第190話 アノ騒動前の出来事を知る

「王都周辺で何が起こったか知っているか?」

「周辺?……ああ。アレか」


 レーヴァは思いついたみたい。


「毛が伸びたり、腰を回したりする、アレだろう?」


 あ、ああ!天罰のこと?


「そうだ」


 アンゲリカさんが重いため息をつく。


「神父やシスター数名の毛が伸び始めた」



 エエェェエエ!!!



「そんなトコにチビ共を置いておくわけにもいかんからな」


 毛が伸びた教会関係者が近衛兵に連行され、国王やその一派の処分が決まった後もまだ王都の末端は混乱していて、現在は寄付や支援が止まっている状態らしい。


 【堅き門】のメンバーが寄付していた孤児院の運営資金で何とかなるかと思っていたが、調べてみると以前から神父達に着服されており、すでに底を突きていたことが判明。

 ただでさえ困窮していた孤児達の食費がより一層減らされかねない状態となった。

 でも、食べ盛りの子供達に何としても食べさせてやりたい。

 だから孤児院の子供達と天罰が下らなかったシスター達を一時的に引き取り、【堅き門】の敷地に小屋を立てて住まわせ、皆で協力し合って食料を確保しているとのこと。


「しょうなんだ。すどい、やしゃちい、ねえ」


 アンゲリカさんは凄く優しい。

 私も何らかの形で一肌脱げたらいいんだけれど。


「人数が増えた分資金が足りなくなって、あまり美味い飯を食わせてやってないが、それは致し方ないと思っている」

「今回の依頼で食料や諸々を買うつもりだが、多少切り詰めれば美味い物を買ってあげられる」


 贅沢はのちの日常生活を辛くする。

 だから普段は質素な食事にしているけれど、今回だけは祝い事だからと言い含めて美味しいものを食べさせたいんだそう。


「あ!余計なことまで言ってスマン。きちんと支払いはするぜ。………いやあ、アンタ達は不思議だな。何でも話したくなっちまう」


 願いを言葉にしやすいのは私が半神だから?

 願掛けするみたいな気持ちになっちゃうのかもしれないね。




「あー。参考までに聞きたいんだが、上級ポーションは売っているだろうか?」

「商業ギルドにかけあったが、今は中級以上のポーションが手に入りにくく、いつになるかまだわからないと言われちまった」


 王族とその一派が、[献上]と言う名で中級ポーション以上の品をカツアゲしていたので、商業ギルドのささやかな抵抗として効果のあるポーションの納入を最低限に抑えていたみたい。

