第15話


「自分のことながら、まったく融通がきかない奴ね」

 死神の声がした。

 俺の後ろから、死神が近づいてくるのが、足音と声でわかる。

「まだ彼に付き纏っていたのですか?」

 神様が、死神の方を見て言った。

「こいつの願いだったからな、仕方ないじゃない」

 死神は鼻で笑っていった。

「ねぇ、その|運命とやらから、人を解放してみない?」

「なぜですか?」

運命さだめから解放してやった方が、面白いからよ」

「何を言っているのか、わかりませんね」

「わからないでしょうね。でも、そうしないと、あなた後悔するわよ」

 死神は、自分がたどってきた未来を思い出して、言っていた。


「もう気づいているんでしょ?失敗したって」

 死神は俺の隣に立った。

 神様をみる死神の表情は、哀れみに包まれている。


 神様は、死神の言葉に答えない。

 図星だったのだろう。


「見えてるんでしょ?もう救いようがないって。この先、世界が美しくなることはなく、むしろ使い物にならなくなるほど汚れ、ボロボロになっていく。挙げ句の果てに、人はこの世界を捨ててしまうのよね。自分たちが汚したくせに」

 死神が、俺を見た。

 その目は、あの日の朝に、人に絶望したことを告げた時と同じ目だった。

 だから私は、人をあの世界から捨てたのよ、そう死神は言っている。


「だからね、もう|運命とか言って、管理するのやめた方がいいわよ」

 そういう死神の目は、諭すような目だった。

「そんなことはない。まだ道を示せば、人は世界は立ち直るはずです」

 神様の言葉は、自分に対して言っている。

 まだこの時の神様は、人に絶望していない。僅かな希望を持っているのだ。


「無駄よ。だって人は、自分たちが間違ってるなんて思ってないから」

 そう、死神は言い切った。

「未来がわからないのだから、今の行いがどうなるかなんて、大多数の人にはわからないわ。多少気づいている人はいるけど、それを証明するには実際に起こってみないとわからない」

 死神は静かに首を振った。

「彼を見て。あなたに彼の未来が見える?正確にはもう見えなくなったでしょ?」

 死神に言われた神様は静かに頷いた。


「そうでしょうね。私にももう見えないわ。だって彼は、何度も違う行動をしてきたのだから」

「だからどうしたというのですか?」

「神様にも未来を分からないようにしない?って言ってるのよ」

 死神は神様に提案した。


「ねぇ神様?もう一度提案するわ。人を|運命から解放してみない?わからない未来を人に与えて、どうなるかワクワクしながら見守るの。そうすれば、きっとあなたは人を好きなままでいられるわ」

 死神は笑っていた。

 それができなかった自分の過去を変えようとしているのだ。


 神様にも死神にも、どこの誰が、何かをしたから、運命が変わる、ということまでは分からない。

 どこで道を誤ってしまったのかわからない。

 だから、死神は最初からやり直そうと思ったんだ。


「それを、今ここから始めろ、と言いたいのですか?」

「そうよ」

 死神と神様はお互い沈黙した。

 神様が先に口を開く。

「|運命から解放したら、確実に未来は変わるのかしら?」

「変わるでしょ。死ぬと決めた人間が生きるのだから。少なくとも、もう私たちが知っている世界から変わるわ」

 神様が死神を見つめる。

 そして吹き出して笑った。

「いいわ。そうしましょう。いい加減私も疲れていたのよ」

 神様の口調がくだける。

「もう導こうと頑張るのもやめるわ。運命さだめと言って縛るのも、先をみて絶望するのもやめる」

 神様が神様をやめる宣言をした。


「なるように任せましょう」

 神様がそう言うと、世界が少しずつ動き始める。

 死神が、こちらを見て笑ったのを、俺はみた。


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 母親に手を引かれて、美咲は歩いていた。

 本当は、智也くんといくはずだったお祭りに向かって。

 来る途中に会った智也くんの母は、智也くんを来させると言っていたが、そういう形で智也くんとお祭りに行きたいわけではなかった。


 美咲は母親に逆らって立ち止まった。

 交差点の手前。

 美咲の母親が、どうしたの?と美咲に聞いてくる。

「お母さん、私、やっぱり智也くんとお祭りに行きたい」

 美咲が言った。

 本当はこのまま手を引かれてお祭りへと向かっていたはずの道を立ち止まり、別の道を進もうと思ったのだ。

 美咲の母親は、そんな娘の言葉に優しく微笑んだ。

「じゃあ、智也くんのお家に呼びに行こうか」

 娘にそう言った時、後ろから奇声をあげて転がり落ちてくる男の子がいた。


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 夏休みがもう終わる。

 俺は、予定通り父にねだり、2学期の成績表を全て『大変よくできました』の花丸をもらうことを条件に、タロウを飼うことを勝ち取った。

 タロウをリビングで撫でていると、死神が話しかけてきた。

「この子がタロウか」

 死神がタロウの鼻を触った。

 タロウには死神が見えているのだろう、鼻を触る死神の手の匂いを嗅いでいる。

「そうだよ、かわいいだろ」

「そうね」

 そういう死神の手には、もう大鎌はなくなっていた。


「なぁ、まだついてくるのか」

「そうよ、あんたがそう願ったからね」

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