第8話

 夕日に後押しされ、家へと向かう。

 智也とタロウの影は長く伸び、並んで歩いていた。

 地方の街でもあり、人は少なく、車も滅多に通らない。

 報道では、深刻な過疎化が進んでいるようだが、それはこの街に限ったことでなく、全国的にみて人の数は少ない。


 住み慣れた家は、丘の上にある。

 古い作りの木造建築の一軒家で、父が生前に残してくれたものの一つだ。


 家の中に入ると、電気はついていなかった。

 当たり前か。


 この家に住んでいるのは、智也一人だけだ。

 父を5年前に亡くし、親戚のおじさんを後継人にして、この家と多少の不動産等の収入で一人暮らしている。

 大学に進学する際に、この家を取り壊してしまう話も出たが、父と暮らした家を潰す気にはなれなかった。


「わん!!!」

 真っ暗な玄関で、立ち止まっていると、タロウが吠えた。

「ああ、ごめんな。おまえも一緒だな」

 タロウは俺が8歳の頃に、父に連れられてやってきた柴犬だ。


 それから10年。

 まだ仔犬だったタロウは、もう今ではおじさんの域に至っている。

 当時の俺にとって、どれほどタロウの存在が大きかったことか。

「ごはんにしよう」

 タロウの足を拭いてやり、一緒に家の中へと入っていった。


 リビングに入り、テレビをつける。

 報道番組では、まだ神様からのギフトの話題が続いていた。

 AI音声と、合成キャラクターのナレーターが、ニュース記事を読み上げる。

 神様がこの世界に現れてから半月が過ぎて、まだ誰も願いが叶ったということが立証されていない。

 ただ、多くの人が願いを決めかねているのも事実で、一つに絞ろうとするとどうしても躊躇ってしまうのだろう。

 俺自身も、願いを決めていない。

 ただ、これほど人が少ない世界で、願うことなんて何もない、というのが正直なところだ。

 叶ったところで、その後どうするんだ?と思ってしまう。

 それほど、この世界にはもう希望や未来といったものが、見えなくなっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その夜、夢をみた。

 暑苦しく、寝苦しい夜で、ベッドで何度も寝返りをうって、やっと眠りについた。


 その夢は昔の記憶だった。

 父の手を握って、街を歩いている。

 父は黒い喪服を着ていて、商店街の中を歩いている。

 俺は、着なれない白い長袖シャツに黒いパンツを履いていて、泣いていた。

「泣くな、智也」

 父がやさしく語りかける。

「泣いてたら、あの子も天国にいけないだろう」

「………」

 父の語りかけに、幼い俺は答えられない。

 泣かないように我慢していたのが、帰り道で我慢ができなくなってしまったのだ。


 頭を撫でてくれる父は、側からみたら、泣く息子にオロオロしているように見えていたと思う。

 俺の幼馴染の女の子が亡くなったのだ。

 交通事故だった。

 これはそのお葬式の帰り道の記憶だった。


 葬式が終わり何日も日が過ぎたが、幼い俺の気持ちは曇ったままだった。

 いつも一緒に遊んでいた子が、急にいなくなったのだ。

 その現実が受け入れられないでいる。


 気持ちが沈んでいた幼い俺のために、父が一匹の芝犬をもらってきた。

 茶色い毛並みに、好奇心旺盛なのか落ち着きのない柴犬の子供は、すぐに俺に懐いた。


 それがタロウとの出会いだった。


 その後はタロウと一緒に過ごすようになった。

 初めて一緒の布団で丸まって寝たり。

 散歩に行ったり、川遊びをしたり。

 買い食いがバレて、父に怒られたりなど。

 色々な思い出が走馬灯のように、流れて行った。

「タロウ」

 俺はその記録映像のような走馬灯に声をかける。

 止まることなく流れる記憶からは、返事がない。

 それもそうか。

 思い出の中に話しかけたところで、見返りなどなにもないのだから。


 しかし。


「はい!!!」

 と返事が返ってきた。

 驚いて振り返ると、夢の中にタロウがいた。


 行儀良くおすわりをしている。

「タロウ?」

「はい!!!」

 聞き間違いかと思ってもう一度名前を呼んだら、また返事があった。

 タロウの声だった。

「おまえ、しゃべれるのか?」

「神様にお願いをしました!」

 そういうとタロウはこちらへ歩みよってくる。


「神様に智也さんと話せるようにしてください、と頼んだら話せるようにしてくれました」

 なんて、神様だ。

 人と動物が喋れるようにするなんて、本当に奇跡だった。

「喋れるようにって」

 そんなことで、タロウは一回の奇跡を使ってしまったのか。

「智也さん、今までありがとうございました」

 タロウのつぶらな瞳が、俺を見上げている。

 舌をだして、荒い呼吸をしているが、タロウはおすわりの姿勢を崩さない。


 そこから、タロウは出会ってからのことを話し始めた。

 初めて会った時に、仔犬だったタロウを抱きしめてくれたこと。

 見知らぬ家に連れて来られて、震えていたタロウに暖かく接してくれたこと。

「まだ子犬だった私を、やさしく抱きしめてくれた時、ずっとそばにいたい、と思ったのです。お父さんからは、智也の友達になってくれ、と言われましたが、私の方が貴方に救われたのです」

 家族のように接し、毎日散歩に行き、数えきれないほどの多くの時間をタロウに費やしてくれたこと。

 その一つ一つの思い出をタロウは語り、あの時をどう思っていたのか、実はこうして欲しかったなど、暴露話も交えての談笑。


 今まで一方通行だったと思っていたことが、話ができたことで交差した気がする。

 神様も洒落たことをしたもんだ、と思った。


「たくさんの時間を共に過ごしていただいて、ありがとうございました」

 とタロウは最後に言った。

「そんな、俺の方こそタロウがいてくれて救われたんだ」

 幼馴染を亡くしたことから、立ち直らせてくれた。

 相手に依存をしていたのは、むしろ俺の方だろう。

「これからも一緒に過ごさせてください」

「もちろんだよ」

 タロウの感謝とお願いに、そんなことを改めて言わなくてもわかってるよ、と智也はタロウの頭をなでた。

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