第180話 美味しい物を食べるためなら

 レーヴァの部屋にも作業部屋を作る。

 そして3人だけに作業部屋というのもナンなので、結局6部屋全てに作業部屋を追加したよ。


 ミスティルの部屋は特別にミニホールみたいにして、黒いグランドピアノを再構築して設置する。

 ミスティルには交響楽団のコンサートで見た楽器を一通りと、ライヴで見た楽器など私が思いつく限りの楽器を渡してある。

 音は外に出ないにしてあるので、大音量にしても問題無し。時々聴かせてね?と言ったら、もちろん喜んでと返答してくれた。


 ミスティルの奏でるコンサートを独り占めなんて贅沢だね♪




 夜ご飯を食べる前にレインボーサンドトラウトのイクラ醤油漬けを作ろうかな。

 鑑定は栄養豊富で美味って表示されていたよね。


 鮭よりトラウトのイクラは皮が硬く粒が小さめ。でも美味だと何処かで読んだ気がする。レインボーサンドトラウトのイクラはどうかなあ?


 寛ぎの間に設置されたキッチンに向かうとミスティルがついてきてくれた。


「何か作りますか?」

「うん。イクヤ、しょーゆ、じゅて」

「イクラの醤油漬けですか?」

「イクヤ、だしゅ」


 無限収納からキッチンカウンターに出そうとしたけれど筋子の一部が空間からニュッと出て止まる。



 ………。

 ………………。

 ………………………。



 でかっ!!!



 イクラのひと粒がバスケットボールクラスなんですけどっっっ!

 衝撃的すぎて固まっていたらミスティルに心配されました。


「おっちい!」

「そりゃクイーンがあのデカさだからな」


 鳳蝶丸もやって来た。



 そうだよ。

 そうだよね。

 レインボーサンドトラウトの卵だもん、大きいの当たり前だよ。

 無限収納のアイコンを見て普通の大きさだと思いこんでいた。


 私は空中にデロンと垂れている筋子をそのままそっと仕舞った。



「イクヤ………」

「主、元気出してくたさい」

「食用可なら食べてみるか」

「でも、おっちい」


 口に入らないよ。


「ストローで吸ってみるのはどうだ?」

「ちてみゆ」


 解体で筋子をイクラにする。そしてひと粒出してみた。

 ストローはタピオカ用とかがいいかな。1本再構築してイクラに差してみ…硬い。卵膜は弾力があって硬く、ストローがささらない。


「わたしに任せてください」



 ブシッ



 悪戦苦闘していると、ミスティルが手助けしてくれた。

 いとも簡単にストローが刺さったよ。



 ちゅっ



 そっと吸ってみる。


 甘みがあって美味しいけれどトロッとして飲み物ではない感じ(当たり前)。

 塩にも醤油にも漬かってないから物足りない。量が多すぎて吸いきれない。

 そしてひと粒がご飯茶碗より大きいからイクラ丼にならない。


 時間が立つにつれ卵膜が硬くなり、乾いてシワシワってなってきた。


「ごめなしゃい」


 食べ物を粗末にしたくないけれどもうお手上げです。


 そっと無限収納に仕舞い、再構築で元のイクラに戻した。

 中身が減ったからちょっと小さくなっちゃっ………。



 ちっさく、ん?

 んん?



 再構成で小さくしちゃえば良いんじゃない?

 1粒を普通の大きさに小分けにして沢山の粒にしちゃえば良いんじゃない?

 んじゃない?


 さっき再構築した1粒を普通のイクラの大きさに小分けして、卵膜も薄くして。

 日本で使っていた寿司桶を出し清浄して、そこに再構成で小さくしたレインボーサンドトラウトのイクラを盛ってみた。


 赤くてツヤツヤでキラキラのイクラ。

 ちゃんと口に入れて食べられるイクラだぁっ。

 やったああぁぁぁ!



 トラウトの小さめのイクラがわからないから、鮭のイクラの大きさになっちゃったけれど、いいよね。

 喜びの小躍りをしたら、ミスティルと鳳蝶丸が頭を撫でてくれたよ。



 では漬け汁を作ります。

 酒、味醂を鍋に入れ、ひと煮立ちさせたら薄口醤油を入れる。よく混ぜて火を止めたら冷めるまで待つ。冷めたら漬け汁とイクラを密閉容器に入れ、冷蔵庫に寝かす。


 明日の朝に味見するの。楽しみ♪






 朝ご飯!

 楽しみすぎてすみません。おはようございます。

 ワクワクしつつ、まずは昨夜着けたイクラの醤油漬けを味見するよ。


 ミスティル抱っこで寛ぎ部屋へ行き、冷蔵庫から密閉容器のイクラを味見する。



 プチッ

 トロッ



 うう〜ん、美味しい!

 素材の甘みも感じるし、醤油の加減も丁度いい。

 これは白いごはんに合うでしょう!

 ミスティルにお願いしてお米を研いでもらい、炊飯器にセットする。

 少しの間お水に漬けておいて……。


 次は南の島で鳳蝶丸が獲った滄海マグロ。

 即座に汚れ、寄生虫、血液を清浄で消して無限収納に入れておいたやつ。それを無限収納内で解体し、中トロ部分を複写して柵を冷蔵庫に入れる。


「イクヤ、たっぷい、まぐよどん、食べゆ」

「イクラたっぷりマグロ丼ですか?楽しみですね」


 マグロを冷やしている間、ミスティルとしばらく寛いでから炊飯器のスイッチオン!


