第5話 突然の誘拐イベント
授業が終わった僕は寮に帰るため学園を出た。
門の傍に腹を抑えながら歩く男が見えた。
ユウキくん?お腹でも痛いのかな…………。
そう思っているとユウキがこちらを向いた。いつもなら無視してそそくさと歩いていくのに今日はこちらに向かっていた。
「どうしたのユウキくん」
「シエナ王女が誘拐されたんだ」
「えっ…………」
誘拐?確かに王女を狙ってる人ってたくさん居そうだしね。
「今から助けに行く。お前も…………付いて来てくれ」
嫌そうな顔をしながらも僕を誘ってくるユウキ。それだけ余裕が無いのだろう。
「でも僕、劣等生だから使えないと思うけど」
「今はそんなことどうでもいい。お前、僕より強いだろ」
案外素直なんだな。
「わかった、いいよ。でも居場所分かるの?」
「わからない。でも咄嗟に魔力弾を馬車に打っておいた。どこかは傷ついてると思う」
そんだけならわからない気がするけど…………。
「馬車はどっちに向かった?」
「あっちだ」
そう言ってユウキは右側を指さした。
「リーダーの男は火炎魔法を使う、気をつけろよ」
「そっか、じゃあ行くよ」
まさかのイベント発生だ。それに反応が良いシエナさんが居なくなるのは面白くないし、助けないと。
※
[転移]
シンはある程度の距離を一瞬で移動した。空中から探す方が効率的だと考え空を走りながら周りを見渡す。
やはり馬車が多くなかなか見つからない。
「おい、僕を置いていくな。というかなんで浮いるんだ?」
ユウキは遅れてシンに追いつく。さすが普通生徒といったところだ。身体強化を使っているので足がとてつもなく速い。
[転移]
シンはそんなことを無視して前にすすんでいく。
「あっ、無視をすんな!」
空中を走りながら馬車一台一台を見渡すシン。
傷がついてる馬車───。
(あ、あった)
そこには角が大きくかけたキャビンを背負う馬車があった。
シンはある考えを思いつき笑みを浮かべた。
[転移]
シンはなんとそのキャビンの中に移動したのだ。
「こんにちは」
「誰だお前!」
「シンくん───」
どうやら正解だったらしい。目を見開いて驚くシエナに誘拐犯二人。リーダー男は眉ひとつ動かさなかった。
「勝手に入ってきてんじゃねぇ」
サイドにいる男二人がナイフを振るう。
[空間断裂]
赤い鮮血が馬車の中に降り注ぐ。
男二人は自分の首が飛んだことに気づいていないのか首なしでしばらく立っていた。
「えっ…………」
シエナは状況を全く理解出来ず、顔をポカンとさせていた。
「それじゃあ失礼」
「待て、お前がシン・クロイセルか?」
不敵な笑みを浮かべるリーダー男。この状況でまだ余裕そうなのはさすがリーダーといったところ。
「僕の名前知ってるの?」
「当たり前だろ。依頼人はお前を殺せ、って言ってたんだからなぁ───」
シンに向かって炎を飛ばすリーダー男。
ギリギリ[転移]が間に合いシンとシエナは外に移動した。
驚きのあまり目をつぶっていたシエナはゆっくりと瞼を上げる。
「───えっ、浮いてる!?」
「暴れないでシエナさん。落ちるよ」
シンはシエナをお姫様抱っこしていた。
「シンくん、ありがとう」
頬赤くしてそんな事を言うシエナ。
炎を纏ったキャビン。それに脅え馬が暴れ始め、そのままどこかに走り去っていった。
「へぇー、空飛べんのか」
両手に炎を持ちシンを睨みつけるリーダー男。
(せっかくだし少し楽しもっかな)
リーダー男は何発もの炎の玉をシンに向かって飛ばす。周りの人の事など全く考えていない。邪魔になる馬車に当てたりもし、被害を大きくさせていた。
シンは空中を走り、それを避けていく。
「シンくん、当たっちゃうよ!」
[空間変形]
炎の玉の軌道を変え、防ぐ。
「シエナさん大丈夫?」
「うん、大丈夫…………」
リーダー男はだんだん眉間に皺を寄せ不機嫌になっていった。
「お前!逃げてんじゃねぇよ!」
(何言ってんのこいつ)
するとリーダー男に向かって一人の男が近づいてきた。
「このクソやろぉー!」
そう、ユウキがシン達に追いつき、全速力でリーダー男との間合いを詰めていたのだ。
