第12話 冒険者ギルド


 大通りを人々が歩く。


 転生先がダンジョンの最下層付近で、常に血に飢えた魔物に狙われる立場にあっただけあって、人の姿を見るだけで涙が出そうになる。


 しかし、感動の理由は安心感からだけではない。


 それは雑踏を行く人々の姿にあった。


 身体に動物の特徴を持った獣人や蜥蜴のような鱗と尻尾を持ったリザードマン……。


 あの特徴的な耳はエルフだろうか?


 俺の腰くらいの身長しかないドワーフや、逆に見上げるほどの背丈をした巨人もいたりする。


 同じように、異国のような町並みも心を躍らせてくれる。


 レンガを組み合わせたり木材をふんだんに使った家、石畳の少し凸凹とした道、そこを走る馬車。


 目の前にある光景は、転生前にフェイトさんに見せてもらった異世界そのものだ。


「――! ――‼︎」

「ああ、ごめんノア」


 町の情景に見惚れていると、肩に乗っていたノアから抗議が上がる。


 「突っ立っていないで移動しろ!」とでも言っているのだろうか?


 確かに、このまま通りの真ん中に居ても、通行する人の邪魔になる。


 それに、早く宿にでも行って休みたい。


 ダンジョン攻略時の野宿では、当然ながらベッドなどという贅沢な寝具はあるはずもなく、固い地べたにそのまま横になっていた。


 回復魔法のお陰で肉体的な疲労はないけれど、それでも柔らかな寝床で眠りに就きたい。


 今一番必要なのは心の休養だ。


 取り敢えず、ここから移動しよう。


 転移の魔法陣の効果なのか、不自然に俺たちを避けていた人々だったが、歩き出すと数秒も経たずに雑踏の海に紛れた。


 ノアは人混みが嫌いなのか、途中でマジックバックの中に潜り込んでしまった。


 このまま肩に乗せていて、ふとした拍子に落としても悪いので、ノアにはしばらくそこに居てもらうことにしよう。



 さて、まず向かうのは冒険者ギルドだ。


 手持ちのアイテムを売却して、懐を温めたい。


 今の俺は一文無しの状態。


 ダンジョン攻略の褒賞として白銀竜からアイテムを貰ったけれど、その中に現金はない。


 見せてもらった財宝の中に金貨や銀貨はあったけれど、それらは何百年前のもので、調べてみると現在流通している貨幣とは違うようだった。


 それに、貨幣は年代だけでなく、場所によっても違ってくる。


 一応、フェイトさんからの支援物資の中には換金用の宝石があったけれど、やはりそれらも然るべき場所に行かなければ換金できない。


 そこで便利なのが冒険者ギルド。


 冒険者ギルドと言えば、アイテムの買取から依頼の仲介など、ゲームなどでもお馴染みの組織であるが、全く同じ組織がこの世界にも存在している。


 というか、過去にある人この世界の神がつくっていた。


 人々の生活に干渉してもいいのだろうかと疑問に思ったが、実際ありがたいので文句は言えない。


 道の端でスマホを取り出し【地図】で現在地を確認し、冒険者ギルドを目指す。


 それほど遠い場所でもなかったので、歩いて数分もすればギルドに到着した。


「ようこそ、冒険者ギルド迷宮都市支部へ。本日はどのような目的でお越しですか?」


 受付に向かうと、ギルドの職員が対応してくれる。


「冒険者の登録をお願いします」

「かしこまりました。身分証の提示をお願いします」

「どうぞ」


 この身分証はフェイトさんが持たせてくれたものだ。


 異世界のお決まりらしく、文明の発展が遅れ気味なファンタジアの世界において、戸籍なんてあってないようなもの。


 ただ、身分を証明できる物があるとないのとでは、生活のしやすさは随分と変わってくる。


 例えば、移動。


 ファンタジアの色々な場所を見て回りたいと言った俺に、フェイトさんが持たせてくれたのがこの身分証だった。


「――神官?」

「何か問題がありますか?」

「いえ、ただ――」


 俺の身分証を見て驚いた受付嬢。


 彼女曰く、どうやら俺の身分証は、聖職者の身分であることを示すものだそうだ。


 考えてみれば、神様に会って話したということは、神託を受けたとも言えなくもない……のだろうか?


 いや、今は冒険者の登録だ。


「えっと、登録はできませんか?」

「ああ、違います。登録には問題ありません。ただ、聖職者の身分の方で冒険者に登録されるケースは稀ですから」


 やっぱり、戒律とかで無為な殺生を禁じていたりするのだろうか?


 いや、基本的に放任主義らしいフェイトさんのことだから、気にすることでもないだろう。


 気になって聞いてみると、聖職者の身分を持つ者は、信仰系のスキルを保有しているらしい。


 その中でも代表的なのが回復魔法であり、信仰魔法を持つ人間がわざわざ命の危険のある冒険者になるケースは少ないそうだ。


 なるほど、回復魔法なら食うに困らないし、冒険者になるメリットは少ないだろう。


「登録には銀貨一枚をいただきます」

「現物でも構いませんか?」

「勿論です」


 登録料の代わりに、銀貨一枚分の宝石を取り出す。


 受付嬢さんは鑑定系のスキルを持っているようで、少し宝石を見つめた後に受け取りの記録を取る。


「冒険者証の作製に暫くかかるので、その間に冒険者についての説明は必要でしょうか?」

「お願いします」


 一応、冒険者について事前に調べているが、認識の違いや漏れがあってはいけないので素直に聞いておく。



 冒険者は魔物の狩猟や素材の採取、一般人の護衛などを請け負うことを生業としている。


 冒険者には階級があり、下から青銅、鉄、銅、銀、金、白金のようになっている。



 他にも細々とした規律を説明してくれたけど、俺に関係することはない。


 犯罪者として捕まれば資格が失効とか、今後一生ご縁のないことだと願いたい。


 そうやって受付嬢から説明を受けていると、俺の冒険者証が完成した。


「これが冒険者証です」

「ありがとうございます」


 受け取った冒険者証はドッグタグのようなもので、小さな板と首から下げるためのチェーンが付いている。


 質の良くなさそうな青銅の冒険者証だけど、ここから冒険が始まると思うとワクワクする。


「他にお力になれることはございますか?」

「これも買い取って欲しいんですけど、できますか?」

「拝見いたします」


 マジックバックからダンジョン攻略で白銀竜から貰ったポーションを取り出し、受付さんに渡す。


 ポーションの入った瓶だけで一財産築けそうな煌びやかなデザインだが、一体いくらなのだろう?



【アイテム名】上級ポーション

・最大体力の80%を回復する。

・部位欠損を治癒する。




 ダンジョンからようやく脱出した今、数日間は休みを取るつもりなので、ここで少し懐を温めておきたい。


 回復薬はメジャーなアイテムなので安いイメージがあるが、物の価値を知るためには丁度いいだろう。


 もし二束三文の価値しかないようなら、他の宝飾品を売ればいい。


「これは……精緻な装飾の瓶ですね。中身はポーションでしょうか?」

「そうです」

「……私では具体的な価値を判断できかねますので、別の者が査定を行います。少々お時間をいただけますか?」

「よろしくお願いします」


 番号の彫られた割符を渡され、ポーションを持った受付さんがどこかへ行く。


 一体、どれくらいの値段が付くのか楽しみだ。

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