第4話
俺は、玄関で靴を履いていた。
幼い頃から見慣れた玄関には、自分の靴しかない。
美月は朝から部活の練習だと言って、学校に行っている。
玄関で背を丸めて靴紐を結んでいると、家の中の異常な静寂に対して、扉の向こうでは蝉の鳴き声がけたたましく聞こえている。
陽光は家の中に差し込んでいるが薄暗く、静寂さと合間って、18年ここで生活してきた家だというのに、まるで別の家に差し替えられたような違和感を感じていた。
下駄箱の上に置いてあるリードを手に取り、玄関の扉を開ける。
開けると犬が一匹、待ってました、と言わんばかりにおすわりの状態で俺を見上げていた。
「タロウ、散歩にいくぞ」
タロウは亡くなった父が知り合いからひきとってきた柴犬だ。
一条家に来た時はまだ生まれて数週間しかたっておらず、子供の俺でも手に抱えられるほどの小ささだった。
それから10年余り、今ではもう立派な成犬になり、人の年齢で考えるとおじいちゃんの域に達しているというのに、今でも元気に庭中を走り回っている。
尻尾をふりふりしているタロウは「ワン!」と元気よく一吠えすると、自分から首輪にリードをかけにきた。
散歩のコースはいつも同じだ。
河川敷→商店街→公園のルートで、それらにたどり着くルートは、タロウの気まぐれと俺の気まぐれで変わったりするが、中継地点として通ることは変えない。
家は高台にあり、長い坂道を降っていくと、河川がみえてくる。
タロウもまっすぐ坂道を下り、河川敷を目指しているようだ。
幅100mほどある河川には、川の両端に沿って平地があり、そこには野球場のグランドやバーベキュー会場などが設営されている。
さらにその平地の外側にあh高い盛り土にコンクリートで補強された土手があり、斜面には芝生が植えられていた。
緩やかな斜面の上には、人や自転車が行き来できるような広い歩道が敷かれていて、各地点で高台から河川
ランニングをしている人や、散歩をしている人など、人々が行き交っていた。
この土手は、この近所ではお決まりの散歩コースだ。
周辺で犬を飼っている家庭が、散歩にやってくる。
犬のコミュニティーがあちこちで生まれているようだったが、俺はそれらに参加したことがない。
美月はもしかしたらどこかのグループに所属しているのかもしれないが、なんとなくグループというのが苦手だった。
きっともっぱらの話題は神様からのギフトの話なのだろう。
主婦っぽい人や若い夫婦、中学生ぐらいの少年たちが、それぞれグループを作って思い思いに犬と戯れ、井戸端会議を楽しんでいた。
「行こう、タロウ」
草をハムハムしていたタロウを促して、土手を後にする。
土手沿いから、少し街に入ると商店街がある。
商店街には、昔ながらレトロゲームが並んでいるゲームセンターやおもちゃ屋や、カメラ店・服飾店など、いろいろな店が並んでいて、子供の頃はよくお使いできていた。
今はもう昔ほどの活気はなく、シャッターがしまっている店が多くなってしまっているが、この商店街にくるとどこかしこで子供の頃の記憶が蘇ってくる。
商店街の中には、俺以外にも犬を連れた人がおり、八百屋の店主と雑談に花を咲かせていた。
リードで繋がった犬は、お行儀よく主人と八百屋の店主との雑談が終わるのを待っていて、大きな犬だったのが子供たちの興味をひいたのか、2、3人の小学生ぐらいの男の子たちに囲まれ撫で回されていた。
高校まで実家に住んでいた頃は、タロウを連れてよく歩いていた道だ。
タロウもシャッターの匂いを嗅いだり、突然道の真ん中で立ち止まったりなど、忙しなく動き回っている。
俺は散歩でいつも立ち寄る精肉店へと向かっていた。
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