第31話 夢の猫屋敷

 街灯以外の光が消えた街並みの中に、ひとつだけ煌々と電気のついた建物があった。赤い屋根の立派な家。庭にあふれる遊具は特徴的で、明らかに異質な雰囲気を醸し出している。


「あれはまさか猫屋敷? どうしてネルじゃなくてわたしの側に……。そ、そうだ! 猫たちがきっとあそこにいるはず!」


 ご主人さまに促され、すごすごと戻っていった後ろ姿が思い起こされる。のんきそうな彼らだが、今のわたしにとっては救世主となりうるかもしれない。そう思うと、急に元気が湧いてきた。

 頭上のホウキを操ってぶらりぶらりと揺れながら、屋敷の庭へと降り立つ。急いで玄関に駆け寄り、インターホンを鳴らす。

 反応がない。しかし家の中からはいくつもの気配がうごめいていて、それらは平和的な存在のように感じられた。迷っている暇はない。ノブに手を伸ばすと鍵は掛かっておらず、扉は簡単に開いた。

 そしてそこは、大変な騒ぎになっていた。


「地震にゃー!」

「怖いにゃ怖いにゃ!」

「もう収まったから静かにするにゃ。それはお前たちの振動にゃ」

「誰にゃ! いま踏んだのは!」

「暴れるにゃー! 早くあいつを止めるにゃ!」

「しめしめ、あともうちょっとで届くにゃ」

「あー、もう、めちゃくちゃにゃー!」


 ネルの配下である猫たちが部屋中を駆けまわっている。わたしが入ったときはちょうど、肩車で戸棚を開けた猫たちが、崩れた大量の猫缶に埋もれていくところだった。


「よかった。みんなまだここにいたのね」


「ちっともいくないにゃ! 地震で目が覚めて、次の夢に行けなかったのにゃ!」


「にゃ? ミア……? うわーん、ミアー!」


 みんながわっと寄ってくる。ふわふわの感触こそないけれど、とても温かい陽だまりのように感じられた。


「いっぱい揺れて怖かったのにゃ」


「ナデナデしてほしいのにゃー」


「よしよし。みんな、もう大丈夫だよ」


 若い子からお年寄りまで、みな等しくなでであげた。偉ぶっていた女王補佐官の威厳も、もはや形無しである。


「夢が割れてみんな散り散りになってしまったの。てっきり、あなたたちはネルの方に行ったとばかり思ってた」


「それが我々にもわからないのです。すごい揺れが起きたとき、なにか強いチカラに引っ張られた感覚がございました」


「ミアさまとの絆で、再びシンクロしたのですにゃ」


「ふふ、そうだね。ありがとう、わたしも会えて心強いよ。でも、これからどうしよう。ネルたちを助けに行かないと……」


 メイド猫を見て、ふとおデブとハンサムの凸凹コンビがいないことに気づく。どこに行ったのだろうと疑問に思ったちょうどその時──


〝ザザッ……ちら……S……隊。本部、応答せよ〟


「うん?」

『にゃにゃ?』


「みんな静かに! 偵察部隊から連絡にゃ!」


 トランシーバーを持つ一匹が口に指を添えて叫ぶと、水を打ったように静まり返った。


「こちらC・D・S、ケイスネス再興計画総本部。何事でありますか、どうぞ」


〝ザザッ……こちらプランピー。川沿いを偵察中に、ずぶ濡れで気を失っていた二匹の子供を保護した。現在、そちらに急行しているいる最中だ。じきに到着するから、温かいミルクと毛布を用意してやってくれ。こちらからの通信は以上だ〟


「了解したにゃ。無事をお祈りするにゃん」


 声の主はどうやらデブ猫のようだ。なんだか胸騒ぎがしたわたしは、一段落したのを見計らって尋ねる。


「保護猫?」


「そうみたいにゃ。べつに珍しくもないけど、夢のなかでは初めてにゃ。にゃあキミ、さっきのは聞こえたかにゃ? 温めるものを用意してあげてほしいにゃん」


「かしこまりましたにゃん」


 メイド猫は部屋の奥へと去っていった。夢でも仕事に追われるとは大変だ。まだ時間がありそうなので、わたしは気になった言葉も質問してみる。


「C・D・Sってなあに?」


「キャット・ディストリビューション・システム。迷い猫をきちんととした人間のもとへ手配する裏組織──いわゆるねこねこネットワークにゃん。じつは我々は、王国の再興を目指すかたわらで、この手の仕事を請け負っているのにゃ」


