第5話
商店街の一角におばあさんが営む精肉店がある。
小学生の頃から、100円を握りしめてコロッケやメンチカツを求めて通っていた場所だ。
昔はおじいさんと二人で営んでいたのだが、俺が小学生の頃におじいさんの方が亡くなってしまった。
それ以来、おばあちゃんが一人で営んでいたが、高校の終わりぐらいに息子夫婦が戻ってきたのか、ちょくちょく若い女性の顔をみるようになった。
入り口の横、精肉店の店舗の壁沿いには50円から買える自販機があり、誰でも休憩ができるようにベンチが置かれている。
これも昔から変わらない。
今では色褪せてしまっているが、薄く綺麗な青のベンチが変わらずに置いてあった。
解放された入り口を潜ると、トンカツやコロッケなどの揚げ物の香ばしい香りが漂ってきた。
揚げたての揚げ物がずらりと、精肉が並んでいるディプレイの上に、並べられている。
先に買い物をしていた主婦と入れ替わる様に、俺は商品ディスプレイの前に立った。
「おばちゃん、メンチカツとコロッケを一つずつください」
「はいはい」
前のお客さんの接客を終えた白の割烹着をきたおばあさんが、俺の方をみた。
「あんれ、智也君じゃないか、帰ってきてたんかい」
おばあさんの顔が綻ぶ。まるで孫が帰ってきたのを喜ぶかの様だ。
「はい、夏休みになったので帰ってきました」
都内の大学に進学するにあたり、この街を離れることはおばあさんには告げていた。
3月末に最後の挨拶のために会ったのが最後だから、かれこれ4ヶ月ぶりぐらいになる。
「そうかそうか、立派になったねぇ」
高校時代のジャージに、白のTシャツを着ているだけの俺は、決して立派な姿ではないが、子供の頃からみていた子が、久しぶりに顔を出したら、なんでも立派に見えるんだろう。
「タロウも久しぶりに智也くんに会えて、うれしいねぇ」
「ワン!!!」
とタロウが行儀良くおすわりをして、答えている。
おばあさんとタロウも、馴染みで言えば俺と同じ期間だ。
小学1年生の秋にタロウが家に来て以来、散歩は俺の役目であり、このおばあさんのお店は何度も出入りしている。
当たり前のようにタロウを店の中にまで入れているが、それを咎める者は誰もいなかった。
「はい、メンチカツとコロッケで130円ね」
メンチカツが80円、コロッケが50円。
子供のころからずっとこの金額だ。
今ではコンビニでもメンチカツやコロッケが売られているが、そこで買うよりもはるかに安く美味しい。
お金を渡して、袋に入ったメンチカツとコロッケを受け取った。
「また、来なさいね」
おばあさんが、シワが多くなった顔をくしゃっと崩して言った。
「はい、また明日も来ます」
祖父母というものがいなかった俺には、このおばあさんは特別な存在だ。
子供の頃から知っていて、友達と喧嘩をした時や、嫌なことが会った時など、タロウを連れてやってきては軒先のベンチでお話を聞いてもらう。
小学生の頃、よくそんなことがあった。
もう中学生になってからは、そんなことはなくなったが、それでも何かと気にかけてくれるおばあさんが好きだった。
商店街を抜けて、長い坂道を上る。
丘の上へと向かうにつれて、戸建ての家が多くなる。
進行住宅街であり、似た様な作りの戸建ての家が多い。
地方ではあるが、都市への交通の便がよいこともあり、丘の上の再開発が行われ、ちょーど自分の家が建っているところから道を挟んで東側は、再開発のために量産された戸建て住宅が並んでいた。
その進行住宅街の一角に小さな公園がある。
ブランコに滑り台、鉄棒とあとはベンチが数脚あるだけの簡素な公園だが、敷地面積は広く、子供がボール遊びをする分には申し分ない広さがある。
展望台としての役割もあり、街を見渡せる場所にはベンチが置かれていて、街を見ながらのんびりすることができる。
俺はおばあちゃんの作ったコロッケをとりだして頬張る。
もう一つのメンチカツはタロウが頬張っている。
「タロウも何か願い事考えたか?」
あのギフトが人以外にも効力があるのかはわからないが、もしタロウにも聞こえていたのなら、何を願うのだろう。
まだ自分の願いを決めかねている俺は気になった。
美味しそうにメンチカツを貪るタロウは、俺の視線に気づいて食べるのをやめるが、何かを喋るような気配もない。
当たり前か。
「おまえは今のままでも、十分幸せそうだな」
俺はコロッケを食べ終えて、水で流し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます