第11話
生まれ変わったあの日、満足に体を動かすこともできない赤ん坊の姿で、死神と神様が喧嘩をしているのを、ただただ見守るしかなかった。
「うるさい、こいつはこの世界の者ではない。おまえ……にとやかく言われる筋合いはない」
大鎌を手に持ち、今まさに俺の命を刈り取ろうとしている死神は、対面の神様を冷酷に睨みつける。
「筋合いも何も、私の世界に生まれてきた者を、
神様は穏やかだが、その声は怒りに震えている。
まるで氷と炎がぶつかりあっているようだ。
「あ、だぁ!!」
俺のために争わないでくれ!と精一杯の気持ちをこめて、俺は声をあげた。
まぁ言葉にはならないのだが。
その声を聞いて、死神はさらに冷たい目をこちらに向けてきた。
視線で人が殺せるのなら、俺はすでに死んでいたかもしれない。
死神は無言で、振りかぶっていた大鎌を振り下ろす。
赤ん坊の俺は、一直線に胸に向かって振り下ろされる大鎌を、ただ見守るしかなかった。
「えい!!」
神様が指先から、白い光を俺に向けて放った。
体が光に包まれる。
振り下ろされた大鎌は、光によって弾かれた。
これは、もしかして神様の加護的なやつか?
「もうあなたは、この子に手出しはできないわ」
神様が死神に向かって言った。
忌々しい、と死神が歯軋りしながら、神様を睨みつける。
「諦めて自分のいるべき場所に帰りなさい、死神さん」
神様はそういうと、白い光に包まれて消えていった。
その消えていく様を睨みつけていた死神は。
「あれが……私だったのか……」
怒りと驚愕と信じられない、といった複雑な表情で、ぽつりと呟く。
確かに、想像できない。
目の前の死神は、どうひねくれてしまったのか。
憐れむような視線を向けると。
「くそ!くそ!!くそーーーーー!!!」
と死神は、大鎌を何度も俺の体に振り下ろしてきた。
もちろん、その全ては白い光によって弾かれるのだが。
この時から、俺はずっと死神に付き纏われるようになった。
どこにいく時も、死神はついてくる。
大鎌を持った白いワンピース姿の死神は、ずっと隣を歩いている。
「なぁなぁ、今日はどんな本を買ってもらったんだ?」
死神が興味津々で聞いてくる。
5歳となった俺は、ある程度文字も読めるようになった。
いや、正確にはもともと読めるのだが、変なことにならないように、わからない
他の子供たちと同じように、ただ周到に大人になったら必要になることは、できるだけ子供の頃に習得できるように努めてはいる。
おいおい英語やピアノ、何かしらのスポーツも習っておこうとは思っているが、まだ5歳の俺は、習い事で日常を埋めるよりも、家族との時間を満喫することを優先していた。
今日は、両親と3歳になった妹と一緒に、ショッピングモールに買い物に行ってきた。
消耗品の買い出しで、特別な物を買いに行ったわけではないが、両親が帰りに絵本を買ってくれたのだ。
「おいー、無視するなよー」
死神が背中から抱きついて、絵本をのぞき混んできた。
うざい。
死神はあの日以来、ずっとまとわりついて離れない。
「やめろ、ここで話しかけるな」
俺は小声で答える。
今は、リビングにいる。
両親はすぐ近くのダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいて、妹は買い物に疲れてお昼寝中だ。
この死神は、俺にしか見えていない。
前にリビングで、この死神と会話をしていると、両親がドン引きしていたのだ。
あやうく除霊的なことをしよう、というところまで話が発展した時は、本気で焦った。
「音読してくれたらいいだろう」
死神はぶーたれながら、要求してくる。
意外な事実なのだが、死神は文字が読めなかった。
言葉はどんな言葉でもわかるのだが、文字になるとどうも読めないそうだ。
「美月が起きるだろ」
俺は首を振って拒否をする。
隣のソファで幸せそうに寝息を立てる妹を起こすようなことはしたくなかった。
「また今度、誰もいなくなった時に読んでやるよ」
そう小声でいうと死神は、つまらんわー、と言って離れた。
もう人生をやり直して五年。
ずっと一緒にいると、こいつが死神だということを忘れてしまいそうだ。
まぁもとは神様なんだが。
たまに喧嘩をして、大鎌を振り回すが、あの日に授けられた神様の加護が、今も俺を守ってくれている。
死神もさっさとどっかに行けばいいのに、何が楽しいのかずっと俺のそばを離れなかった。
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