第191話 どうか、どうか………

 もしかして、フロルフローレ様は…。

 前国王から現国王に代替わりしても未だ解消されぬ苦痛や悲しみと、そこから発生する穢れや淀みを浄化したいと願われているのかもしれない。

 多種多様の考えがあるので全てを浄化するのは無理だと思うけれど、今よりはきっと改善されるもんね?



「……………悪い。赤ん坊の嬢ちゃんに話すことじゃないな。だが、嬢ちゃんは我々の悲しみをわかってくれている気がしてしまうんだ」

「悪いな、暗い話をしちまって。俺も、何だか聞いてもらえてスッキリしたぜ」

「だいじょぶ。はなちて、あにあと」



 だから優しい貴方達に伝えよう。

 自暴自棄にならないで欲しいと。



「ちたい、みやい、たなやじゅ、ちぼう、おとじゅえゆ」

「お嬢は、近い未来必ず希望が訪れる。と言っている」

「近い………未来?」


 うんうん。

 ウル様もフロルフローレ様も貴方達のためだけではないけれど、この地に住まうあらゆる種族を守ろうとしているよ。

 貴方達にとってそれは[幸い]となるはず。


「チッチ、おねしゃん、守ってね」

「ティティお姉さんを守ってって」

「ああ。もちろんだ。ありがとうな」


 アンゲリカさんもニイナさんも力強く頷いた。



「あの、それでな。物凄く図々しいとは思うが、………上級ポーションの購入費は分割にしてもらえないだろうか?」


 真剣な表情でアンゲリカさんが要望を出す。

 私が言った「近い未来の希望」を上級ポーションが手に入ることだと思ったみたい。


 ちょっと違うんだけれど、今は説明出来ないからそれでも良いかな。



「その話は戴冠式のあとでも良いかい?」

「戴冠式の日の夕方に君等の拠点に行きます。所在地はどの辺りですか?」


 レーヴァとハルパが対応する。


「冒険者ギルドの受付に君等に所在地を教えるよう伝言しておく。代表で誰の名前を告げれば良い?」

「『桜吹雪』の名でお願いします」

「わかった。サクラフブキだな」


 アンゲリカさんと私達は戴冠式後に拠点へ行く約束をした。

 お茶を飲みながら話をしている内に私は眠くなりウトウトし始める。


「主殿。眠っても大丈夫ですよ」

「んむ……うん」


 もう眠くて眠くて我慢できず、そのままハルパの腕の中で眠ってしまったのでした。



 お休みなさい。






 ー 【堅き門】サイド ー


 彼等は明け方前に出発した。

 雨はもう降っておらず、空に結界らしきものは見えない。


「不思議な人らだったな」


 まずは全員とんでもなく美しい。

 ティアやティティで見慣れていると思ったが、彼等とはまた違う性質の美しさだった。

 何と言うか、彫像と話しているような。そんな気分になる。


 だが取っ付きにくいわけではない。

 普通に返答してくれるし、あのお嬢ちゃんに至っては、俺らにとても気遣ってくれた。


 それにしても、あのお嬢ちゃんは本当に不思議な幼児おさなごだったと思う。

 赤ん坊のはずなのに全てを理解しているような聡明な瞳をしていた。そして俺達よりも年上の、大人と話しているような感覚になって何でも言ってしまいたくなる。


 ティアは話すなと言ったが、結局俺達の思いを全て話してしまった。

 だが後悔はない。




 夜が明け始めた頃にティアが戻って来た。


「どうしたんだよ、本当に」

「警戒するのはわかるが、彼等に悪意は感じなかっただろう?」


 ニイナと俺で声をかける。ティアは未だ硬い表情だった。


「……、いや」


 口を開き、口を閉じ、何度もためらいながら言葉を飲む。


「どうした。言いたいことがあったら言ってくれ」

「………ああ」


 そして、大きく息を吐いてティアが話し始めた。



「……………あの方は…人の子では無い」

「は?」

「特に小さき方」

「…………………」


 確かに不思議な子供ではあったが、人の子では無いとは?

