第12話

 7歳になって、小学校の入学式を迎えた。

 入学式の日も、家族の他に、死神は一緒にいた。


 校門に祝小学校入学の看板の隣で、俺は両親と妹と一緒に、今まで着たことがない硬っ苦しい晴れ着を着て、記念写真を撮ろうとしていた。

「なぁなぁ、私はどこに立てばいい?」

 死神が無邪気に聞いていくる。

 鬱陶しい。

 幼馴染の父親がシャッターを押してくれる記念写真に、死神は俺の真ん前で仁王立ちの決めポーズで映り込んだ。

 まぁどうせ、俺にしか姿はみえないのだから、真ん中で写ろうが端っこで写ろうが関係ないのだが。

 最近主張が激しくなってきた死神に呆れていると。


「ねぇ、智也くん」

 幼馴染の美咲が声をかけてきた。

 黒髪のショートヘア。右目の下に泣きぼくろがある、かわいい幼馴染。

「一緒に写真撮ろう」

 そういうと、彼女は俺の手を引いて、また校門の前へと戻っていく。

 死神は、この時ばかりは遠慮して、微笑ましいものでもみるような目で、俺たちをみていた。

 父が、校門前に並ぶ俺たちをカメラのレンズに収め、「撮るよう」と声をかけてくれる。

「はい、チーズ」

 という父の古臭い掛け声と共に、俺は最高の笑顔でピースをした。


 俺は知っている。

 来年。

 何もしなければ。

 彼女は、交通事故で死んでしまうことを。



 入学式から一年が過ぎ、さらに6月を迎えた。

 6月は俺の、一条智也の誕生日が巡ってくる。


 8歳となってしまう。

 俺の人生でやり直したいことの一つ目がやってくる年だ。


 こういうタイムパラドックスには、過去を変えると不思議な力が作用して、もともと起こるはずだった事態と同じ結末になるように戻る力が発生する。

 そういうモノだと、いろいろな小説や物語で語られていたが、どうもこの世界では違った。


 例えば、前の記憶では庭で遊んでいた時に転んで、縁側で頭を打って3針縫ったことがあったのだが、やり直した今の世界では、その日に庭で遊ばない選択を俺は選んだ。

 そうしたら、俺は怪我をすることもなく、血が止まらなくて泣き喚くこともなかったのだ。


 このことを死神に確認すると。

「当たり前でしょ。それがあんたの選択だったんだから」

 さも当然のように言った。

「神様もそんな些細な差異なんて、いちいち修正したりしないわ」

「そんなもんなのか」

「神様も忙しいのよ」

 死神は、興味なさげに答える。

 俺のやり直したいことなど、どうでもいいことなのだろう。


 小学生になって、俺には自分の部屋が与えられた。

 2階の角部屋、窓を開ければ街が見渡せる、この家で一番景観のいい部屋だった。

 妹もこの部屋がいいと言っていたが、じゃんけんで負けてしまったのだから仕方ない。

 自分の部屋を与えられたことで、俺は死神とよく話すようになった。

「どうしてずっと付き纏ってるんだよ」

「あんたがそう願ったからじゃない」

「俺が?」

「そうよ。お前と一緒にって言ったのは、あんただからね」

 確かに俺は、願い事をいう時に、そう最後に付け加えていた。

 願いごとを叶える力は、とても忠実だったようだ。

「まぁ私も不本意でしかたないけどね」

 そういう死神の顔は、不本意そうではなかった。



 小学校が夏休みに入り、街は間近に迫った夏祭りの準備に賑わっている。

 商店街の店先には、夏祭りの開催を告げるポスターが貼られ、青年団が祭囃子の練習で軽快な笛の音や太鼓の音を奏でている。

「ねぇ、智也くん」

 学校の友達と遊んだ帰り道、先を歩いていた美咲が振り返って言った。

「明日のお祭り一緒に行こうね」

 美咲は笑顔だった。

 ここまでは、以前の記憶と同じだ。

 俺は、あの時、二つ返事でOKと言って、毎日欠かさずやるといっていた夏休みの宿題をサボっていたことが母にバレ、約束の時間に間に合わなかったのだ。

 約束の時間に来なかった俺を迎えに来ようとして、美咲は事故に巻き込まれた。

「明日は……」

 俺は自分の喉がカラカラになっていくのがわかった。

 宿題も完璧に終えているし、もしものことも考えて、体調管理も万全に整えている。

 だから、あとは祭りに時間通り行けばいいだけだ。

 そうだ、それだけで変わるはずだ。

「ダメだ」

 俺は、美咲の誘いを拒絶した。

 美咲の表情が一瞬で陰る。

「お前も、祭りなんて行くな」

 そう言って、俺はその場から駆け出した。

 そうだ。

 祭りなんて、そもそも行かなければいいんだ。


 部屋に戻ると、死神がいた。

 いつも無駄に笑顔だった死神は、ここ最近とても無表情だ。

「死にそうな顔ね」

 死神が心配するように言った。

「うるさいな」

 俺は冷たく言った。

 死神が死にそうな顔の人間を心配するなんて、こんなおかしなことがあるか。

「なぁ、俺の選択で未来は変わるんだろ?」

 俺は改めて確認する。

「そうね、未来は変わるわ」

 死神の表情は変わらない。

「なら大丈夫だよな!?」

 俺はすがるような気持ちだ。

 もうこの声は叫びに近い。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

 気がつくと、妹が部屋の間に立っていた。

 突然叫び声をあげた兄を心配してやってきたのだ。

 俺は、まだ興奮したままの状態で、少し震えながら妹に振り返る。

 妹は、そんな兄を見て少し怯えていた。

 それを見て、俺は深呼吸をする。

 落ち着け。

「ごめん、ちょっと嫌なことがあったんだ」

 平静を取り戻して、俺は言った。

 大丈夫?と心配してくれる妹は、俺の服の裾を掴む。

「大丈夫だよ」

 俺は、自分に言い聞かせるように、妹に答えた。

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