第3話
艶のある白米に、シャケの切り身。
ひじきの煮付けに、お味噌汁。
純和風の夕飯が食卓に並んだ。
匂いに釣られて、美月がダイニングテーブルへとやってくる。
「おいしそう」
綻ぶ表情のまま、美月は席についた。
「兄さん、麦茶がほしい」
「おまえ、少しは手伝えよな」
呆れ気味に答えるが、もうすでに妹の分の麦茶をコップに注いでいる。
慣れとは恐ろしいことだ。
キンキンに冷えた麦茶を美月に手渡して、俺も席についた。
いつの間にかテレビも消えていて、時計の音だけが聞こえている。
小さく手を合わせた美月が、シャケの切り身に箸を伸ばした。
上手に骨をよけて、口に放り込むと、緩んでいた表情がさらに綻んだ。
「兄さん、料理がうまくなったね」
幸せそうに味わう美月。
「いや、これを作ったのは俺じゃ……」
その言葉を口にした途端、周囲の音が一瞬で沈黙した。
家の外の喧騒も、時計の音もしない。
冷蔵庫や換気扇の音も、何もかもが音を失った。
ダイニングテーブルには、智也と妹の二人しかおらず、用意されている料理も二人分だけだ。
こんなに静かだったか?
妹の美月と二人、食卓を囲むことは珍しいことじゃない。
むしろ大学に入るまでは、たまに様子をみにくる親戚のおばさんとご飯を食べる以外は、いつものことだったはずだ。
ただ、何か違う。
そう感じずにはいられなかった。
「はぁ、私も料理を料理が得意だったらな」
静寂を破ったのは、ご飯を頬張る妹。
俺の倍はある山盛りのご飯を頬張りっていた。
そうか、今日、この料理を作ったのは俺だったはずだ。
夕食を食べ終えた後、ダイニングテーブルでまったりしていると、妹が話しかけてきた。
「ねぇ、兄さんは何を願うの?」
「願う?」
「神様に」
「どこの?」
なにかデジャブを感じるやりとりに違和感を感じるが、あのギフトの話だということは気づいた。
「願いごとが一個だけって難しくない?」
妹があーあと天を仰いだ。
「欲しいものや、やりたいことっていっぱいあるけど、それを一言でまるっと言えるようなのってないのよね」
「そんなにいっぱいあるのかよ」
「あるわよ!もっと身長がほしいだったり、もっとスタイルよくなりたいとか、英語がペラペラになりたい、とか、なんでもかんでも欲しいものばっかりよ」
ちょっと欲張りな妹は指折り数えて願い事を数えているが、確かにその量を一つにまとめるのは至難の技のようだった。
「俺は逆に願い事がないな」
「うそ!」
「急に何か願いごとを一つ決めろって言われても困るし、なんかうさんくさくないか?」
世の中にタダより高いものはない、という言葉があるように、無償で何かをしてあげると言う話には、どうしても裏があるように思えてしまう。
「まぁ確かに本当かどうかわかんないしね」
「そうだろ。それに1ヶ月も猶予があるなら、ゆっくり考えてからでもいいと思うし」
「どうしても願いごとが決まらなかったら、このかわいい妹のために、願い事を100個叶えるよう、神様にお願いして」
ウィンクもつけて妹がお願いしてくる。
「やだよ」
そのウィンクごと妹のお願いを一蹴する俺に、不満そうに頬を膨らませる美月。
「あ、今すごいお願いしたいことが浮かんだ」
俺はわざとらしく閃いたって感じで、手をパンと合わせた。
「なにそのわざとらしい演技」
美月が、不満そうな顔から怪訝な表情へと変わった。
相変わらず表情がコロコロ変わる奴だな、と思いつつ。
「妹が食器洗いを嬉々としてやってくれますように、って」
「ばかじゃないの」
そんなこと願わなくてもちゃんとやりますよ、と、美月は席をたった。
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本当に、世界にはギフトの権利が配られたようだ。
自室でスマホで検索していると、世界中でほぼ同じタイミングで脳内の直接語りかけられたらしい。
みんなが願いごとをなにしようか、つぶやいているが、誰も願いが叶ったというつぶやきをみつけられない。
「やっぱり……願いが叶うなんて嘘じゃん…」
俺はスマホを放り投げて、ベッドに寝転んだ。
一人暮らしをしているワンルームの天井とは違い、木造の天井には変わった形の木目がみえた。
昔はこの木目が怖かった。
ありきたりだが人の顔に見えて、夜に布団を頭からかぶらないと眠れなかったものだ。
月光が部屋に差し込んできていて、部屋の中を青白く照らしている。
木目に限らず、夜というものが怖かった。
家の中でも電気の付いていない部屋があると、どうしても何か幽霊的なものを想像してしまう。
ずっと昔、お互い怖がりなのに、怖い話に興味津々で一緒にホラー映画をみては、トイレにいけないと騒いでいた幼馴染のことを思い出した。
「もう一度…会いたい…な」
呟いた言葉は、虚空に消えていった。
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