第7話 富士宮焼きそばのリアル

 おかしい……私の心があの朝日と月に洗われたのは、ついさっきだぞ……


 私は運良く座れた座席で目を伏せ、どす黒く染まっていく自分の心を疑い始めた。


 ことの発端は、JR身延線のワンマン電車に乗った直後に訪れた。


 ワンマンって、まるでバスみたいだなー……扉の開閉もボタン式なのか……新鮮だぜ……


 と、一人ふむふむしていたら、一組のカップルが乗ってきた。


 私は小心者なので車内の入口付近で座り込み、いちゃつき始めた二人をジロジロ見られなかった。

 だが、声音や喋り方で年齢はおおよそわかる。


 若い。間違いない。


 が、しかし、若さはいいのだ! 問題なのは、なんてったって、声がでかいことだ! 特に女ぉ子‼


 鼻にかかったあまったるぅうい声で

「足りなぁい」「足りなぁい」「足りなぁい」


 連呼してる……連呼してるよ……足りないってさ、いったいなにを要求してるんだよ……頼むから二人きりのスウィートな世界を、電車内で作るのはやめてくれないか……


 そう思っていたのは、私だけではあるまい。車内はまあまあ混雑していたし。


 だが、愛に生きる(多分)二人には、外界がどうとか関係ないのだろう。

 今度は、浮気がどうのこうのと始まった。


 いや、もうさ、どっちが誰と浮気してもいいけどね、とりあえず静かにしようよー⁉ 


 さらにそこに、彼氏のスマホに電話がかかってきた。


 彼氏、電話に出ちゃう⁉

 どうやら相手は友人のようである。あぁ、三人でのおしゃべりが始まってしまった。


 あたい、彼らの狭い世界に風穴あけて、世間は広いんだよって教えてあげたい。


 とぶつぶつ考えている内に、電車は目的地である富士宮駅に到着した。


 やれやれ、これでやっとおさらばできるぜ……とほっとしていたら、なんとこの二人も、同じ富士宮駅で降りた。


 まあでも、電車の外に出たら、二人の世界は気にならなくなるからいっか……そう思っていたら。


「いいかげんにしろ!!」


 突然、おじさんの怒声が響いた。


 ちょうど、改札口に向かう階段をのぼる人波の中で、だ。


 私の頭には、即座に例のカップルが浮かんだ。


 ありがとう、おじさん!

 車内のマナーを守るのは大事……だよね?


 こうしてほどよく汚れた、私の心。


 でっかい富士山を見て、浅間大社にお参りして、メンタルをお洗濯しよう。


 空は晴れ渡り、気温も寒すぎずで心地よい。


 私は颯爽と浅間大社への道のりを歩き始めた。

 もちろん、グーグルマップ先生に誘導されて、である。


 あまり人が歩いていない道を、富士山でかいなー、かっこいいなーと思いながらてくてく歩く。

 しかしその胸の内には、嫌な予感が静かに忍び寄っていた。


 バス停の場所、浅間大社まで行けばきっとわかるよね?


 そう。私は浅間大社にお参りした後、循環バスで白糸の滝に行こうと計画していた。

 時刻表もダウンロードしてあって、準備は万端だったのだけど。


 まあ、グーグルマップ先生は無敵だからな……キーワード入れて検索すりゃ、一発よ! ふふん!

 

 ところがね……嫌な予感ほど当たるのよ。


 でっかい朱色の鳥居とでっかい富士山を撮影し。

 それなりに人出のある大社にお参りを済ませ。

 さらに念願の御朱印帳を手に入れ。

 いいぞ、調子いい! この調子で、次はバス停へレッツゴー! あれ?

 

 ホクホク気分でグーグルマップ先生に質問した私は、眉根を寄せた。


 バスの時刻表が、事前に把握していたものと違う。


 え……ど、どうしよう……ここまで来たのに……


 私は軽くパニックになったがなんとか落ち着き、一度富士宮駅に戻ろうと決めた。

 うん、駅からバスに乗ろう。駅まで行けば、きっとバス停の場所もすぐにわかるさ。


 はい、目的地をバス停から富士宮駅に変更しました。てくてくしまーす。


 と・こ・ろ・が。

 ここで再び、予定を狂わせる出来事に遭遇する。


 お宮横丁の、富士宮焼きそば。


 焼きそばなんて、家でもちょちょ〜いと作れるじゃん。別にわざわざ富士宮で食べなくてもいいもんね!


 そう思っていたんだけど、状況は深刻だった。

 時刻は11時30分。

 朝食を抜き、早朝から歩きまくっていた。

 つまり、お腹が空いていたのである。

 そんな私が、漂ってくるソースの甘いフルーティな香りに勝てるハズがない。


 横丁の青空テーブル席に腰掛け、運ばれてきたあったかぁい富士宮焼きそばを頬張る。

 

 なにこれ、うんまいじゃん! 私が作ったやつより数倍うまいよ!


 もちもちした太麺、甘めのソース、いわしの削り粉が生み出す、海の幸の香り!


 ごめんなさい。

 私、あなたのこと、すっかり誤解していましたわ。


 もし予定通りに白糸の滝に向かっていたら、この富士宮焼きそばは食べられなかった。


 運命の神様は、私が然るべき道に進むよう導いてくださっている。そうに違いない。

 予定、変更しよう。


 私は富士宮焼きそばをもぐもぐしながら、グーグル先生に新たなプランを質問し始めたのだった。


 ※続きは『続・おばちゃんの一人旅日記』にてお楽しみ頂けます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばちゃんの一人旅日記 鹿嶋 雲丹 @uni888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