【第1章】 林間キャンプ編 岸本あかり

 管理人が目を覚ましたのは、朝方の、私がちょうど朝食を終えたところだった。


 私を視界に捉えた管理人は身を起こそうともがいたが、私の手持ちのパラコードで両手両足は何重にも縛られていた。さらに、ジープに積んであった虎ロープで全身を木の根っこに縛り付けられており、土壁にひっついた蛾のさなぎのようになっている状態だったので、ピクリとも体は動かせていなかった。何やら叫ぼうとしている様子だったが、口には手頃な薪を突っ込み、その上から布で猿ぐつわをしていたので、なんかもごもご言っているぐらいにしか感じない。


 私はしばらく食後のコーヒーをすすりながらその様を観察していたが、それもすぐに飽きてしまい、寝袋とテントの片付けに移った。




 昨日は意識を失った管理人を縛り付けたあと、予定通りひしゃげたテントで宿泊した。


 仮にも命のやりとりをした直後ではあったが、割とすんなりと眠りにつくことができた。まあ、もともと寝付きはいい方だ。




 キャンプ道具をまとめて車に運ぶ。体の節々が痛いので、昨日と同じく一回で一気に運ぶ気にはなれず、何回かに分けて運んだ。特にポールが変形したテントはカバーに収まらず、両手で抱える羽目になった。その際は、呻いている管理人に通りすがりに蹴りを入れた。


 最後の一回を運ぶとき、管理人が一段と激しく暴れ出した。何か言いたいのだろうが、全く興味が無い。無言でサイトを出ようとして、ふと思い直して振り返った。


「あ、夜は冷えますよ。ニュースだと来週からは氷点下切るらしいですし」


 管理人の目が絶望に染まるのを見ながら、私は続けた。


「どうせあなたも、友達いないんでしょ」


 それだけ言うと、私はさっさと車に乗り込み、キャンプ場を後にした。




 行きと同じ砂利道をがたがたと揺れながら進む。


 ロッジに着くと、管理人のポケットから見つけた鍵で中に入った。




 彼女の声はもう聞こえない。




 管理人を倒した直後、彼女は私に「頼み事」を改めて伝えた。


ロッジのクローゼットの中に、彼女の生前のザックがあり、内ポケットに預金通帳があること。妹を探してそれを渡してほしいということ。


 そして、自分が死んだと言うことは、絶対に悟らせないでほしいこと。




 この最後の頼みが一番困難だろう。まあ、できる限りのことはしよう。


「ザックの中に入っているものは、あなたにあげるわ」とも言っていた。その後、私には彼女の姿も見えなければ、声も聞こえない。私が危機を脱したことで、「同じ境遇」であるというペアリングが切れたのか、それとも、頼み事を伝えただけで安心して成仏したのか。後者であるならば、少々私を信用しすぎではないだろうか。


 カウンターに私の名前が書いた予約表があったので、剥がしてポケットに突っ込む。管理人が死のうが生き残ろうがどうでもいいが、この情報を元に私に影響が及ぶ可能性は消しておきたい。


 そのまま奥に向かいかけて立ち止まる。


 仮に生き残った場合、管理人はまたここで兎を待ち続けるのだろうか。


 私は、カウンターに戻り、固定電話の受話器を上げて110番にダイヤルした。つながったことを確認すると、そのまま切らずに、受話器をカウンターに置く。少し迷って、ポケットに入れた予約表を取り出し、カウンターに置いた。


 ザックはすぐに見つかった。開けると、まず財布が目についた。ほとんど金は入っていなかったが、免許証が出てきた。


 岸本あかり。


 それが彼女の名前だったようだ。顔写真を、こんな顔だったのかとしげしげと見つめる。少し切れ長な、意思の強そうな目をしていた。


 財布を元に戻すと、内ポケットを探した。手探りではなかなか見つからなかったので、ザックをひっくり返してガサガサと揺する。思ったより重い。小物がぽろぽろ落ちてくるのに混じって、パサリと目的の貯金通帳が落ちてきた。ほぼ同時に、奥で引っかかっていたらしい、ひときわ重い荷物がゴトリと落ちた。


 拾い上げてみると、使い込まれてきたことが一目でわかる、古びたCanonの一眼レフだった。


 




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