「しゅめち、しゅゆ、ごはん、しゅゆ」


 酢飯にするか普通のご飯にするか悩みどころである。

 とりあえず半々にしておこうかな。


 しばらくすると皆が集まったので、鳳蝶丸に中トロを切ってもらう。

 流石器用な鳳蝶丸。

 均等で美しい切り口のお刺身に仕上がった。


 飯台にすし酢を散らし、炊きあがったご飯を投入。

 レーヴァに優しく混ぜてもらいながらすし酢を足していく。


 うちわ部隊はミスティルとミルニル。

 壊さない程度に扇いでもらい、良い塩梅でご飯を冷ますとツヤツヤの酢飯が出来上がった。



 ハッ!



 全部酢飯にしちゃった。

 念の為、皆に酢飯の味見をしてもらう。

 皆は酢飯大丈夫だって。良かったあ。


「美味い」

「デリモアナのホテルで食べたドレッシングを思い出して身構えました」

「あれは……凄かったな」

「そうかい?まあ確かにキツイけど、俺は食べられたよ」


 そうか。

 ミスティルと鳳蝶丸とレーヴァはあのサラダを体験済みだったね。

 ミルニルとハルパに、デリモアナで食べたサラダのスッッッパドレッシングの説明をする。


「聞いただけでスッパイ」


 ミルニルが肩と口を窄めた。


「でも酢飯は大丈夫。これをどうするんだい?」

「ここ、まぐよ、のしぇゆ。おいちい」

「楽しみだね」


 では、気にせずこのまま作りましょう。



 ハルパに焼き海苔を千切ってもらい、私は紫蘇を清浄する。

 丼に酢飯を盛り、焼き海苔を散らして紫蘇を置く。

 そして半分に中トロ、半分にイクラをたっぷりのせて完成。



 中トロツヤツヤ、イクラキラキラ。

 美味しそう!


 小皿に醤油とワサビを用意して、皆でいただきますっ。

 まずはイクラの醤油漬け。レーヴァが口に入れてくれた。


「んうぅ♪」


 プチッとした歯ざわりと醤油の香り。酢飯に合って最高!

 中トロもワサビとお醤油をつけて口に入れてもらう。

 口に入れた途端にとろける身。そして脂の甘さ。日本で食べたよりもマグロの味が少し濃いかな。

 これまた酢飯にめちゃくちゃ合っている。

 紫蘇がマグロの脂をリセットしてくれるから、3枚くらいのせても良かったかも。


 皆は夢中で食べている。でも、レーヴァは時折箸を置いて、私の口に運んでくれている。

 皆みたいに自由に食べられなくて申し訳ない。


「自分、食べゆ」


 だから自分で食べると申し出た。

 レーヴァは気にしなくていいよと言ってくれたけれど、やっぱり彼のペースで食べてほしいしね。



 まずは私専用のスプーンを出そう。

 私の手は小さくて柄の長いスプーンが持ちづらいので、以前再構築した赤ちゃん用スプーンとフォークを出す。

 そしてテーブルや床を汚しそうなので(清浄があるけれど)、ベビービブを着けてもらった。

 ビブと言うのは、赤ちゃんが食事をする時着ける、シリコン製で受け皿付きのスタイ(よだれかけ)のようなもの。食べ物を落としても受け皿で受け止めるので、落としたものも食べることが出来る優れものだよ。



 早速いただきましょう。

 赤ちゃん用のスプーンでご飯とイクラを掬う。

 ちょっと多めになっちゃったけれど、口に入るかな。



 ンムッ。

 やっぱりちょっと多かったかも。

 口から零れそうになって左手でご飯を口に押し込む。



 モグモグモグ……。

 うんまい♪



 もう一回。

 ああ……また多かった。

 慌てて手で押し込む。


 あ、イクラ溢れちゃった。

 ビブに入ったイクラを掴んで食べようと思うんだけれど、なかなか上手く掴めない。


「むう……」



 ん?



 タフタフ……。



 下を向いていた私の頬を、誰かが下からタフタフし始めた。


「んう?」

「口が尖ってて鳥の雛みたいだぞ、お嬢」


 少し離れた席で鳳蝶丸が笑っている。

 そして、ミスティルとミルニルが私の両側からほっぺをタフタフしてた模様。


 2人は後に、柔らかそうな丸い頬に触ってみたかったと供述しており……うん、良いんだよ。私も赤ちゃんのほっぺタフタフしてみたい衝動に駆られたことあるもん。実行はしてないけれど。



「姫、俺のことを気遣ってくれてありがとう。でも、姫にご飯を食べてもらうのは俺にとって幸せの時間なんだ。だから姫のご飯は任せて欲しいな」

「ああ。俺達はお嬢の食事サポートは苦ではない」

「むしろ主のサポートをしたいのです」

「うん。俺も」

「その中に私も入れてほしいですね」


 皆が申し出てくれる。ありがとう、嬉しいな。

 皆もご飯食べたいだろうと思って自分で食べてみたけれど、綺麗に食べるのは難しかった。

 フェリアに来たばかりの頃はもうちょっと自分で出来ていたと思うんだけれど、この体に慣れたからか、思考も仕草も赤ちゃん寄りになってきているみたい。


「さあ、拭きましょうね」


 ミスティルに手と口を拭いてもらう。

 気がつくと口許と両手がご飯とイクラまみれになっていた。


「はい、マグロとご飯だよ、姫」

「あにあと。うん、おいちい!」

「それは良かった」


 ちょっとだけ心苦しいけれど私の出来ないことは皆に任せよう。

 甘くてとろけるマグロを食べながら、小さな自分を受け入れたのだった。

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