第2話

 2階には3部屋あり、俺の部屋は廊下を渡った突き当たりにあり、この家で一番の部屋だ。

 昔、自分の部屋をもらう際に、妹の美月と取り合いになり、じゃんけんで勝って手に入れた部屋だ。

 廊下を進み、階下に降りるとすぐに玄関が見える。

 横にスライドして扉をあけるタイプの部屋は、もう都内はおろかこの街でもめっきり見かけなくなった。

 階段を降りると廊下が伸びていて、廊下の奥にはキッチンスペースとリビングが一緒になっている。


 キッチンに通じる扉を開けると、母が夕食の準備をしていた。

「智也は、願いごと何にするのかな?」

 夕食を作っている母にそう聞かれた。

「なにが?」

「神様に」

「どの神様?」

「さぁ?」

 お味噌を鍋に溶かしながら、母が首をかしげた。


「気前のいい神様だから、恵比寿様とかじゃない?」

 とても適当だった。

「ちょっと待って。もしかして願いごとを叶えてやるって言ってた神様のこと?」

 先ほどの妙にリアルな夢は、母にも聞こえていたということか?

 確かに神様は、この世界に住むモノ、という形で話していたけど、実際にそんなことが可能なのか。

「夢だと思いたかった……」

 あんな生意気そうな神様なんて、自分の夢の中だけで終わらせたいと思っていたが、そうでもないようだ。


「夢なんかじゃなくて、実際に世界中のみんなに聞こえてるみたいよ」

 リビングの方から声が上がった。

 リビングでは4人がけのL字ソファが置いてあり、窓際にはTVがある。

 声の主、高校生の妹、美月が珍しく家にいた。


 テレビでは夕方のニュース特集が流れている。

 ニュース番組では、その『世界に配られたギフト』について、街の声やコメンテーターがコメントをしていた。

 やれ「これは一種の洗脳である」や「集団催眠の実験が行われた」など、陰謀説をとなえるネットの反応に、コメンテーターがばっさりそんなことはできるはずがない、と切り捨てている。

 ごく限られた範囲で洗脳を行うのは可能かもしれないが、世界中で同時に同じことを伝えるなど、現代の科学技術では不可能である、と。


 街のインタビューでは、刹那的な願いが多い。

 金持ちになりたい。

 有名人になりたい。

 亡くなった人に会いたい。

 など、それぞれが何を願うか想像して、口々に答えて言っていた。


「本当にみんなに聞こえてたんだな」

「そうよ。SNSもその話題ばっかりじゃない」

 美月がやっとこっちをみた。

 高校生にしては、少しませた感じのあるかわいい妹だ。

 長い前髪を耳にかけて、スマホを取り出す。

「ほら」

 美月はスマホを俺に向けて画面をみせてくる。

 SNSには『神がきた!!!』『ロリ神!!!生まれたて!!!』『かたたたき券の上位互換』といったコメントが乱舞している。


 前代未聞の出来事に、世界中で大騒ぎのようだ。


「兄さんは、イケメンになれるように願った方がいいんじゃない?」

 ソファに寝転がり上半身だけを起こして、悪戯っぽい笑みを浮かべて、美月が挑発してくる。

「うるさいな、お前はもっとお淑やかさを願え」

 美月は部屋着としても使っている中学時代のジャージ姿で、色気も何もあったもんじゃない。

 勉強はそこそこだが、運動は得意で高校ではバスケ部に入っている。

 清楚というよりもおおらかで、部屋でじっとしているよりも運動をしていたい気持ちが強い活発な妹だ。

「いやよ、そんなの」

 べっと舌を出して拒否をした美月は、ソファに寝転び直すとテレビに意識を向けた。


「みんなは願い事しないのか?」

 まだ願いが叶うということが、半信半疑の俺は、自分の願いが何かわからない。

 妹や母は、何か願いがあるのか気になった。


「そうね、あなたたちの幸せを願うのもいいけど」

 母が言った。

 温厚ないつもニコニコしている人だ。

 ピンクの桜の花びらがプリントされているエプロンをつけて、パタパタとキッチンで料理を作っている。

 父を早くに病気で亡くし、母は女手一つで兄妹を育ててくれた。

「もう一度、お父さんに会いたいわね」

 母が料理を作り終えて、盛り付けを始めたので、ダイニングテーブルに料理を運ぶのを手伝った。


 母はきっと、もう一度父に会いたい、と本気で願うだろう。

 5年前に父が病で突然亡くなってしまった時、母も妹も涙が枯れるほど泣き、立ち直るのに相当な時を要したのだ。


 きっと父がまた戻ってきたら、母ももっと幸せを感じるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る