第7話 目覚め

 荒れた息が聞こえる。激しく脈打つ鼓動を感じる。目を覚ました私は、口を大きく開けて右手を天に突き出していた。

 はっとして髪に触れ、唇越しに歯を確認する。

 ……よかった、ちゃんとある。

 ほっと胸をなでおろし、むくりと半身を起こす。目元に触れると、指先がほんのすこし涙で濡れた。喉の奥はねちゃついていて、口を開けたまま寝ていたのかもしれない。

 ひどい悪夢だった。思い出しても悲しくなる。どうしてあんなものを。


「──あ」


 ほんの一瞬の油断。


(忘れた……。なんの夢をみていたんだっけ……)


 途中までは良い感じだった気がするけれど、最後のせいであっという間に記憶が薄れていく。けほけほと軽い咳が出て喉がいがらっぽかったので、解釈はいったん諦めて洗面所に向かうことにした。

 壁に掛けられたアナログ時計を見ると、時刻は五時すこし前。カーテンの向こうはまだぼんやりと暗い。物音をたてないようにそっと扉を開き、忍び足でドリーの部屋を通り過ぎた。


 ついさっき髪と歯の存在を確認したのに、鏡を見るのが怖かった。いちど深呼吸をして電気を点けると、勇気を出して正反対の自分と向き合う。

 不安そうな表情を浮かべる、背の低い金髪の子供がいた。未熟な人間は顔立ちも幼いとしばしば馬鹿にされる。多くの人は差別的だと批判するだろうが、私の場合、それは当たっていると言わざるを得ない。同じ年頃の子よりも一回り小さくて、身も心も弱々しい自分。


(あんたのせいで、いつも惨めな思いをしているのよ)


 棘のある言葉は、もちろん自分に跳ね返ってきた。なんだか急に虚しくなって、とりあえず顔を洗ってうがいをする。籠に積まれたタオルの上から二番目を抜き取り、無心になって拭いた。

 顔がさっぱりすると再び鏡と向き合って、今日がどんな一日になるかを想像する。ネルとまた話せるといいな、そんなことを考えていた時、ふとある物に気がついた。


「あれ?」


 髪の右側に、白い花を模した髪飾りが付いている。


「ニーナさんの……」


 自然と出てきた名前に、自分でも驚いた。


「ニーナさんって誰?」


 頬に手を当て思考を巡らす。記憶を遡っても、昨日ネルの家を出て、どうやって自宅に戻ったかが思い出せない。


「夢のなかで出会った人? それとも、昨日の帰りに会ったのかな……」


 だめだ、なにも思い出せない。でもこの髪飾りが、その人にとって大切な物であるという記憶は確かなものと思われた。


「どうしよう。返さないと……」


 さいわい今日は休日だ。仮に寄り道をしたとすれば、場所に大体の目星はつく。見つからなければ、そのままネルの家を訪ねてみるのもいいかもしれない。

 そう考えると急に、なんだか今日も良い日になるような気がしてくる。我ながら幼稚すぎて、鏡に映る自分がかわいく思え、年下の子とお別れするように手を振ってあげた。

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