 だってちゃんと存在していたじゃないか。

 俺達にあの美味い食べ物を提供してくれて、俺達の話を聞いてくれて……。


 いや。本当はティアの言葉に納得している。

 あんな小さな赤ん坊が俺達を気遣い、話を聞いて理解し、そして助言をしてくれている。それが普通ではないことは俺達にもわかっているんだ。


 だから俺はティアの言葉を待った。



「あの方は神そのもの、若しくは神に近い存在。従えている方々も人とは違うことわりの中に存在する」

「……小さき神。……人ではない」


 実を言うと、ティア、ティティ、ティカの3人はハイエルフとエルフのハーフである。

 ハイエルフは長命で魔力量も多く、精霊から愛され、自然の中に生きる者達。彼等はハイエルフの血が半分流れている。

 そのため我らでは知り得ない存在を感じ取れる能力ちからを持つ。


 普通であればあの幼児おさなごが神だと言われても、まさか!と笑い飛ばすところだろう。だがティアの言葉であれば信じざるを得ない。


 ティアは祈りの時間に神の存在を感じ、暗い教会内に光りの花が降り注ぐという奇跡を起こしたことさえあるのだ。

 そんなヤツだからこそ、ティアの言葉は真実だと俺は確信している。



 ………ハッ!

 ならば、なんていう失礼をしてしまったんだろう!

 小さき神の与えたもうた神界の美食を無償で口にし、上級ポーションを売って欲しいと頼み込み、拠点に足を運ばせるなんて…………。

 知らなかったとはいえ、何と尊大な態度を!!!


 俺が混乱していると、ティアが軽く首を振った。


「あの方々は我等に対し普通に接していた。恐らくご自身の正体を悟られたくないからだろうと思う。もし我らが神だと知っていても、同じ様に接するのが正解だろう。俺は………出来なかったが」


 そうだ、ティア!

 お前、あの態度は失礼だろう。

 神に属するお方ならば尚更!


 そう言うと更に暗い表情を浮かべる。


「神を前にした畏怖。それと……」



 ティア達兄妹は、孤児の保護施設の隣に建っている教会で頻繁に祈りを捧げていた。その時に時折ささやかな神力を感じたと言う。

 ティア達はその神力をフロル神ではないかと話し合っていた。


 そしてあの日。

 大いなる天罰が下った日。


「フロル神と………他の神の力を感じる」


 ティアはそう呟いていた。


 祈りの時間に感じるフロル神と同じ力を微かに感じたが、フロル神よりも一層強く感じたもう1つの神力。

 その神力をあの幼児おさなごから強く感じたのだと言う。



「小さき神にとって理不尽な思いとなるが」


 どうしてもっと早く天罰を下してくださらなかったのか。そうしたらティカは誘拐されることも無かったのに。

 毎日祈りを捧げた我等の苦しみに、どうして気付いてくださらぬのか。


 そう思わずにはいられないらしい。


 奴隷商と結託しティカや他の子供達を奴等に引き渡したのは、髪が伸び天罰を受けた神父とシスターだった。



 もう少し早ければ。

 もう少し早く天罰が下されていれば。



 もちろん神々は個人の為だけにあの天罰を下したわけではないと、そして自分の思いはあの方々にとって理不尽であると、ティアは理解している。


 だからこそ大いなる存在を恨んでしまわないように、言葉が口から出てしまわないようにと耐え、自ら離れていたのだと言う。



「何とか心を落ち着けて、次回いらした時に謝罪をする。戒めも受け入れるつもりだ」

「ああ、そうだな。俺も共に受けるよ」

「心配すんな。俺も一緒だ」


 俺達の発言に、ティアが少しだけ目を潤ませた。


「でも、まあ。あの人達は怒っていなさそうだったし大丈夫な気がするぜ」


 ニイナがニッと笑う。


 ティアやティティの苦しい思いは理解しているつもりだ。

 だから思う。


 ああ、小さき神よ。どうか………どうかティア・ソニアンをお許しください。

 そして我らに救いの手を差し伸べてください。


 苦しむ子らをお助け下さい。

 小さき神よ!



 ー 【堅き門】サイド 終了 ー

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