【第2章】 湖畔キャンプ編 斉藤ナツ 2

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 途中で昼食を食べたり、スーパーで買い出しをしたり、気になったカフェを覗いたりしていると、キャンプ場に着くのが16時近くになってしまった。立地は結構な山奥ではあったが、道路がそれなりに整備されていたので、特に不安なく運転することができた。一部、道が細い区間があって溝に脱輪する可能性もなくはないが、慎重な美音なら大丈夫だろう。


駐車場に車を止めると、他に2台の車が止まっていた。一台は遠方のナンバー、一台はどうやら地元のナンバーのようだ。管理人のものかもしれない。


遅くなってしまったが、美音は何時に予約していたのだろう。


いつものくせで、チェックアウトの時間は確認していた。たしか、翌日の午前九時か、十時。けっこう早いなと思った記憶がある。だが、予約のプランを見たわけではないので、チェックインの時間は皆目わからない。最悪、お昼過ぎとかだったら、今の段階で大遅刻である。


もしかしたら、遅くなっているからと管理人から美音の番号に電話があったかもしれない。だとしたら申し訳ない。


今さら意味は無いが、心持ち早足でキャンプ場へ進む。


駐車場の途中で古びた看板があった。「白鳥湖キャンプ場」とかすれかけた字で書かれ、キャンプ場の全体図が載っていた。隅にはレトロな白鳥のキャラクターのイラストが添えてあるが、半分変色している。


受付の場所を確認し、ついでにテントサイトを確認する。受付の隣に林のイラストがあり、「林間フリーサイト」と記載があった。ふむふむと目線を進めると、林間サイトの奥に湖が描かれており、水辺を囲うように「湖畔フリーサイト」と書かれていた。


ほう。よいではないか。今日は湖畔キャンプで決まりだ。


表情が緩むのを感じながら駐車場を抜けてキャンプ場を進む。もう夕方と言っていい時間帯だったが、キャンプ場はまだまだ明るい。ロッジがポツポツと並ぶ奥に、ひときわ大きなウッドハウスがあった。玄関が開いている。あそこが受付だろう。


「すみません」と一声かけながら扉をくぐる。入って右手の古めかしい受付カウンターをのぞき込む。


「ネットで申し込んだ者なんですけれども・・・・・・」


すると少し間を置いて、奥から勢いよく男性が出てきた。筋肉質な体格と黒縁メガネがアンバランスだ。私を見てメガネ越しに安堵の表情を浮かべる。


「ああよかった。到着が遅れていたので、心配で・・・・・・」


「すみません」と頭を下げる。遅くなったのは私がカフェに寄ったりしていたせいだが、「スマホを忘れてしまって・・・・・・」の一言で片付けることにした。


「あ、道理で。携帯にも何度かお電話差し上げたんですが、お出にならなかったので、なおさら心配だったんです」


 やはり美音に連絡が行っていたか。しかし、休日出勤の上に、携帯に出る余裕もないとは。美容業界のことはよくわからないが、本当に転職した方がいいんじゃないだろうか。


「申し遅れました。管理人の白鳥です」


 彼はそう付け加えて人なつっこい笑顔を見せた。


「ご心配をおかけして、ほんとすみません」ともう一度頭を下げる私に、彼は軽やかに笑った。


「いえいえ。来てくださっただけで十分です。女性お一人ですしね。不安になられて、来られないのかと思いました」


 そういう女性客もいるのかと思いながら、「そのことなんですけど」と切り出す。


「もう一人、人数が増えてもかまいませんか? 女友達で、多分夜に来ると思うんですけど」


 管理人は驚いた表情を浮かべ、すぐに満面の笑顔になった。


「もちろん! 大歓迎です! ロッジの中は結構広いので大丈夫ですよ。ではさっそくご案内しますね」


「ああ、あとそれもなんですけど」


 カウンターを出て、ロッジにうれしそうに案内しようとしている管理人をまた遮って言った。


「申し訳ないんですけど、テントを持ってきていて」


 勢いをくじかれた管理人はきょとんとする。


「テントですか」


「はい。二つ持ってきているので、友人と二人で、湖畔サイトでお世話になってもいいですか?」


「ああ、湖畔サイトで・・・・・・。湖を見ながらと言うことですね・・・・・・。まあ、その、可能というか、できなくはないですけど・・・・・・」


 管理人の困ったような反応を見て、今日何度目かの自分のやらかしに気づく。


 いつもテント泊ばかりで失念していたが、ロッジ泊ならば、ベッドのメイキングなどの下準備があったのかもしれない。


もっと言えば、確認していなかったが、美音はグランピングよろしく食材つきのコースを予約していた可能性まである。確か予約サイトにそんなプランがあったはずだ。


その疑念は管理人の次の言葉で確信に変わった。


「では、お夕食も別でご用意に?」


 これはさすがに悪すぎる。「やっぱりいいです」と撤回しようとしたところで、管理人は「まあ、いいでしょう!」とまた笑顔を作った。


「確かに、景色は大切ですもんね。湖を見ながら、ご友人とお好きなお料理を食べてすごすのもきっと素敵ですよ」


「いいんですか? その、食材費とか・・・・・・」


「いいんです。いいんです。そんなこと。どちらにせよ、ご友人の分は用意していませんでしたし」


管理人は爽やかに笑う。


「もう一人いらっしゃっている方がいますので、その方のお食事を豪華にさせていただきます」


 あまりの好対応に、管理人の笑顔をまじまじと見つめる。


管理人には苦い思い出があるので、キャンプ場では管理人を一際、注意して観察するようにしている。しかし、メガネの奥でにっこりと微笑む管理人からは下心も悪意のかけらも見いだせなかった。実に自然な笑顔だった。


「すみません。お世話になります」


「いいえ。いいえ。お時間まで自由に楽しんでください。」


 そうだそうだ。チェックアウトの時間を確認しておかなければ。


「ありがとうございます。十時でしたっけ?」


「いえ、九時ですよ。お時間になりましたら、お声がけしますね」


 チェックアウトは午前9時か。比較的明日の朝は比較的急がないとな。


荷物を運ぶのを手伝おうという管理人の申し出を笑顔で固辞して、受付を出る。


今日はミスが多くてなんとも気分が落ちる。気を取り直してキャンプを楽しむことにしよう。


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