「ねこねこネットワーク! それって、人間側はどういう基準で選ばれるの?」


「優しさに加えて、責任感や経済状況、家族や隣人に至るまで、いろいろチェックするにゃ。お髭がある男性は加点されるにゃ」


「そ、そんなことまで見られてるんだ……」


「そうにゃ。下僕──ゲホンゲホン! ご主人さま選びも大変なのにゃ」


「いいなぁ。わたしも仔猫が飼いたいの。白と黒、二匹の女の子で……。いつか認められるといいな」


「ふむふむ。考えておくにゃ。でもかわいい時期なんてあっという間にゃよ?」


 それからしばらく心構えについて手ほどきを受けた。ネコを受け入れる構想が固まってきた頃合いで、扉が開かれて凸凹コンビが入ってくる。わたしはすぐに立ち上がり、彼らのもとへと駆け寄った。

 二匹が咥えていた仔猫たちを床に降ろす。白と黒、見覚えのある顔立ち。わたしは思わず彼らを抱き上げた。


「やっぱりあなたたちだったのね。よかった、戻ってこれたんだ……」


「にゃ? お前さんの知り合いかい?」


「前に夢で、わたしの亡くなったお婆さんから預かったの。でも川に落ちて、見失ってしまった。かわいそうに、こんなに震えてる……」


 小さな二匹がわずかにうめき声をもらす。


「しっかりして、ふたりとも!」


「みゃ……。その声はミアなのニャ……?」


「うーん、あたいたち戻ってこれたの……?」


「ああよかった、目を覚ました。よくあんな遠い所から戻ってこれたね。わたし、あなたたちをもう二度と手放さない……!」


「ぐえっ」

「苦しい〜」


 それから二匹はミルクを飲んで、わたしのひざ上で毛布にくるまった。積もる話はさておいて、猫たちとこれからどうするかを話し合うことにする。


「──ほほう、あれからそんな出来事が起きていたとは。ナイトメア……我々も存在自体は存じておりますが、残念ながら対処法までは把握しておりませぬ」


「そうだよね。どうやら夢のシンクロによって、みんなの悪夢が合体してひとつになってしまったようなの。今は分散して個に戻ったようだけど、とても恐ろしくて……」


「わかるにゃ。自分も花瓶を割って怒られたり、エリザベスカラーを付けられる悪夢をみるのにゃ……」


 猫たちは深々とうなずき合う。自分とはだいぶ異なるが、彼らには深刻な恐怖のようだ。唯一ヒトに化けられるネルが、しばしば悪夢となって現れるのだという。


「こんなとき猫魔女さまがいれば、きっと助けてくださるのですが……」


「猫魔女?」


「左様。我々の古き故郷・ケイスネスの建国に尽力してくださったとされる、伝説的な人間の魔女でございます。ネルさまの祖先にあたるクニャネルカ一世のご主人さまでもあり、長きにわたり我らケット・シーに力を貸してくださったと伝わってございます」


「そんな人が……。今はどこにいるのかな?」


「なにぶん、はるか古代の人物でございまして、すでにご存命ではないかと。王国が滅んだ際にご子孫の行方もわからなくなり、今ではなんの手がかりもございませぬ」


「そっか、それは残念だね。いったいどんな方だったのかな……」


 すると、それまで黙っていたハンサムが口を開いた。


「いや、手がかりならひとつあるぜ。ほら、地下室に保管してある古いレリーフ。俺たちケット・シーの遺跡から発掘された代物なンだが、そこに描かれた人物こそが、伝説の猫魔女とされている。興味があるなら案内するが……」


 まわり道かもしれないが、役にたつ情報かもしれない。そこでわたしたちは彼に従い、一縷いちるの望みに期待して、猫屋敷の地下室に下りてみることにした。

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