第170話 魚なのにどして?

 よし。

 もう気にしない、気にしない。私は食事に集中するよ!


 何食べようかなあ。クスクスとかタジン鍋っぽいのにしようかなぁ。

 私がテーブルの料理を眺めていると、ハルパがスプーンに食べ物を乗せて口元に持ってきた。


「さあ、主殿」


 先程と違って本物の笑顔を浮かべ、クスクスっぽい短めパスタの野菜炒めのせを口に入れてくれる。ちょっとだけ量が多めでモッモッと口を動かしていたら、ミスティルの無言なでなで発動だよ!


「主さん、スクワールみたい」

「もちっと少なめにな」

「すみません、主殿」


 わざとじゃないんだし、幼児に慣れていないんだから気にしないで。

 だいじょぶ、だいじょぶ


「姫、お茶飲む?」


 レーヴァが耐熱ガラスの小さなコップを出してお茶を入れてくれた。お茶の中にはフレッシュな葉っぱが入っている。香りがとても爽やかだった。


「ミン、チィー」


 薄い緑茶のような色の飲み物は、甘くて爽やかなミントティー。


「おいちい!」

「そうか。良かったな」


 とても美味しいよ! 



「ちゅじ、シャン、シャーモン!」

「ちょっと待ってな」


 次はサンドサーモンが食べたいとおねだりしたら、鳳蝶丸が器用に骨を取り身を崩して私の口に入れてくれる。


「おいちっ」


 塩焼きなので、焼き鮭に少し似ている…かな?

 身が締まって噛み応えがあるけれど脂の乗りもほどよく、噛めば噛むほどジワリと染み出る(魚だけれど)肉汁が本当に美味しかった。


「しゅどい、おいちい。こえ、ほちい」

「そうだな。なかなか美味い。日本酒にも合いそうだ…狩るか?」

「うん!」


 サンドサーモンを探索しながら飛行ひぎょうすればいいかな。

 と言うか、やっぱり気になる。砂漠地帯にお魚っているの?


「シャン、シャーモン、しゅな、どちて?」


 砂漠しか無いのに何でお魚がいるの?


「サンドサーモンは魚型の魔獣だ」

「砂の中を泳いで移動しているんですよ」



 えええ!

 砂の中で泳ぐ魚?!

 鳳蝶丸とミスティルに説明されても想像つかないよ!


 それはぜひとも見てみたい。



「見てみたいって顔していますね」


 ミスティルが微笑みながら私のほっぺをツンツンした。


「残念ながら、なかなか出会えぬ魔獣ですよ?」

「まあ、ハルパ殿ならば探せるだろうが」


 マブルクさんとラエドさんが笑顔で教えてくれた。

 ん?何故ハルパなら探せると思っているんだろう?

 そう言えば、ハルパとラエドさん達って、どういう関係?


「どちて、ハユパ、ちってゆ?」

「ハルパとどういう関係だ?と言っている」

「あー………」


 ハルパをチラリと見るラエドさん。


「彼らは私が伝説の武器だと知っています」

「しょうなんだあ!」



 そっかあ、なるほどぉ……………え、エエェェエエエ!!



 ハルパは涼しい顔でタジン鍋を頬張っている。


「我らの在処は秘密ですが、存在自体は秘密ではありません」

「存在すら秘匿だと、勇者がもし生まれても探してもらえないからね」

「大体は信じてもらえないけど」


 ハルパ、レーヴァ、ミルニルが教えてくれた。

 ラエドさん達が伝説の武器の存在を知っていること自体は全然良いんだ。ただ今までの小さな偽装は意味なかったな、と。


 無かったな、と。



 ラエドさんの話によると、ご兄妹がまだ子供だった頃、命の危機に晒されていた時にハルパが助けたんだそうな。

 ハルパはその時に自分の正体を明かしたんだって。

 ラエドさん達は[伝説の武器に関する本]を読んだことがあり、また憧れてもいたので、是非我が力となって欲しいと懇願した。

 でも試練を乗り越えた者以外に仕えることはない、とハルパに断られたんだって。


 ラエドさんご兄妹は長年をかけて試練の内容を調べたけれど、結局何をすれば良いのかわからなかった。その間に自分達の境遇が変わり、伝説の武器探しに時間がとれなくなったらしい。



 うん。あの試練、鬼難しいもんね?



 でも、ハルパはその後も何だかんだと兄妹達の力にはなっているらしく、割と長い付き合いなんだって。

 ハルパ優しい!