「お前、さっきの雑魚か───」
リーダー男は炎の玉をユウキに飛ばし、牽制する。
それを剣で裂きながらどんどん近づいていく。
「くそっ、めんどくせぇなぁ!」
リーダー男は両手に炎を集めていく。
「───っ!?」
その瞬間、炎の柱がユウキに襲いかかった。
「ユウキ!」
[転移]
シンはユウキの前に移動し、炎の柱を防ぐ。
少しして炎は消え煙が立ち込めた。
(煙臭いなぁ)
煙がだんだん消え始めリーダー男の姿が浮かんでくる。
「無傷だと…………」
顔を歪ませるリーダー男。
シンはシエナを下ろし「ユウキくんシエナさん守ってて」と言いリーダー男の方に歩いていく。
「来るな───」
シンに向かって炎の玉を飛ばすリーダー男。
だが当たらない。
シンは不気味な笑みを浮かべながら一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
攻撃が当たらない異常さと笑みを浮かべるその表情を見たリーダー男の顔はみるみるうちに青ざめていった。
「来るな…………来るな、来るな来るな来るな来るな!」
何度も何度も狂ったように炎の玉を飛ばすリーダー男。煙が立ち込め前が完全に見えなくなっていた。
「やぁ!」
「───ぐわぁっ!?」
シンは煙で見えない間にリーダー男の目を前まで来ていたのだ。
「何なんだお前…………。劣等生って聞いてから雑魚じゃねぇのかよ…………」
思っていた相手と違いすぎた。恐怖で震える足でゆっくり後退りを始めるリーダー男。
「君も馬鹿だね。当たらないのに炎をバンバン、バンバン、学習しろよ」
「黙れっ!」
また炎を貯め始めるリーダー男。
「もうそれは飽きた───」
[空間断裂]
シンが右手を上にあげた、その瞬間リーダー男の左手が吹き飛んだ。
「はっ……………?」
「…………腕が、腕が無いだと?」
リーダー男の頭は真っ白になった。痛みもなく気がついたら無くなっていた左手を無意識に目で探し始めていた。
「ねぇ君、誰からこの依頼を受けたの?何でシエナさんを攫ったの?」
「お前に言うわけ…………」
「右足───」
シンがそう言ったと同時にリーダー男はその場に崩れ落ちた。右足から血がダラダラと流れ始める。
「あっ、ああ………」
右足が切れたことを理解したリーダー男は顔を真っ青にし、引きつっていた。
「君、いい顔するね」
「あぁ、あぁぁぁぁっ!」
恐怖、絶望、リーダー男は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死に地面を張って、シンから逃げ始める。
「右腕───」
リーダー男の右腕が飛び、とうとう左足だけになった。もう這うことさえも出来なくなったリーダー男はシンの方に振り向いた。
「もう一度聞くよ。誰から依頼されたの?何でシエナさんを攫ったの?」
「い、いい依頼人は───。シ、シエナ王女はついでに殺せって……………」
まるで壊れた人形かのように全てを話すリーダー男。
「そっか、ありがとう」
シンが優しく微笑む、とリーダー男に背を向け歩き出した。
自分から離れていくシンを見てリーダー男は助かった、とでも思ったのだろう、少し表情が穏やかになっていた。
「最後に首───」
「はっ…………」
そうして首が転げ落ちリーダー男は息絶えた。
(制服血だらけになっちゃったな)
リーダー男を倒し、シンはシエナたちの方に戻った。
「シンくん…………」
「お前ほんとに何者なんだ?」
「だから、ただの劣等生だよ」
そんな事もう二人は信じていない。
シンはシエナの腕に付いた鎖に目がいった。
[空間断裂]
ガシャン!、という音を立て鎖はシエナから離れた。
「あっ、あれ…………。アーティファクトが切れた?」
「それじゃあ帰ろっか」
シンは二人を連れ学園の前に[転移]した。
「あれ?学園…………?」
「いつの間に…………」
相変わらずポカンとしている二人を置いてシンは「それじゃあ」と去っていった。
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