第16話
智也も含めて、この世界で生きるもの全ては、運命から解放された。
運命とは、大層な言い方だが、要はある程度決められたレールが敷かれた上を通され、ごく稀に重要な分岐点にさしかかった時に、神様からの助言が得られる程度のもの。
人だけで何十億という運命のあるモノ全ては、神様でも把握できない。
まして科学が発展し多様性が増えた現代で、行き着く先を操作するなど、もはや神の手にすら余る。
神様も万能ではなかったのだ。
間違うこともある。
だから私は一度、人を、生きるモノ全てを捨てようと思った。
智也はうまく立ち回っていると思う。
ある程度先がわかっていることもあり、自分に必要なモノや大切なモノを失わないように立ち回っている。
幼馴染を救った時も、タロウを迎え入れた時もそうだった。
運命を変えようと、足掻いた結果で変わっていった未来だった。
ここからは、私がみてきた智也のことを、少しだけ話そうと思う。
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智也が10歳の頃から、智也の父の体調がすぐれない日が多くなる。
前は、ただ疲れが出ているだけだ、そう言って家族全員がその内よくなると思っていて、病気の発見が遅れ、2年後に亡くなってしまったのだ。
しかし、今回は違う。
10歳の頃から、智也は父に病院を勧めていた。
子供の涙というものは、いつの時代でも最強の落とし文句なのだろう。
智也が涙を流して「病院に行ってくれ」と頼み込んだら、病院で検査を受けたのだ。
結果は、完全な黒。
もう少し発見が遅かったら助からなかったかもしれない、と医者から告げられ、入院と治療が始まった。
家族からどうしてわかった?と問われる智也は「夢で教えてもらった」と返している。
子供の不思議な体験、もしくは祖父母が教えてくれたのだ、ということで、話はおさまった。
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「お父さん、間に合ってよかったね」
私は、智也の部屋で、学校の宿題をしている智也に話しかけた。
「あぁ」
智也は算数の計算式を解いていて、手はとめなかった。
「これができなかったら、戻ってきた意味がなかったからな」
実際、危ういところだった。
疲れているだけ、と思っている父を、子供が説得して病院に行かせるのは難しい。
しかも理由が、前の世界であなたはこの病気が原因で死んだんだ、と告げれば、もうそれは頭がおかしくなったと思われても仕方なかっただろう。
根気よく、言い続けることで、智也は父を病気から救ったのだ。
「………ありがとな」
ぼそっと智也言ったのを、私は聞き逃さない。
「お礼はちゃんと目をみて言わないとだめなんだぞ」
得意げな顔で私は言った。
「やだよ」
「なんでよ」
「負けた気がするからだよ」
「何によ?」
「お前にだよ」
そう言って、智也は宿題をしている手を止めて、振り向いた。
「その勝ち誇った顔がなんかむかつく」
ジト目でこちらをみる智也は、その表情に比べて口調は穏やかだ。
「まぁ実際、私のおかげであるのは変わりないからね」
「そうだから、なおさら嫌なんだよな」
「なによそれ」
私は、不満そうに頬を膨らませた。
それをみて、智也は鼻で笑う。
とりあえず一発頭を叩くことにした。
「痛い!!」
智也が小さく声を上げて、抗議の目線を向ける。
「おまえって言ったからよ」
「お…」
もう一度お前と言いそうなった智也に、握られた拳を見せる。
次はグーよ、と暗に伝えると。
「お………主……」
といつの時代の人の俗称だ、という言い方で、智也は言った。
「暴力反対だ……」
「はいはい、ごめんね」
叩いた手を振って、素直に謝ると、智也は一拍おいて。
「ありがとな」
と、今度はちゃんと目を見て言った。
よくできました。
私は、笑顔でうなづくと、改めて仲良くなったな、と実感した。
智也とこの世界に来て、12年。
本当に仲良くなった、と思う。
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それから6年。
18歳になった智也は、あの日に救った幼馴染と付き合うことになった。
それはもう、みているだけでめんどくさくなるような、少女漫画のようなすれ違いや駆け引きがあって、思わず口出ししてしまった。
もう卒業を迎える高校3年生の冬。
教室の後ろの黒板には、デカデカと『卒業まであと13日』とカラフルなチョークで描かれたカウントダウンと、桜の木が描かれている。
誰もいない教室で、智也は一人だけ残っていた。
部活動中の生徒が校庭を走り、帰宅を急ぐ生徒の喧騒が、どこか寂しい。
「この腰抜け」
私は、外の寒さにも負けない冷たさで智也を罵倒した。
まるでゴミをみるような視線で、席に座る智也を射抜いている。
「………」
智也は何も言い返してこない。
「誰かに獲られていいの?」
「………そんなことない」
「だったら、ちゃんと言わないとだめじゃない?」
「………」
煮え切らない智也に、正直うんざりしていた。
こんなヘタレだったか?
「神様に向かって楯突く度胸あるくせに、何をびびってんのよ」
「あれは、そうしないと変えれなかっただろ」
智也は、どこか遠くをみるような感じだ。
これとそれ、未来を変えようとすることに、何が違うというのだろうか?
動かないと変わらないことに、何が違うというのか。
「良い方向でも悪い方向でも、今が壊れてしまうのは…」
怖いんだ、と。智也はきっとそう続けたかったのだ。
どこか智也は満足してしまっている。
人生をやり直して、幼馴染の死と父親の死を回避して、今の環境が壊れないように、細心の注意を払っている。
そうか。
幼馴染の死も父親の死も、智也にとっては今を壊す外部の力だったから、立ち向かったのだ。
それが逆の立場。
今を壊すのが自分になった途端に、臆病になってしまったのだ。
「智也」
私は。
「もう私には先をみる力はないけれど、きっと大丈夫よ」
臆病に殻に閉じこもってしまう智也は、好きではない。
「まだ間に合うでしょう?今からでも追いかけたら、追いつけるじゃない」
あの日、私を押しのけて駆け出して、未来を変えようとした智也を好きになったのだ。
「あんたは未来をいい方向に変えられる。私が保証するわ」
「なんだよ、それ。なんかの宗教かよ」
「もう忘れた?こう見えても神様。神様のお墨付きなんて、そうそうないわよ」
私が笑うと、智也もつられて笑った。
智也の表情は、先ほどまでとは全然違う。
もう決めた表情に変わっていた。
「万が一失敗したら、慰めてくれよ」
「ええ、その時は責任持つわ」
智也はカバンを持って、教室から出て行った。
しばらくして、校庭って校門を抜けていく智也の姿が、教室の窓から見えた。
大丈夫だ。
側から見ても、幼馴染の美咲と智也はお似合いだし、両思いであることは明白だ。
「大丈夫よ……私が保証するわ」
私は、窓の外に向かって、小さく呟いた。
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