉ」


「大丈夫にゃ、ミア。あたしは魔法剣士としても超一流。なにも心配いらないにゃ」


「ふん。とんだ思い上がりですこと。ミアさん、待っていてください。今すぐ片をつけますわ」


 誰もまともに取り合ってはくれない。わたしの意思を置き去りにして、事が勝手に進んでいく。もはやどうすればよいのか、自分ではもうわからなかった。

 ある意味では、わたしの明晰夢は限りなく現実に近い局地へと達したのかもしれない。だが、自身が望んだものではない明晰夢など、悪夢にも等しい。

 こうなったら、双方の武器が壊れてしまう場面を想像するしかない。しかしどんなに願っても、夢魔の圧倒的な支配力には敵いそうになかった。


(ネル、がんばって……)


 あとにして思えば、わたしはこのときにはすでに、夢なかで言葉を内に留めることができるまでになっていた。そして同時に、自身のもつ、他者との会話を不得手とする特性──緘黙かんもくが、夢にまで持ち込まれかけていたのだった。


「もう許さない、こっちからいくにゃ!」


 広範囲の攻撃を受ければ、わたしたちを守らざるを得ない。性格を読まれて後手に回っていたネルは、一転して積極的な攻撃に切り替えた。

 敵に急接近して怒涛の突きを繰り出す。面食らってよろめいた相手の隙をつき、続けざまに魔法を打ち込む。


「今にゃ! 踊れ、太陽の乙女よ! 【金光昇破グリアン・ダンサ】!」


「甘い! 魔力吸引、【闇黒螺旋ダーク・ヴォーテックス】! 属性が偏ってますわよ。お勉強不足ですわね!」


 ガートルードが出現させた黒渦は、ネルの生みだした金色の輝きをあっさりと呑み込んでしまった。やはり夢で夢魔に勝つのは不可能なのか。白熱した展開に外野もうるさくなってくる。


「負けるな、ネル! ボク、応援してるよ!」


「見て、あなた。あんなに繊細だったうちの子が……グスッ」


「いいぞー! がんばれがんばれ、ガートルードちゃん!」


 まるで競技会の声援だ。カンビオンは戦いの手を止めると、両親に向かって声を荒げる。


「ちょっと、ママ、パパ! 何をなさっているのです。その小娘もやっつけておしまいになって!」


「ええ、そんな! ひとり娘の勇姿をせめてこの目に焼きつけておきたいのに……」


「むう、怒らせると口をきいてもらえなくなる。やむを得まい、悪く思わないでくれ、エナレスの少女よ。痛くしないから、おとなしくしてもらえないだろうか」


 ふたりの夢魔が左右から詰め寄ると、オンドレアはなぜか泣きそうな表情を浮かべた。サキュバスのセルマは不審に思ったのか、優しい口調で問いかける。


「どうしたの、そんな悲しい顔をして。かわいい顔が台無しよ。何かあったの?」


「ボク、パパとママがいないの。ふたりとも、ボクを残して死んじゃった……」


『えっ!?』


 夫妻は顔を見合わせた。インキュバスのアーヴィンは一転して申し訳なさそうな表情を浮かべ、少女の頭をなでる仕草をする。


「よしよし、もう大丈夫だよ、配慮が足りなくてすまなかった。よかったらうちの子になるかい? もうひとり子供が欲しかったが、なかなか恵まれなくてね。そもそもカンビオンは手がかかるからな……」


「ああ、なんて健気で可哀想なオンドレアちゃんなの。つらかったわね。私のこと、ママと呼んでもいいのよ」


「うわーん、ママー!」


 エナレスはサキュバスが広げた胸の中に遠慮なく飛び込んでいった。その光景にカンビオンは血相を変えて叫ぶ。


「ちょっと、何してるんですの!? 離れなさい! わたくしのママですわよ!」


「やはり子を産むと、種の務めを忘れて母となってしまうわね。そもそも淫魔なんて、教育上よくないのよ」


「うむ、そのとおりだ。かわいい妹に優しくしてやりなさい、ガートルード」


「そんなぁ、ママぁ……。パパまで……」


 情けない声をあげたライバルに対し、ネルはさもおかしそうに笑い声をあげた。


「にゃははっ、カンビオンはまだ乳離れもできていなかったのにゃ。保護者同伴の勝負とか笑えるのにゃあ」


「きーっ、お黙りなさい! わたくし知っていますのよ。あなた、母親に捨てられたんでしょう? 自分が愛されていないからって、ひがまないでくださいまし!」


「ち、違うにゃ! ママニャはあたしを一人前にするため、放浪の旅へ出ただけにゃ。いつか必ず戻ってくるその日まで、あたしは誰にも負けないと誓ったのにゃ。いつまでもおっぱい飲んでる甘えん坊と一緒にするにゃ!」


「言ったわね! ケット・シーなんて猫缶で簡単に釣れるくせに! お前の配下なんてとっくに餌付け完了してますわ!」


 命の駆け引きは平和的な口げんかに戻った。すると、セルマ・アーヴィン・オンドレアの三人が次々とネルを援護する。


「こら、ガートルード! お友達にそんなことを言ってはいけません! ネルちゃんに謝りなさい!」


「そうだぞ、人間社会で孤立してしまうぞ! 生徒会長になって学園を支配する夢はどうなる!」


「いつもの優しいお姉ちゃんに戻って!」


「みんなやかましいですわ! だいたいあなたとは初対面でしょうが! ええい、忌々しい、これも全部お前のせいですわ! 消えてなくなりなさい、ネル!」


「お前こそどっか行くにゃ!」


 ふたりは戦いを再開した。もはやわたしのことなど眼中になければ、互いのプライドを懸けた高尚なものでもなく、ただ単に仲が悪いから争っているだけだった。

 ガートルードはぶんぶんと大剣を振りまわして距離をとると、牽制しながら魔法の構成を開始する。


「お遊びはここまでです。そろそろ息の根を止めてさしあげましょう。最期は想い人の前で、みすぼらしい姿を晒してお逝きなさい。汝、まことの我ならず。【魔装解除ディスエンチャント】!」


「にゃにゃ!? しまった、変身がー!」


 補助的な透明の攻撃に油断したネルは、猫耳少女からケット・シーに戻ってしまった。相手はその隙を見逃さず、魔剣の切っ先を差し向ける。


「冥界の女神ドゥムナよ。今より届ける悪しき魂に、永劫えいごうの苦痛を与えたまえ。喰らえ、わが奥義! 荊棘いばら放出、【絶葬魔弾スピーナ・ディスパルガ】!!」


 赤黒く輝いた刀身から四方八方に打ち出された暗黒物質が、大きく湾曲してサバトラに襲いかかる。


「ぎにゃあああああッ!!」


「ネルーッ!!」


 全弾をもろに受けて吹き飛ばされたサバトラは、全身を何度も床に打ちつけて転がっていき、最後は壁に大の字になって激突する。前のめりにぽてりと倒れ、そのまま動かなくなった。

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