「優秀商殿達はハルパ殿の正体を知っているんだな」

「ええ。まあ」

「ハルパ殿はお嬢さんの従者になったと聞いたが本当か?」

「はい。間違いありません」



 はあああぁ……。

 ラエドさんが盛大に溜息をついた。



「俺はハルパ殿に従者になってもらうことが夢だったが…叶えられなかったか」


 長いことハルパを従者にしたいと願っていたんだね。


「すまん。すまんお嬢さん。貴女を責めているわけではないんだ。俺は試練にたどり着けなかった。ただそれだけのこと。お嬢さんは偉業を成し遂げ、素晴らしい成果を上げたのだ。おめでとう」


 恥ずかしそうに、でもちょっぴり寂しそうにラエドさんが笑った。


「わたち、ちかや、ちあう。皆、いた。皆、だんばった」


 私の力じゃない。

 仲間達が頑張ってアイテムを探してくれたから、ハルパに会えたんだよ。


「いや。従者達から力を得るのもあるじたる者の手腕。お嬢さんにその力量が備わっていたと言うことだ」

「その通りです。アレまでは従者達に任せても問題ありません」


 アレって魔法のランプのこと?

 私が顔を上げるとハルパが私の顔を覗き込んだ。


「何より貴女は1人で試練を渡りました。ハプニングにも冷静に対処できていたし、何よりも私の主に相応しいと私が決めたのだから、どうか胸を張ってください」


 そう言ってもらえて嬉しいな。ハルパが一緒に来てくれて良かった!


「それに貴女といれば美味しいものを沢山食べられそうですし、色々と退屈しなくて済みそうですから」



 ご飯で釣られたんかーい!



 クスクスと笑うハルパに裏拳ツッコミ(届かない)を入れると更に楽しそうに笑っている。


 まあ、でも、どんな理由でも私を選んでくれて、これからも側にいてくれてとても嬉しい。

 ラエドさんには申し訳ないけれど……。

 もし貴方が伝説の武器であるハルパを従者にしたいと願っていると知っていても、私はやっぱりハルパを探したと思う。


「ハユパ、もう、わたち、なたま、かじょく。いっちょ」


 ハルパはもう私の仲間であり家族なので、ずっと一緒にいたいです。

 するとハルパが穏やかな笑顔を浮かべて私を抱き上げた。


「もちろんずっと一緒ですよ、我が主殿」

「あい」


 私達の様子を見て寂しそうな笑みを浮かべるラエドさん。


「ああ…。どちらにしても俺の下には来てくれなかったのだな」

「そうですね」


 食後のミントティーを飲みながら、肩をガックリ落とす。

 その様子を見ていたハルパが少しだけ困った表情を浮かべ、私をチラリと見てからラエドさんに声をかけた。


「でも貴方達は今、私を従者にするよりも遥かに幸運な状況なんですよ」

「幸運?何故?」


 言葉を続けようとするハルパを、突然鳳蝶丸が手で制す。


「お嬢」

「あい」

「お嬢のこと、俺達のこと、話しても良いか?」


 そうだね。

 一生懸命隠してたけれどそもそもハルパの正体知られちゃっているし、今後協力するのならば話しても良いのかな。

 ただ、大騒ぎされたり、過剰に期待されたり、特別扱いをされたくない。と、小声で鳳蝶丸に言ってみる。


「わかった」


 そしてマブルクさん達に向き合った。


「人払いを願いたい。それからこの部屋に結界を張ることを許可して欲しい」

「……わかった」


 ラエドさんが右手を上げると、給仕さん達や護衛らしき人達が部屋から出ていった。

 私は地図で確認しながら部屋の中に結界を張る。私達以外出入り禁止、音漏れ禁止、ただし外の音は聞こえる。

 うん、問題無し。



「さて。俺達のことを話すのは良いが、いくつか守ってもらいたいことがある」


 我らの正体を聞いた後、我らに対し過剰に期待はしないこと。

 大騒ぎをしたり、特別扱いをしたりしないこと。

 これが条件だと鳳蝶丸が前置きした。


「特別扱いするなとは、随分変わった要求ですね?」


 リーフさんが僅かに眉を顰める。


「うちのお嬢は仰々しいのが好きじゃない。で、どうする?」

「過剰に期待しない。特別扱いしない、で、良いのだな?」

「あと、ベラベラと言いふらされても困るかな」


 レーヴァが付け加える。


「わかった。我ら4兄妹とマブルク以外の者達には漏らさぬ。貴殿達の条件をすべて守るとメルテール神に誓おう」


 そして、他の4人もメルテール神に誓ってくれた。



 うんうん。それでは自己紹介と仲間の紹介をするよ!


「わたち、ゆち、かみしゃま、ちゅかえゆ、みと」

「お嬢の名はゆき。ウルトラウス神に仕える神子だ」

「そして俺達は全員伝説の武器。君らの知るハルパの仲間だよ」

「言っておきますが、主が神子だから仕えているわけではありません。それぞれ試練を乗り越え我らのいる場所に到達したからです」

「主さん、偉い」

「私達は皆、自分の意志で主殿の従者となりました」


 ラエドさん達が口をあんぐり開いて固まっている。



「鳳蝶まゆ、ミシュチユ、イェーバ、ミユニユ、ハユパ。わたち、大事、だいしゅち、かじょく」


 皆、大事で大好きな家族。よろしくね!

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