【第1章】 林間キャンプ編 斉藤ナツ 9
位置はわからない。でも気配で感じる。管理人はもうさっきの隙に土壁を登って、上の林に入ってきている。そして、確実にもう私は見つかっている。なのに、私は今、自分がどちらの方向を向いているのかもわからない。
私はゆっくりと体を起こし、震える足で立ち上がる。
私には、使う角も、蹄も無い。ナイフだって落とした。
何の音もしない。だが、どこからか、すぐ近くで銃口が私に向いていることだけはわかる。
私はかすれた声で、どこにいるかもわからない相手に向けて、暗闇に叫んだ。
「お願い! なんでも言うことを聞く! 言うとおりにするから・・・・・・!」
私の情けない声に、管理人が嘲笑するのを感じた。
お前に言ってねーよバーカ。
私に残された、あらゆる手段を尽くして、抗う。
文字通り、「死力」を尽くして。
「だから、私の『目』になって!」
暗闇の中、私にだけ聞こえる声が響いた。
『あなたの右後ろ』
私は瞬時に身をひねりながら、腰を落とし、右後ろの方向に向かって一眼レフのシャッターを切った。
パシャ!
最大出力のフラッシュが、すぐ背後で暗視ゴーグルをつけて猟銃を構えていた管理人の姿を照らし出す。突然の光を暗視ゴーグル越しに捉えた管理人の体が、一瞬ぐらりと揺れたのがわかった。
次の瞬間、頭上で構えた一眼レフが爆発音とともに手から吹き飛んだ。
体には、弾丸が当たっていないことはわかっているのに、反射的に全身が硬直する。
まずい。次が来る。動け!
ガチリと金属音が鳴った。引き金ではない。銃身を折って弾を装填する音だ。
全身の筋肉を無理矢理奮い立たせ、私は叫び声を上げながら思いっきり管理人に向かって突進した。
鈍い衝撃とともに、管理人とともにもんどり打って倒れるそうになる。あわてて地面を着こうとした両手が、宙を空振りした。自分が土壁の上からサイトに向かって、回転しながら落下しているのに気づいた瞬間、背中が地面に激突した。一瞬呼吸ができなくなる。
『立って。あいつも落ちた。もう立ち上がりかけてる。』
私は手をばたつかせて身を起こした。両手がほんのり温かい水たまりに触れる。たき火の跡だ。
『右手をのばして。武器があるわ。左側にも』
言われるがまま両手を動かし、武器を探り当てる。
『あいつ、銃を落としたみたい。でも、すぐ近くに落ちているのに全然気づかないわ。』
ガサゴソと管理人が手探りで銃を探す気配がする。フラッシュの光で暗視ゴーグルがイカレたのか。
暗闇の世界にようこそ。見えないって不安でしょ。
でもあいにく、私には目があるのよ。
「方向は!」
『正面。突っ込んでくるよ』
私の声に反応した管理人が突進してくるのがわかった。私を掴もうとがむしゃらに振り回す両手が空を切り、頬に風を感じた。
『今』
私は右手に握ったペグハンマーを頭上に掲げ、大きく振り下ろした。管理人の頭部にヒットする。しかし、軽量化を突き詰めたキャンプギアはあまりに軽い。引き戻す前にがしりと手首を掴まれる。管理人がにやりと笑ったのがわかった。
その顔面に向かって、左手に握った、ただ重いだけのスキレットを思いっきり叩き込んだ。
男の体が揺れて膝をつく音がする。自由になった右手も添えて、再びスキレットを振るう。空振り――
『もうちょっと右』
ゴン。三度振るったスキレットが管理人の頭に直撃して、普段耳にしないような音を出した。管理人の動く気配がなくなった。その頭めがけて、同じ軌道で再度スキレットを全力で振り下ろした。
ひときわ鈍い音がサイトに響いた。どさりと男が横倒れになった音がした。私は管理人が起き上がってこないのを確認すると、衝撃でわずかに振動する鉄板を、2本の指ですっと押さえて止めた。
初めて、このスキレットに愛着を感じた。
手探りでライトを探り当て、サイトを照らし出す。ひどい有様だった。私の自慢のテントは、上に管理人が落下したのであろう。ポールが大きく変形してひしゃげていた。
それを見た私は、踵を返して管理人のもとに戻ると、今度は股間めがけてもう一度スキレットをたたき込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます