ギフト

昼想夜夢

第1話

 大学生となった一年目の夏休み、一条智也は都内で一人暮らしをしているワンルームマンションから、実家のある街に帰ってきていた。

 今では珍しくなった庭付き一軒家の実家は、年季の入った木造作りで、彼の自室の窓を開けたら、そのまま屋根の上を歩くこともできる。

 昔のアニメに出てきそうな間取りの家だ。


 部活もサークルも入っておらず、バイトでも始めようかとバイト情報誌と睨めっこをしている間に、一学期が終わり夏休みを迎えていた。

 2ヶ月近くある夏休みを、都内の人口とコンクリートの樹海で過ごすには、どうしても耐えられなかった。


 一人暮らしをしていると言っても、まだ引っ越しをしてから3ヶ月しか立っていない。

 実家にはまだ俺の部屋があり、荷物の大半も残した状態のままだった。


 折り畳み式の簡易ベッドで、惰眠を貪っていると夢をみた。

 その夢は、白い世界に自分が一人だけ。

 見渡す限りの白い世界、地面の白さと空の白さで若干濃度が違い、地平線と空の境界がわかる。

 こんな世界はない、と頭ではわかっているので、夢なんだと理解しているが、夢と理解してなお覚める様子がない。

 どういう状況なんだ、と頭を整理していると、不意に声が聞こえた。


「この世界に住むモノよ。聞きなさい!」

 乱暴な言い方だが、声はとても幼い。

 子供の少女のような声が、白い世界に響いている。

「私は神」

 自身を神、と言うものを素直に信じるほど、俺はバカではない。

 先ほどまではこれは夢じゃないと思っていたが、今は夢であってほしいと願うばかりだ。

 あぁ、それでもこんな馬鹿らしい夢をみるなんて、俺は相当疲れているんだな。


「生まれ変わった記念に、あんたたちにも贈り物をしてやろう」

 そのどこか上から目線の自称神様の声は、こちらの葛藤を知るよしもなく、話を続けている。

 この自称神はきっと、小学生ぐらいのませた女の子なんだろうな、と声と喋り方から想像してしまう。


「今から1ヶ月の間。あんたたちの願いを叶えてあげる。ちまちま願われるよりもこの1ヶ月でまとめて叶えてあげるから、さっさと願いごとを言いなさい」

「突然なんだ?!意味がわからんのだが!」

 俺は大きな声で、その自称神に抗議した。


「質問は受け付けない。いい?もう一度言うわよ!今から1ヶ月間だけ、あんたたちの願いを一度だけ叶えてあげる。この機会を逃したら、二度と神様の恩恵が受けられないと思いなさい」

 そう自称神様が告げると、世界の白さが激しく明滅し始めた。

 白と黒を交互に繰り返し、やがて完全な無へと変化する。

 そこで、俺は目が覚めた。


 飛び起きるように、上半身を起こすと、実家の自室、簡易ベッドの上だった。

 クーラーもつけず、開け放たれた窓と入り口の扉、扇風機が首を振りながら風を起こしている。

 眠りに落ちる前の部屋の状況となんら変わりはない。

 高校時代のジャージはぐっしょりと寝汗で湿っていて、とても不快だ。


 何より先ほどの夢が妙にリアルで、夢で終わらせることができないほど、鮮明に脳裏に焼き付いている。

「1ヶ月間だけ……願い事を一つだけ叶える」

 改めて口に出してみたが、鼻で笑ってしまう。

「ばかばかしい」

 吐き捨てるようにそう言うと、俺は時刻を確認した。

 17時43分。

 夏の空はもう日が沈み始めていて、燃える様な空と夜へと続く濃紺の空が共存していた。


「そろそろ夕飯だな」

 階下からほのかに香る夕食のいい匂いがする。

 母が仕事から帰ってきて、夕食を作っているのだろう。

 俺はその香りに促される様に、自室を後にした。

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