(3-6)
◇
あの迷惑な男子生徒を疎ましく思いつつも、私は学校で探し続けていた。
とはいえ、普通科との接点はまるでないから、期待はできそうになかった。
委員会にも部活にも所属していない私は普通科の校舎に入るチャンスがないのだ。
北側にある看護科校舎の教室から、南側にある普通科第二校舎の廊下が見渡せるけど、そこは二年生や三年生の教室なので、一年生は通らない。
普通科第一校舎はさらにその南側にあって、私は一度も足を踏み入れたことがない。
唯一のチャンスは昼休みの購買だけど、祖母がおいしいお弁当を持たせてくれるし、飲み物もマイボトルがあって、結局、私には縁がない。
登下校の時に歩きながら何度か後ろを振り返ってみたこともあったけど、一度も見かけなかったどころか、後ろにいた男子グループに気味悪がられたり、あからさまに「なんだあいつ」と笑われたりした。
あれ以来、駅でも会わなかった。
期待なんかしていないし、べつに会ってどうなるわけでもないことは分かっていた。
なのに、私はあの迷惑男子を探していた。
話しかけられて迷惑なのに、自分の方から探してしまう。
私は不思議でしょうがなかった。
人としゃべれない私が、彼とは話せたのだ。
決して愉快だったわけではない。
むしろ、心を逆なでするような振る舞いに戸惑うばかりだった。
二度と会いたくないと思ったものの、なぜか時間がたつにつれてもう一度話してみたい気持ちが芽生えてきていた。
なんでそんなことをしたくなるのか、そのことを知るためにも、彼に会わなければならないと思った。
彼がかけた魔法がなんなのか。
それを知ることだって、立派な理由になるはずだ。
そんな言い訳を心に秘めながら私は彼を探していた。
――そして、その時が来た。
彼と再会したのは夕立の降った放課後だった。
その日の午後の授業は体育だった。
昼休みまでは珍しく晴れ間が広がっていたのに、授業の途中で急に空が暗くなって降り出したのだ。
いったんピロティの下に避難した同級生たちが文句を言っている。
「もう、なんでいきなり降るかな」
「しかも、大粒だし。びしょ濡れじゃん」
朝から降っていると、そんなものかと気にもしないけど、夕立は突然降り出すから嫌がられる。
――あの人と同じだ。
そう思った時、なんだか会えそうな気がした。
放課後、昇降口で靴を履き替えて鞄の中の折りたたみ傘を出そうとした時、私は途方に暮れてしまった。
あるはずの傘が入っていなかったのだ。
――そうだ、干して畳んだのを玄関に置いてきてしまったんだ。
はあ、困ったな。
空は少し雲の色に明るさが見えてきていたけど、雨はまだやみそうになかった。
ショッピングモールまでたどり着く前にずぶ濡れだろうな。
走って滑ったりしたら危ないし。
小さい頃、私は雨の日に歩いただけで滑って転んでばかりいた。
服が泥だらけになって、膝小僧に血がにじんでいるのに母親に怒鳴られた。
今思うと、靴が大きかったんだろう。
成長してすぐに履けなくなるのを親が嫌って、合わないサイズをはかされていたのだ。
足音がパカラパカラと馬みたいだと学校のみんなに笑われていた。
私は子供の頃はそれが普通だと思っていた。
知らないというのは、それだけで自分を傷つける凶器になる。
高校に入学する時に祖父母と一緒に制服を作りに行って靴も買ってもらった。
革靴も上履きも体育館シューズも、みんな自分にぴったりで、ちゃんと歩けるようになった。
ようやく私は当たり前を手に入れたのだ。
だから、雨の中を傘も差さずに歩くなんて考えられない。
やっぱり嫌なものは嫌だ。
でもこれじゃ、帰れないな。
やはり雨はやむ気配がない。
そんな私に傘を差し掛けてくれる人がいるなんて、その時までは思ってもみなかった。
まさか、彼が現れるなんて。
それは偶然なのか奇跡なのか、必然とは思えないにしても、運命の予感を私は感じ始めていた。
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