 今後増やすけれど、いきなり沢山買い付けることが難しいんだって。


「そうだな……。今の手持ちは初級ポーションとダンジョン産の中級ポーションだけかな。それ以上のポーションは少し時間をもらえれば用意できるかもしれない」

「………本当か!」

「上級が必要なのかい?」


 レーヴァの説明に喜ぶアンゲリカさんとニイナさん。

 少し考えたあとアンゲリカさんが口を開く。


「ああ。実は………」

「余計なことを言うな」


 何か言いかけたところ、被せるようにティア・ソニアンさんがアンゲリカさんを止める。

 『雨が降る』以降初めて発した物言いは、ナイフの切先みたいに尖っていた。


「お前っ」


 アンゲリカさんが怒り出したけれど、ティア・ソニアンさんは不意に立ち上がり何処かに行ってしまう。


「親切にしてくれている君等に、嫌な態度をして本当に申し訳ない」

「アイツ、色々あって」

「いいよ。にゃに、あった?」


 一応聞いてみる。

 言いたくなければいわなくても良いけれど、助けられるならばと思って。


 2人は最初、ティア・ソニアンのことがあるからか言い淀んでいたけれど、上級ポーションの仕入れが出来るかもしれないと言うことで詳細を話してくれた。




 この間の混乱の直前。

 孤児の中でも見目麗しい子供達6人が行方不明になった。

 仲間で手分けして情報収集していると、奴隷商人が明け方王都を発ったと情報が入る。


「確証はねえが、俺達で追いかける。お前達は引き続き捜索してくれ」

「わかった!」


 こうして冒険者ランクが高く腕に覚えがある、アンゲリカ、ニイナ、ティア・ソニアン、そして妹のティティ・ソニアンで奴隷商人を追った。


 駆け足が一番早く、体力のある騎獣に乗り、休憩無しで追いかける。

 そして、その足取りを掴むことに成功した。



 森の野営地で休んでいる誘拐犯達を見つけ、音もなく近付き、タイミングを見て踏み込む。

 強襲に慌てる誘拐犯達を抑え込んだが、そのうちの1人が逃亡しようと御者台に飛び乗った。それを咄嗟にティティ・ソニアンが追いかけて阻止。


 御者台という狭い場所で揉み合いになり、勢い余って2人共転がり落ちてしまう。しかし運悪く鞭が馬に当たってしまい、馬が驚いて走り出してしまった。



 御者のいない馬車は制御不能となり、木々にぶつかりながら猛スピードで森の小径を走り抜ける。

 ティア・ソニアンとティティ・ソニアンが後を追ったが、追い付く前に馬車が岩壁に激突してしまった。


 馬車の中に囚われていた子供達は逃げることが出来ず、激突が原因で大怪我を負ってしまう。

 直ぐにティティ・ソニアンのヒールや手持ちのポーションで治療を行い一命は取り留めたものの、手足の欠損者や意識不明者が出てしまった。


 その中にティア・ソニアンとティティ・ソニアンの弟、ティカ・ソニアンが含まれており、未だに意識不明のままである。



 ティティ・ソニアンは馬車奪還に失敗した自責の念に苛まれ、治療費を稼ぐために身売りをしようとした。


 彼女はエルフの血が流れているため、貴族や奴隷商に目を付けられるほどの美貌の持ち主。自身を売れば高額となり、上級ポーションを購入することができるだろうと思ったのだ。


 本当はそんな輩たちから身を守るために冒険者として己を磨き、高ランクとなったはずなのだが……………。


 大切な弟を意識不明の重体にしてしまった。

 他の子供達も先の暗い人生にしてしまった。

 全て自分の失敗のせい。彼らの現状に少しでも光が射せるならば身売りしたってかまわないと彼女は思い詰めていた。


 最初は自分を買い取りたいと言っていた貴族にコンタクトを取ろうとしたが、何らかのトラブルがあったようで連絡が取れなかった。


 次に娼館へと交渉に向かった。

 だが娼館の支配人や貴族パトロンに会うことすら出来なかったらしい。


 王都の大混乱で何処にも売り込めず、花街を彷徨っていたところで仲間達に見つけられ保護された。


 ティティ・ソニアンが身を売り怪我が治ったところで子供達が喜ぶわけないだろう!反対に悲しませることになるだろう!

 仲間達に説得され現在は身売りを諦めた様子だが、毎日ティカ・ソニアンの側で泣き続けていると言う。



 ティア・ソニアンは元々無口ではあるけれど、穏やかで優しい青年であった。

 でも最近はずっと思い詰めた顔をしている。

 弟を助けられなかったこと。妹が身売りしようとしたこと。そのことが彼に重くのしかかり、影を落としているのだろう。



 最近の【堅き門】の仲間達の間には、ピリピリとした空気が漂っている。

 中には薬代を稼ごうと格上パーティーの討伐に参加し、高ランクの魔獣と鉢合わせて大怪我をした者もいた。

 無理な仕事を受け、無駄死にせぬよう説き伏せ、アンゲリカさん達が休み無く討伐に赴いているが、そもそも上級ポーションが手に入らない。


 日を追う毎に拠点は重く暗い雰囲気となり、攫われず無事だった子供達が不安がっているのも気にかかると言う。



「リーダーである俺の采配ミスであって、ティティのせいじゃねえ」


 自責の念に苛まれているのはアンゲリカさんも同じみたい。


「俺達もだが、あの腐った王家のせいで、国民は似たりよったりの苦しみを与えられた」

「今回の国王が変わることで良くなるのか、変わらないのか、今以上悪くなるのか」


 そうだよね。

 皆、不安だよね。



 そんな中でも赤ん坊の私を心配して危険な場所から遠ざけようとしてくれた。

 彼等はとても優しい人達だってわかる。


 疲れ切ったアンゲリカさん達を助けたいな、と心から思った。

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