第11話 ダンジョン踏破
どれだけの数、サイコロを振ったか覚えていない。
少なくとも数時間、もしかすると数十時間は投げていたのかもしれない。
耳にはサイコロの転がる硬質な音がこびり付いている。
永遠にも思えるような勝負だが、遂に終わりが来た。
俺の【フォーチュンダイス】か、それとも【激運】のスキルの効果が切れ始めたのか。
もう何度目になるのか分からない試行の末、今まで【6】しか示さなかった俺の【フォーチュンダイス】の出目が【5】になった。
――ここまでか
諦めかけたその時だった。
白銀竜の振ったサイコロが止まる。
その出目は【5】を示していた。
まだだ。
まだいける。
まだ、終わってない。
サイコロを振るう度、出目は小さくなっていく。
【4】
【4】
【3】
【3】
【2】
【2】
そして最後。
俺のサイコロは【2】を示し、白銀竜のサイコロは【1】を示した。
「……貴殿、名は?」
穏やかな声音で問いかけてくる白銀竜。
勝負の最中の威圧感が、まるで嘘のようだ。
「薄井 幸助」
「見事だ、幸助」
その言葉には屈託のない称賛と、勝者に対する敬意が込められていた。
しかし、長時間に及ぶ【フォーチュンダイス】の行使で、俺の体力は限界だった。
白銀竜の言葉を最後に、視界が暗転する――
***
掌に感じる柔らかい感触。
その感覚に目が覚める。
「ノア?」
目が覚めると、そこは第200階層だった。
そして俺の傍らには、相棒であるカラミティスライムのノアが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
『……!』
「おわっ‼」
俺が覚醒したと判ると、ノアが顔面に張り付いてきた。
息ができない。
だけど、それだけ心配されていたと思うと、少し嬉しかった。
「――ようやく目覚めたか」
「!」
『……』
苦労をしてノアを引きはがす。
どうやら、俺が起きるのを待っていたのはノアだけではなかったようだ。
振り返ると、そこには白銀竜の姿があった。
『……! ……‼』
「あっ、こら! ノア!」
「よい。そこのスライムは、目を覚まさぬ貴殿を案じていたのだ。これくらいの憤りは甘んじて受けよう」
怒りを滲ませたノアが、白銀竜に体当たりを仕掛ける。
だが、それを受ける白銀竜は大してダメージを受けている様子はない。
第199階層に出現するのモンスターなら、大半が一撃で沈む体当たり。
それを受けて無傷なのは、流石ダンジョンの支配者。
こんな存在と戦闘していたたかもしれないと考えるとゾッとする。
しばらくして、白銀竜への体当たりが無意味だと理解したのか、それとも疲れたのか、ノアが俺の下までやってきた。
そして、胡坐をかいた膝の上に収まる。
もう一度、心配させたことをノアに謝り、白銀竜と会話を再開する。
「勝負は俺の勝ちでいいんだよな?」
「勿論だとも。貴殿らは見事、私のダンジョンを攻略した。その功績を心より賞賛しよう」
負けたはずなのに、嬉しさを滲ませる白銀竜。
もしかして――
「試したのか?」
「言っただろう? これは試練だ。それに、試練がの失敗が死とは言っていない」
平然と言ってのける白銀竜。
あんなに脅したにもかかわらず、白銀竜に俺たちを害する意思は微塵も無かったらしい。
それどころか、試練への挑戦は何度でもできるようなニュアンスだ。
「有望な挑戦者を殺めてしまっては、次の楽しみが減るであろう?」とは、白銀竜の弁だ。
試合に勝って勝負に負けるとは、このことを言うのだろう。
「試練の是非など、もう良いだろう。さあ、勝利者への報酬だ」
白銀竜が何らかの魔法を使う。
すると、殺風景だった第200階層が黄金の光で埋め尽くされた。
その正体は、膨大な数の財宝。
金貨や銀貨、色とりどりの宝石が散りばめられた王冠、星屑のように輝くネックレス等。
宝飾品だけでなく、魔導書や武具など、ありとあらゆる宝が積み重ねられた山がいくつも姿を現した。
宝石の埋め込まれたこの金の指輪1つだけでも相当な価値があるだろう。
この空間にある宝の総額が一体どれほどになるのか見当もつかない。
「望むだけ持って行くが良い。貴殿は【アイテムボックス】が使えるだろう?」
「どうしてそれを」
「私は目が良いのでな」
白銀竜のお言葉に甘え、財宝を【アイテムボックス】の中に収納する。
ノアも気に入ったネックレスや宝石を俺に見せに来ては【アイテムボックス】に入れろとせがんだ。
ただ、【アイテムボックス】のスペースは、一部残しておくことにする。
例え収納量ギリギリまで詰めても、ここにある財宝の1%にすら届かない。
だけど、ダンジョンから脱出した時のことを考えると、余裕があった方がいい。
財宝の他にも、白銀竜が書いたという魔導書や武具、マジックアイテム、ポーションなどを貰った。
これだけあれば、残りの人生をノアと遊んで暮らせるんじゃないだろうか?
そう思ったけど、フェイトさんに見せてもらったファンタジアの光景が忘れられない。
魔法越しに見た心躍る世界の絶景は、今でも鮮明に思い出すことができる。
あの素晴らしい世界を見ることなく、町の中で一生を終えるのはとても勿体ない。
***
「――行くのか?」
「ここ以外にも、もっと色んな場所を見たいんだ」
「そうか」
名残惜しそうな白銀竜に別れを告げて、転移の魔法陣の上に乗る。
この魔法陣は地上へと繋がっていて、魔力を流し込むことで起動するそうだ。
「次は賽以外の勝負もしよう」
「それは……俺がレベル9999になっても厳しいんじゃないか?」
「なら、レベル【10000】を目指せばいい」
これは白銀竜からの「また来い」というお誘いなのだろう。
流石に白銀竜と同レベルになるには、俺の寿命が持たない。
ノアなら或いは、という感じだろうか?
「今度は俺がお土産を持ってくるよ」
「それは楽しみだ。……達者でな」
「白銀竜も」
白銀竜との勝負は勘弁だが、勝負抜きでならまた来たいと思った。
俺はこの世界でできた2人目の友人に別れの挨拶を交わし、魔法陣を起動させる。
そして、俺とノアはダンジョンから脱出した――
***
浮遊感の後、足の裏に地面の感触が戻る。
白く染まった視界に色が付く。
そこにはフェイトさんの見せてくれた、異世界の町並みが広がっていた。
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